第133話 師範の教え
試合会場はポーラが5年前に空手を始めた時に新しく敷地内に造られた武道館で
あまり大きくはないが、一試合をするには十分な広さがあり、狭いながらも設備はとても充実していた。9時になり、皆、試合会場にそろった。会場となる室内の壁際にはイスが用意されており、皆、腰をかけて、試合が始まるのを待っていた。
「さあ、始まりますね。ユウキ兄さん、相手は誰なんですか?」
ユウキの隣に座っているレナードが話しかけた。
「フランス国内チャンプのアイアン選手だ。長身で、国内では無敵の強さを誇っている」
「マリさんは大丈夫ですか?」
「大丈夫って、僕が見たところ、15歳のマリは全盛期のヤエを凌ぐ強さを持っているから、僕は相手の方が心配だよ」
「そんなにマリさんは強いんですか?」
「ああ、信じられないほど強い、僕からみても人間の本来持っている力を超越している」
松田葉子も隣でその会話を聞いて、『当然でしょ。実力が違いすぎるわよ』と思った。
イブ達も笑いながら、イスに座って騒いでいた。
「アハハ、あいつはバカだろ、マリの本当の実力も知らないで、試合を申し込むのだからな。
おそらく、あいつはマリの動きすら見ることもできまい」
イブは大声を出した。イブの隣に座っていたアンナ軍曹も
「局長と試合したいなんて、あいつは頭大丈夫ですかね」
「それでは、両者前へ」
審判ダイスケの声が響き渡り、アイアンとマリの試合が始まろうとしていた。
そんな時にマリは『はあ~、今日は11時から同級生とパーティなのに、大介さんや葉子さん、それにカトリーヌまであとで、稽古をつけてくれなんて、なんかめんどうくさいな』と思っていたが、
試合開始の立ち位置に足を踏み入れた時にマリはライアンを倒すことだけに集中した。
両者は礼をして試合開始の合図を待った。
「はじめ!」
その声を聞こえた途端、アイアンが大声で
「セイ!」と正拳を繰り出した。
だが、マリは止まっているようなのに、正拳が突き出した分だけ目にも見えないほどの速さで
移動しているようだった。アイアンは何度も正拳や蹴りを繰り出すがマリに全く近づくことができなかった。そして、攻撃の手をやめて、構えなおした瞬間、マリの蹴りが顔の1CM手前で止まっていた。ダイスケはそれを見て
「一本!」
アイアンは何が起きたか全く見えなかった。
「アイアン、まだ試合続けますか?」
「いえ、今日はありがとうございます。どうやら、私はあなたと試合するレベルではないことがはっきりとわかりました。これじゃあ、僕より強いダイスケでも一瞬で負けてしまうでしょうね」
ダイスケが近づいてきて
「おい、アイアン、落ち込むな、僕もマリさんにお前が言った通り、一瞬でぶっ飛ばされて気絶してしまったからな。お前はまだいいよ。殴られてないんだから」
「気絶、そんなにすごいのか」
「すごい、すごい、もうやばすぎるよ」
アイアンはマリに
「マリ、少しでいいので、僕に稽古をつけてくれないですか?」
「おい、勝手に話をするなよ。僕が先にお願いしているんだから」
「ダイスケは知り合いだから、いつでも、できるだろ」
「そんなことはない、マリさんはとても忙しい人だから」
「でも、こんなプリティな女の子がこんな強いなんて、このギャップがなぜか、マリの魅力を引き出しているよな」
「お前、急におかしなことを言っているんじゃない。いくつ年が離れていると思っているんだ」
試合が終わった途端、アイアンと大介は言い争いを始めていた。
会場のイスに座っていたレナードは
「ユウキ兄さん、やっぱり、長官の孫だね。ものすごく強いね。さすがだ」
「おじいちゃん、この前、大学の前で僕を助けてくれた時だって、大きな男3人を目に見えない速さで一瞬でぶっ飛ばしちゃったんだから」
「そうか、でも、不思議だ。長官も戦いや怒る時などは、猛烈に怖かったが、見た目やうわべだけの付き合いでなく、誰にでも真剣に話をしてくれる、あのまじめでやさしい姿は本当にそっくりだな~」
「ハハハ、その通りだな」
「師範!」
「どうしました葉子さん」
「お願いがあります。兄とここで試合をさせてもらえませんか?」
「試合ですか・・・」
「はい、師範と鍛錬を積み、自分の力がどれだけ付いたのか、試してみたいです」
「そうですか」
マリは考えた。しばらくして
「だめですね」
「だめ?」
「なぜですか?どうして試合をさせてくれないのですか?」
マリは葉子と大介達に話が聞こえないように離れて
「葉子さん、武道は弱い相手に対して、自分の力を見せびらかすものではありません。
自分より、弱い相手が真剣に試合をしたい、稽古をしてほしいと言われた時に真剣に応ずるものです。これは強者である人の務めです」
「ですが、兄は私より、ずっと強いんですよ。小さい時から、一度だって、勝ったことないのですよ」
「葉子さん、私、今言いましたよね。強い相手から弱い相手を選んで、力をみせびらかすものではないと、それが強者の務めだと」
「何をおっしゃっているのですか?」
「何をって、葉子さんのことを言っているんですよ」
「私?」
「も~う、葉子さんは頭の回転がいつもいいのに、どうしちゃったんですか?」
「はあ~」
「とにかく、強い者から弱い相手を指名して試合することは絶対に許しません!」
「強い者から弱い相手を指名する・・・私のこと・・・え~!師範!も・も・もしかして
私は兄さんより強くなっちゃたんですか!」
「葉子さん、声が大きい、強者はむやみに騒がない!」
「すみません師範。え~え~、どうしよう、師範が言うんじゃ、間違いないですよね。ここだけの話、ちょっとだけ強いんですかね。私~」
「葉子さん、子供じゃないんだから、そういうことは聞かないでください」
「師範~教えてくださいよ。どれくらい私の方が強いんですか」
「もう~、仕方ないですね。私の見立てでは、試合をしたら、すぐに葉子さんが勝ちますよ。
実力は歴然です」
「きゃ~うれしい!」
葉子は子供の用にその場でくるくる回って喜んだ。そして
「それじゃあ、師範より、弱い私が師範に試合を申し込んだら受けてくれますか?」
マリはニコっと笑って
「もちろん、受けますよ、弟子の実力をしっかりと見極めるのも師匠の務め、それにライアンや大介さんにも良い刺激になるでしょう」
「大介さ~ん」
「はい、マリさんどうしました」
「これから弟子の葉子と試合をします。審判をまた、お願いしたいのですが」
「構いませんけど、妹なんかで相手が務まりますかね。アイアンだって一瞬で負けてしまったのに」
「大丈夫ですよ。アイアン~カトリーヌ~ちょっとこっちに来て~」
「これから、弟子の葉子と試合をしますから、よく見ててください。
そして、自分に何が足りないのか、どういうところを鍛えたいのか、よく考えてみてください。試合の後、自分で考えた内容を重点的に稽古をつけますから、必ず、何事も考え、注視して、自分の心と向き合ってください」
「はい、わかりました」
「それでは、試合を始めましょう」




