第126話 過去の遺物
「ジャネット、本当なのか、それは」
「はい、間違いありません。妙な連中が来て、どうやら、昔の知り合いとか言ってましたけど、皆ずいぶん若いんですよね。レナードはすこしボケが始まったようです」
「そうかあ。かつて、最も偉大な大統領と謳われ、その名を世界に知らしめた人物だったが、残念だな」
「はい、わたしも演技とはいえ、数年、ここでお仕えしましたが、大変良くしていただきましたから」
「でも、任務に私情はご法度だ。秘匿情報漏洩が確実なことなら、始末するしかない。だが、偉大な大統領だった男だ。ナイフや銃などは使わず、痕跡を残さない例の薬を撃ち込め、30秒もすれば、眠るように自然に苦しまずに死ねるだろう」
「わかりました。任務を実行します」
ジャネットはキッチンの棚にしまい込んでいた麻酔銃を取り出し、毒薬を装着した。そして、レナードが昼寝をしている、リビングのリクライニングシートへ、静かに後ろから近づいた。
正面に回り込んだ瞬間、銃を撃とうしたが、そこにいるはずのレナードがいなくなっていた。慌てたジャネットは廻りを見渡したがレナードはどこにもいなくなっていた。
「レナード、そろそろ、お茶の時間ですよ~」
ジャネットはいつも通りに大きい声でレナードに呼びかけた。だが、返事がない、慌てて、
あちこちに仕掛けておいた隠しカメラを見たが、レナードは歩いて家の外に出てしまい、そこからは、カメラでは確認できなかった。急いで家の外に出たが、移動手段である、車も置いたままであったため、もう一度ジャネットは大声で叫んだ。
「レナード!どこに行きました~」
その声はむなしく響き渡るだけで、返事をする人はいなかった。
60年ほど前アメリカテキサス州
「シュ~」
「ユウキ兄さん!」
「久しぶりだな、レナード」
「お久しぶりです」
「私もいるのよ。隊長」
太陽のひざしがまぶしく光りそそぐ中、太陽を背負うようにひとりの女性が立っていた。
レナードは目を細めながら、近づき
「長官!お久しぶりです」
「あんた、ずいぶん、有名になったじゃないの」
「はい、おかげさまで、すべて皆さんのおかげです」
「それにしても、ずいぶん殺風景なところに住んでいるのね」
「はい、私は、将来、ここでのんびり農業をやりたくて、この土地を購入しました」
「ハハハ、お前は相変わらず、面白い趣味を持っているな」
「若い時から少しずつ準備して、この世界で思い切りできる限りのことをしたら、ここで
生活しようと思っています」
「も・も・もし良かったら、長官もご一緒にいかがですか?」
レナードは息を荒げて、ヤエに近づいた。
「いやよ。あんたと一緒なんて、私は落ち着いた生活がしたいの。あんたは軍の仕事をやめてから、思いつくこと、何でもかんでも挑戦して、あいかわらず、特攻隊長としての気概だけは健在で、落ち着いた生活から、かけ離れてるじゃない」
「そ・そうですか。とても残念です」
レナードは下を向いて
「おいおい、レナード泣くなよ」
「泣くなよって、僕の気持ち知ってるでしょ。長官のことが昔から大好きだったこと」
「そりゃあ、知ってるけどさ。ヤエはもう、いい人がいるみたいだぞ」
「え!誰ですか?それは、自分の知っている人ですか」
「コラッ、ユウキ、隊長に余計なことを言うんじゃないよ」
「ゴメン、ゴメン」
レナードはまた、子供の用に泣き始めた。
「お前、もうすぐ30歳だろ、いい年して、泣くなよ。情けない、お前に大事な話をしにきたのに話せないじゃないか」
「大事な話?」
「そうだ、ヤエから大事な話がある」
ヤエはユウキと見つめ合って、お互いの使命を果たし、別れの時間を慈しむように
「レナード隊長、私は「平和への使者と」しての任務をユウキとそしてあなたを含めた、
たくさんの熱き有志たちのおかげで果たすことができたわ。
それでね、日本帝国海軍情報局はもうすぐ解散するの、我々の組織を創設した、山本さんと他の上官も含め、もう戦死しており、報告するところも消滅してしまったけど、私達は有能な
帝国海軍上官達の想いも無事達成できたわ。あなたにここで挨拶をしたら、最後に日本で
上官達の英霊にご挨拶をして、正式に解散することになるわ」
「そうだったんですか。あれ、そういえば、今日は副官はいないのですか」
「マツ・・・ね。あの子はこの間、お別れの話をしたら、泣いて泣いて、まるで、子供のようにしがみついてきて、死ぬまで離れないとか言って、私の洋服に涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしたのよ。
だから、一緒に連れて来るどころじゃなかったの」
「へ~あの、まじめで清廉潔白、上官の鏡といった副官が、その様子、私も見てみたかったですね」
「ハハハ・・・見ない方がいいわよ」
「それにしても、長官、後ろのどでかい箱のような物はなんですか?」
「これね、転移装置よ」
「あの、ユウキさんが地球で造られたあの装置ですか」
「そうよ。本当は、もう、情報局も解散するから、必要ないのだけど、ユウキがね、平和への使者に寄贈すると言われて、どうしようかと思ったら、ちょうどあんたのことを思い出したの、
あんたは前から、この装置がほしいと言ってたじゃない」
「でも、長官に寄贈されたんですよね。長官が受け取ればいいのではないですか」
「フフフ、私は、明日、ご挨拶を済ませた後、ユウキと別れ、この世界から、姿を消すつもりよ」
「え、まさか!自殺してはだめですよ!」
「バカね。違うわよ。死なないわよ。生きているけど、この世界からは姿を消すという意味よ」
「なんで、そんなことするのですか?」
「ふ~、やめたあんたは好きな事ばかりしてて、いいけど。私はね、世界中から、あれだ、これだと協力してくれと言って電話が鳴りやまないくらい仕事がくるのよ。そんな事をずっと
してたら、私は自分の人生が送れないじゃない。もう、平和になったんだし、姿を消すことにしたのよ」
「はあ~なるほど、たしかに長官は世界中の主要な人物とお知り合いでどこでも英雄扱いですからね。納得しました」
「じゃあ、隊長、置いていくわよ」
「ちょ・ちょっと待ってください。こんな道の真ん中に置いていかれても困ります。せめて、
あの、新しく作った納屋の中に入れていただけますか」
「それじゃ、レナード、お前、向こう側を持ってくれよ」
「え~、手で運ぶんですか?」
「これは軽い素材で作っているから、80キロぐらいしかないから、簡単に運べるよ」
「わかりました」
二人はせ~のと言って持ち上げたが腰がプルプルして、少しずつしか動かすことはできなかった。
その様子を見ていたヤエは笑いながら、
「お前達、相変わらず、力がないな、もっと鍛錬しないとだめだな。おい、二人とも一度下ろせ、私が運ぶ、レナード納屋の扉を開けろ」
「はい、長官」
ヤエは一呼吸、息を吸い込むと体がみるみる膨れ上がり、硬直して
「よいしょ」
と言って軽々、転移装置を持ち上げた。そして、走りながら、
「おい、レナード、遅いんだよ。早くあけろ」
「すみません」
レナードは転移装置を運んでいるヤエに追い抜かれてしまい、全速力で走り、納屋の扉を開けた。
「レナード、奥でいいのか?」
「はい、左奥でお願いします」
「よいしょっと」
ヤエはあっというまに運んでしまった。その様子をユウキやレナードは見て
「長官は相変わらず、信じられない力の持ち主ですね。とても人間とは思えません」
「なに~、私を化け物みたいに言うな、お前達の鍛錬が足りないからだろ」
レナードはもうすぐお別れの時間が近づいている中、昔のように長官やユウキ兄さんと束の間ではあるけど、こんな楽しい時間を過ごせて、とてもうれしかった。
「それじゃあ、レナード達者でな。ユウキ行こうか」
「わかった。ヤエ」
レナードはおそらく、これがこの二人との今生の別れだと思い、声を震わせながら
「長官!最後にお願いがあります」
「なんだ隊長?」
「お恥ずかしいですが、最後に昔のように頭をなでて「特攻隊長よくやった」と言っていただけませんか」
レナードはさっきマツのことを笑っていたが、気が付いたら、自分も涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになっていた。ヤエは優しい笑顔で顔を近づけて
「レナード特攻隊長、永い間ありがとう!よくやった」
そう言ってヤエも涙を浮かべながら、やさしくレナードの頭に手を置いた。
そして、転移装置を使い、レナードの前から風のように去って行った。




