64話 年寄りの道楽
今年80歳になるパリ近郊セーヴルの街に住む女性エマは毎週日曜日になると、パリ市内にある、旧フランス軍の施設の建物の清掃をボランティアで行っていた。かつては20人ぐらい仲間がいたが、病気で動けなくなった者や老衰で亡くなった者など、もう動けるのは自分一人になっていた。
「ばあちゃん、また、あそこに行くの?お金にさあ、ならないんだから、もう行くのやめなよ」
今年大学生になった、孫のコンスタンはいつものように祖母に向かって、生意気な口で話しかけた。
「私は、体の動く限り、あそこに通うよ。お前なんかに文句をいわれる筋合いじゃないよ」
「でもさ、ばあちゃん、うちは両親が共働きで、子供も多いし、どうせ掃除の仕事に行くなら、
お金をもらえる仕事についてくれよ。僕だって、これから日曜日だっていうのにアルバイトなんだぜ」
かつて、エマは比較的に裕福な生活をしていたが、施設存続のために自分のお金のほとんどを仲間たちと一緒に寄付をして、フランス政府が取り壊そうとした施設をなんとか守りぬいた。しかし、その仲間の半分は亡くなり、残りの仲間も病院や体が悪く、家からもでれない状態だった。
エマ達はかつて、この国を救ってくれた救世主というべき存在と、戦った同志でもあった。
自分たちは幾度となく、絶望と死と隣り合わせの生活をしていた時に命がけで救ってくれた
方のこの施設だけは絶対に守り抜くという気持ちでこの50年、生きてきた。しかし、もう体はボロボロになり、このボランティアも今年で最後だろうと思っていた。
いつものように、バスに乗り、パリ市内にある施設に着くと、だれもいないはずの施設に
人がいるのを見つけた。ドロボーが入ったと思い、急いで、施設内に入った途端、目の前にかわいらしい少女が立っていた。エマは大声で
「ここは、私達が守り抜いた施設だよ。子供が遊ぶところじゃないよ」
びっくりした少女はエマのそばに近づき、ニコっと笑って話しかけた。
「ごめんなさい。アベルさんには許可を取ったんですけど、この場所を管理されている方がいるなんて知らなかったので」
エマはそう言って近づいてきた少女の顔を近くで見た。しばらくして、エマは目から涙がでてきた。
「どうしたんですか?大丈夫ですか?」
少女はエマの肩をさすりながら、心配そうな声でささいた。
「すまないね。あんたが昔の大将にそっくりだったからさ。年甲斐もなく、涙が出てきちまったよ」
「そうですか・・・おばあさん、あの~ここは今日からフランス政府の許可をもらい、私達のフランスの拠点として、50年ぶりに動き出します。よろしかったら、私の知らないこの施設について、教えてくれますか?」
少女は1階の応接室の少し硬めのイスに座るように案内した。
「そうだったのかい、でもね、ここはかつて政府が取り壊そうとした時に、私達が有り金全部だして、政府に寄付をして、守り抜いたところなんだ。20人近くいた仲間はその時に文無しになっちまって、情けないよね。私も家じゃ、金のない、邪魔者ばばあで、居場所なんてありゃしない、でもね、私はどんなに貧乏になったってフランス人としての誇りだけは捨てたくなかったんだよ」
少女は政府から聞いた話とだいぶ違うことに少しイライラしてきていた。
「ここを拠点に活動して、この国を救ってくれた方達が残したこの施設を私達は一緒に戦った同志として、どうしても守り抜きたかったんだ。こうして、生きていられるのも、そして、フランスが今こうして存在しているのも、すべて大将達のおかげなんだからね」
「そうだったんですか」
「ここが閉鎖されてから、息子や孫にこの話をしたって、ばあちゃん、ホラを吹くなら、もっとましなウソをつけよ。なんて笑われちまう。本当に涙が出ちまうよ」
少女はその話を聞いているうちにだんだん怒りがこみあげてきて、すぐさま、許可をくれたアベル大臣に連絡をした。
「プルル・・・マリですけど」
「マリさんどうしました?」
「どうしましたじゃないです。アベルさん、この施設はフランス政府が取り壊しを中止したんじゃなくて、かつてここでおばあちゃんの元で闘った同志がお金を寄付して存続させたんですよね。しかも、その同志はその時にお金が全くなくなり、とても貧しい生活になってしまったんですよね!」
「・・・すみません。マリさんの言う通りです」
「なんで、おばあちゃんの仲間にそんな大変な思いをさせたんですか。なぜ、お金を返してあげなかったんですか!」
「はい、私も当時、情報局支部に所属した同志たちに寄付したお金やそれ以上に働いたお金も上乗せして、出すように姐さんからも言われていて、お金を渡そうとしたんですけど、
22人の同志、誰一人、お金を受け取らなかったんです。だから私は全員の家を1件ずつ、廻ってお金を受け取るように必死にがんばったんですけど、無理でした。本当ですよ」
「ちょっと待ってください」
隣にいるおばあちゃんに少女は問いかけた。
「ねえ、おばあちゃん、寄付したお金や当時、働いたお金、かなりの額だと思うんだけど、当時、受けとらなかったの?アベルさんが受け取るように自宅まで来たのに」
「お嬢ちゃん、なんだか、なつかしい話をしているね。そうさね、受け取るわけないだろ、
わたしらはどれだけ姐さんたちのお世話になったと思ってるんだい。本来なら、私達が姐さんにお金を払わなきゃならないよ。だから、みんなそのことを十分、わかっていたのさ」
少女はその話を聞き、こんなにも国を思い、おばあちゃんに対して礼節をつくす、フランス人としての誇りを忘れない、この女性に涙がでるほど感動した。でも少女の気持ちは収まらない。
「アベルさん、現在、この同志の方々は生活にも困窮し、ご自宅でもお金のないお年寄りで邪魔者のように扱われています。この国を救った英雄ともいえる方々が、だから、わたし、もうがまんできません。大統領に事情を話していただき、この国の英雄として、亡くなった方も含めて、勲章を授与してもらえませんか」
「勲章ですか・・・」
アベルはかつての同志に何かしてあげたいとずっと思ってきたが、少女のこの一言で、目が覚めるような思いになった。
「承知しました。姐さんの継承者である方にそこまで言われては動かないわけにはいきません。
私に任せてください」
「ありがとう!アベルさん」
少女は目に涙を浮かべて喜んだ。
「おばあちゃん、良かったね」
「なんだか、すごい話をしていたが、お嬢ちゃんはいったい何者なんだい」
少女はおばあちゃんを見つめて
「私は、飛島マリです。飛島ヤエの孫でもあり、その遺志を継承した者です」
エマはまぶしいくらいに光輝く、マリを見つめて嬉しそうにほほ笑んだ。
「おばあちゃん、お名前とかつて所属した部署を教えてください」
「私はエマ・バダンテール、軍事情報部所属」
「エマ・バダンテール、軍事情報部の仕事、おつかれさまでした。そして、この施設の管理する任を解きます。今後は私たちの相談役になっていただきます。毎月、給与を与え、そして、パリ郊外にある高級老人住宅に住んでいただきます。
これは飛島ヤエの地位を継承した者の命令です。この命令に従わなければ、飛島ヤエを侮辱した人間として、処罰します。そして、他の同志も同様の待遇とします」
エマはテキパキと話す、この少女にかつての英雄、飛島ヤエの姿と重ね合わせるように見て、
50年ぶりに震える手で敬礼をした




