第106話 エリゼ宮殿
7月のフランスは平均気温が20度前後で、湿気が少なく、とても過ごしやすい。
中東から帰ったマリは、治安情報局の住居棟の広いロビーにある、大きなテーブルの上に宿題を
山のように置いて、頭が沸騰するほど真剣に勉強していた。
そのそばで、ユウキとイブも涼しい顔をして、同じく宿題をしていた。
「あ~、もう、ぜんぜんわからない、ユウキ~、またここわからない。教えて~」
「マリ、少しは自分で調べてやらないと、覚えないよ」
「そんなこと言ったって、見てよ。この量、異常だもの。
とても、調べながらやって終わる量じゃないよ」
「OK,できる限り、協力する。おい、イブも少しはマリに教えてやれよ。
自分の宿題だけやらないでさ」
「いつも、言っているだろう。そういう細かいことはユウキに任せると、
私は、いちいち、そういうことに対応するのはむいてないんだ」
「でも、マリ、事件も片付いたし、切りのいいところで、日本に戻ってもいいんじゃないかな」
「まだ、こっちに来て2か月だし、まだ、戻るのは早いかな~、
それに夏休みなんだから、早く宿題をおわらせて、私、少しはパリで友達と遊びに行きたいよ」
「たしかに仕事や宿題ばかりじゃ、体によくないな」
そんな時にドニーズ中尉から連絡が入った。
「ボンジュール、局長、カミーユやアンナの具合がユウキさんの治療の成果もあり、よくなりました。
これなら、明日にも帰国できそうです」
「そう、よかったわ。私も、病院に行きたかったんだけど、宿題がなかなか、終わらなくて」
「ハハハ、かまいませんよ。我々も、局長に休暇扱いにしてもらい、
こちらで楽しくやっていましたから」
「ドニーズ中尉、政府から、今回の件で、慰労をかねて、治安情報局のみんなをエリゼ宮殿で
食事会をしようと誘われているんだけど、3日後の夜なんだけど、どうかな?」
ドニーズ中尉はびっくりした様子で
「エリゼ宮殿って、大統領官邸ですよね。そうすると主催は大統領ですか」
「ふ~、なんかそうみたい。私、そういう堅苦しいの嫌いだから、断ったんだけど、ウチは
一応、政府の組織に属しているから、なかば、強制的に出席することを指示されたの」
「断るって、局長なに考えているんですか、大変な名誉なことじゃないですか」
「そうなの?」
「あたりまえですよ。あそこは、滅多に一般人が行けるところじゃないですよ。
こりゃあ、みんな喜びますよ」
「そう、みんなが喜んでくれるなら、良かったわ。
え~とね、3日後の16時に治安情報局に迎えの車が来ることになっているから」
「わかりました。それで、トニー少尉も一緒に帰国しますから、明日、飛行機で戻ります」
「わかったわ」
マリはみんなが無事で帰ることができて、ホッとした。
3日後になり、治安情報局では、皆が落ち着かない様子で、バタバタしていた。
公での集まりではないが、エリゼ宮殿に行くので、普段着とはいかないため、準備にとまどっていた。
経費扱いで、ドレスやスーツを仕立て屋に注文してはいたが、その服が気に入らないと、
あと、1時間で迎えがくるのに特にイブがさわいでいた。
「セドリック!お前、私が頼んでいたドレスとこれはだいぶ違うだろ」
「イブさん、勘弁してください。イブさんが言ったイメージの服は全く同じものは
つくれなかったんですよ。あんな、女神が来ているようなフワフワした服は」
「なーんで、昔は作れたのに、ここではつくれないんだよ」
「ここは、アトランティスじゃありません。それでも、かなり、イメージに近いものになっています。もうすぐ、迎えの車が来ますから、だだをこねないでください」
「イブ、とっても似合っているわよ。すごいきれいよ」
「そう、私は気にいらないんだけど」
「もう、時間だから、無理よ。それでいくしかないわよ」
「はあ~、しょうがないか。しかし、カミーユ達は軍人だから、正装は決まった服があっていいな。しかし、みんな同じような服というのも、つまらないな」
「決まりですから、しょうがないですよ。でも、イブさん、こうやって、この服が着れるのも
イブさん達が助けてくれたおかげですから」
「おい、いつも言っているが、私にそういうお礼の言葉はいらないぞ、私に対して、行動で返してくれ、どうも地球人は、なんのたしにも、ならないお礼を何度も言うのが好きなんだな」
「よ~し、全員、準備OKだよね。葉子さんとクロードとベータは悪いけど、ここで留守番をお願いします」
「わかっていますよ。我々はここの人間ではありませんから」
ユウキが窓から外に迎えの車が来たことに気づき、
「マリ、迎えの車がきたよ。なんか、とんでもない高そうな車だなリムジンかあ、すごいなあ」
2台のリムジンが治安情報局前に停車した。
「それじゃあ、みんな行こう」
全員、迎えの車に乗り込み、エリゼ宮殿に向かった。ユウキは不思議そうに
「たしか、18時からなのに、随分早いよね。迎えの車、ここから20分もすれば着いてしまうのに」
同じ車に乗っているセドリックも
「たしかにおかしいですね。食事をするだけなら、あと1時間は遅くてもいいですよね」
セドリックの隣に座っているエマも
「大将、な~んか、きな臭いね。今日の集まりは、だいたい、お忍びで行くのに、
こんな目立つ車で迎えに来て、それに、この車内には、飲み物やつまみまで用意されていて、
見てください、こんなに高いお酒まで置いてますよ。しかも、このシャンパンなんて、
すぐ飲めるようになっていますから」
イブは、乗ってすぐに、もう飲んでいて
「ぷは~、うまいな、この酒は、たしかにこんなうまい酒まで用意するなんて、
マリ、これはなんかあるぞ」
マリは、少し不安な気持ちになってきていたが、気にしてもしょうがないと割り切っていた。
「皆さま、到着しました。いま扉を開けますので」
運転手は外から車の扉をあけて、マリ達をおろした。そして目の前にエリゼ宮殿があった。
18世紀に建てられ、歴代の大統領はもちろん、皇后ジョセフィーヌもかつて住んでいて、
ナポレオンもここで二度、戴冠式もおこなわれた。華麗な歴史の舞台になったこの場所で、
マリが率いる治安情報局はその建物に足を踏み入れた。




