第83話 セドリックの教育
「はあ~、お前は何回、言ったらわかるんだい」
エマは、何度教えても、物覚えの悪い、セドリックにイライラしていた。
「母さん、僕は技術系の人間なんだよ。あんまり、警察やら軍やら、政府やらの決め事や法律をこんなにたくさん覚えろって言われても無理だよ。それにこういう仕事は僕には向いてないよ」
「セドリック、お前がこれから、働く、治安情報局はフランスでも、いや、世界最高峰とも言っても過言ではないほど、すごい組織なんだ。あんたは、ただでさえ、私の息子というだけで
あそこに入ろうとしている。どこの世界に40過ぎのおっさんで取り柄もなにもなくて、あそこで働けると思っているんだい」
「そんなこと、言ったって、無理な物は無理です」
エマはあきれた顔で
「ふ~、こんな自宅でお前と顔を突き合わせていても、なんにもならないね。論より証拠、実際に現場に行って、その場所や働いている人たちを見れば、お前も少しは心に響くものもあるだろう」
今日は、日曜日ではあるが、秘書のアンドレに息子とパリ警察を見学する話をしており、事前に段取りをつけていた。
「アンドレ、日曜日なのに悪いね、全く、この子はやる気を出せば、覚えられるのに、本当に手間がかかるんだから」
「構いませんよ。これから行く、警視庁も昔はよく行きましたから、きっと、いい刺激をえられると思いますよ」
「行くよ、セドリック、よっこらしょ」
エマは重い腰を上げて、息子セドリックとパリ警視庁の見学に向かった。
そのころ、パリ警視庁では、昨日、逮捕された切裂き魔について、大騒ぎになっていた。
「おい、知っているか。この間、国防大臣の要請で組織された、あの治安情報局のこと」
「知ってるさ。ただでさえ、最近、警察官の仕事が増えているのに、そんな訳のわからない組織を作って、どうするんだ~なんて思ってたけど、できてすぐに、あの切裂き魔を逮捕するなんて、とても信じられないな。本当に犯人なのか?」
「犯人の凶器も被害者の傷や、ビデオカメラに写っていた姿とも一致するし、なにより、被害者から聞き出した、犯人の顔などもピッタリだったからな」
「刑事部であれだけ時間をかけて、捜査をして、手掛かりも何も見つからなかったのに、あの組織ができて、たったの2週間で、犯人を逮捕するなんて、いったいどんな奴らが働いているんだ」
「まだ、誰も、詳しくは知らされていないが、うわさでは、フランス軍の諜報活動などをしていたエキスパートな者達の集団らしい」
「なんだよ。警察組織なのに、警察官は誰もいないのかよ」
「全く、どんなやつらなんだろうね」
「一度、そんな、すごいやつらなら、会ってみたいな。おれも、そんなところで働けるぐらいになれれば、いいけどな」
パリ警視庁では新しくできた治安情報局は優秀な人材の集まりだという話も聞こえる中、
治安情報局に入った、まだ、何もできない、セドリックがパリ警視庁に到着した。
パリ4区にある、ノートルダム大聖堂の正面に位置する、パリ警視庁はフランス国旗がひるがえり、首都警察と言われるだけあり、重厚な古き建物で、そこに存在していた。
「ほら、ここがパリ警視庁だよ」
「はあ~、すごいね、ここが、警察の中枢かあ~」
「セドリック、お前はここに観光に来たんじゃないよ。いいかい、今日はアンドレが手配してくれて、治安情報局の名前で見学するんだ。あまり、変な態度で、大将達に泥を塗るようなことをするんじゃないよ」
「エマ、今日は私の知り合いの刑事部の人間が案内してくれますから、心配ありませんよ」
「そうかい、面倒をかけてすまないね」
「そんな、気を使わなくても大丈夫ですよ。それでは、行きましょう」
入り口には一人の40代前半ぐらいの細身の男が立っていた。
「アンドレ!久しぶりだな」
「おう、久しぶり!聞いたぞ、お前昇進したんだってな。あんな、おっちょこちょいがもう警部補だとはな」
「お前だって、ここにれば今頃、警部にだってなれたのに、なんでまた、ボディーガードなんてやっているんだよ」
「まあ、警察組織の縦割り社会が俺には合わなかっただけさ、おっといけない、相談役すみません、話し込んでしまって、こちらが、シャルル警部補です」
「シャルルです。おうわさはかねがね聞いております。フランスの英雄にお会いできて光栄です」
「よろしく、ほら、挨拶をしな、セドリック」
「ゴホン、このたび、治安情報局に入りました、セドリックといいます」
「へ~、あの治安情報局に入られたのですか、すごいですね。いま、ここでも、治安情報局の話題で持ち切りですからね。切裂き魔の逮捕、ご苦労様でした」
「いえいえ、そんなたいしたことはありません」
「コラっ、お前はまだ、入ったばかりで何もしてないだろ、調子に乗るんじゃない!」
「母さん、いちいち、たたかないでくれよ」
「お前は知らないだろうが、イブっていう、こわ~い上司がここにいたら、あんた、とんでもないことになっているよ、これから、十分、その態度、気をつけな」
「わかってるよ」
「それでは、中をご案内します。今日は、日曜日で人も少ないですが、できるだけ、いろいろな部署を回ります。これは館内に入るための許可証になりますので、身に着けていただき、
私から、絶対に離れないようにしてください」
シャルルは建物に入り、さまざまな部署を案内してくれた。どこにいっても、ここで働いているのが長いせいか、顔見知りが多く、気持ちのよいくらい、皆、丁寧に色々なことを話してくれた。日曜日で誰もいない部署もあったが、セドリックは、現場にくると、自宅とは全く違い、生き生きとして、自分の聞きたいことなどを話していた。
「それでは、最後に、ここが私が所属している刑事部になります。今日は、先日、逮捕された切り裂き魔がこちらで事情聴取されています。あれだけ、パリの色々な場所で複数の人を斬りつけ、パリの街を恐怖させたこともあり、この事件は本庁で扱っております」
「そうですか~大変ですね」
セドリックはやはり、少し観光気分で他人事のような話し方をした。そんな時、セドリックが急に顔色を変えて、近くにいる一人の警察職員に声をかけた。
「すみません。ちょっとよろしいですか」
小柄で紺色の服装で黒髪のイタリア系の男性に声をかけた。その男性は少しおどろいた様子で
「何か、ご用ですか?」
セドリックはニヤニヤして
「ご用ですかって、何いってるんですか、そんなすごい物をつけていたら、声をかけるに決まっているじゃないですか」
隣にいた、エマやシャルル、アンドレはセドリックが何が気になったのか不思議な顔でその小柄な男を見た。
「これですよ。これ!」
セドリックはその小柄の男の左腕をつかんで、その袖をまくり上げた。
「何をするんだ」
その小柄な男はびっくりして、セドリックに怒鳴った。
「失礼しました。あまりにもすごい物をつけているもんですから、はあ~やっぱり、警察の中枢で働く人は稼ぎがいいんですね~こんな70万ユーロ(8千600万円ぐらい)もする時計を買うことができるんだから、住む世界が違うって感じですよね~」
セドリックはとんでもない機械オタクであり、その中でも精密にできている時計にはきちがいと言うくらい、詳しいのである。
「はあ~、たまらない、この精密な美しさ、ローマをモチーフにしたこのデザイン」
「シャルルさんも昇進して、かなり偉いみたいだから、収入が多いといいですよね~こんな時計が買えるんですから~」
シャルルは驚いて
「セドリック、われわれは国に奉仕する立場の人間です。そんな高い物を買えるわけないじゃないですか。たぶん、それはイミテーション(偽物)ですよ。ハハハ」
セドリックは急に真剣な顔になり、
「シャルル、私は、自慢じゃあ、ありませんが、このフランスでも私以上に時計に詳しい人間はいませんよ。母さんや家族の者もよく、私をバカにしますが、これでも、あらゆる機械に精通しておりますから」
エマは、確かにこの子は、自分の興味があるものに関しては間違いなく、誰にも負けない知識がある。そして、エマは年は取っているが松田マツの妹分と言われるぐらい、まだ、頭の回転がよく、ぴ~んと来た。
「アンドレ、こいつは侵入者だ~。早く取り押さえな~」
「侵入者?」
「そうさ、おおかた、ウチの局で捕まえた犯人の口封じにでも来たんだろ!」
「シャルル、急げ、こいつが逃げるぞ」
シャルル警部補は近くにある緊急警報ボタンを押した、そして大声で
「皆~その男を確保しろ~!」
近くにいた、警察職員が一斉にその声に反応した。その男は
「うそだろ。こんな時計のことを知っているやつがいるなんて・・・」
慌てた様子で机の上に飛び乗り、机の上を次から次へと飛び移り、その男はものすごい速さで逃げ出した。しかし、かつてマリに倒されてはいるが、元大臣のボディーガードのアンドレがその男にも勝るとも劣らないスピードで追いかけて、その男が室内の窓から飛び降りようとしたその時にギリギリ後ろから、取り押さえることができた。そして、後から5名ほどの警察職員もその男の体を締め付け拘束することができた。
セドリックはその様子を見て、とても驚いたが、しかし、一番気にしていたのは、あの時計に傷が付いてないか、壊れていないか、そんなことばかり考えたいた。
エマはセドリックを見て、今回、あらゆる内容の仕事を教えてきたが、やはり、事務仕事には向いていない。この子は機械を扱う仕事に向いていると結論付けた。そして、治安情報局で、セドリックはもしかしたら、信じられない力を発揮するのではないかと思った。




