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第五話


 休憩しているニコラスの隣でアレクシスも座って休んでいた。

 しかし、怪我のことを気にして落ち着かない様子である。


 そんな二人のもとに近づく足音が聞こえてくる。

 その足音は軽く、体重の軽い、アレクシスよりもいくつか年が下である子どもが走ってくる音であることがわかる。


「おにいさまあああああ!」

 そして、足音の主は大きな声でアレクシスに呼びかけてそのままの勢いで抱き着いた。


「フィリア! 帰って来ていたんだね」

 アレクシスは優しい笑顔でフィリアと呼ばれる少女を受け止めて頭を撫でる。


 彼女はアレクシスの二つ下の妹で、優しく強く諦めない兄アレクシスのことが大好きだった。

 イケメンである父ニコラス似の顔立ちで、髪はルイザ譲りの青系の髪色をしており、サラサラした髪の毛は金色の天使の輪が輝くほど手入れが行き届いている。


「えへへ、街で色々買ってきましたよ」

 抱きついてそう報告するフィリアはアレクシスを見つめたまま、嬉しそうな笑顔でいる。


「ほら、フィリア。父様にもちゃんと挨拶しないとダメだよ」

 そんなフィリアを軽く引き離すと、身体をニコラスへと向かせた。


「あっ、ごめんなさい。お父様、ただいま戻りました」

 兄の指摘にハッとしたように我に返ったフィリアはアレクシスから離れると、姿勢を正しスカートの裾をつまみながら優雅に一礼をしてニコラスに帰宅を報告する。


「あぁ、フィリアおかえり。母さんも一緒かい?」

「はい、私も戻りましたよ。それにしても、酷くやられたみたいですね」

 未だ座り込んで右わき腹を擦っているニコラスを見てルイザは苦笑していた。

 ニコラスはルイザが出かける前に『今日もアレクシスに父親の威厳を見せてやる』と彼女に伝えていた。


「いやあ、ははは、アレクは強かったよ!」

 ニコラスは自分がやられたかっこ悪さよりも、自分の息子の強さを喜んでいる。

 彼にとって我が子の成長はなによりの喜びであった。


 それはルイザも同様であり、父であるニコラスを倒したアレクシスのことを優しい眼差しで見ていた。


「そ、そうだ! フィリア、父様の怪我を治してあげて! 僕はまだ回復の力をうまく使えないから……」

 アレクシスは妹フィリアの能力を思い出して慌てて頼む。

 ニコラスは強がっているものの、アレクシスの手ごたえはクリティカルなものであり、確実にダメージを与えていた。だからこそ緊急な治療が必要だと判断する。


「お任せ下さい!」

 兄の要望に対してフィリアは嬉しそうに大きく頷く。


 フィリアの眼は透き通った蒼い魔眼。

 水系統の高位ランクの『大波の魔眼』だった。

 水系統の魔眼は回復の力を持つ貴重な魔眼である。

 そして、フィリアは齢十歳にして魔眼の力を引き出すことができる。


「それでは父様、手をどけてください……我が大波の魔眼よ、呼びかけに応えよ……癒しの雫!」

 最初の言葉で自らの魔眼に魔力を流しこみ、次のワードで回復魔法を発動させる。


 フィリアの手から生み出された水がニコラスの右わき腹を包み込んで、その傷を治癒させていく。

 痛みがひき、額の汗も消え、ニコラスは助けを借りずに立ち上がることができるようになった。


「……うん、さすがフィリアだ。ありがとう、助かったよ」

 ニコラスはフィリアの頭に手をのせると優しく撫でた。

 女の子の頭を強く撫でては髪型が乱れてしまうという配慮をして力の調整が行っていた。


 この女性の扱いに慣れているのは若い頃に色々とルイザに指摘されてきたためである。


「ふふっ、あなたも成長しましたね。昔のこの人といったら……」

 昔のニコラスをふと思い出したルイザが昔話をしようとする。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! その話はやめてくれ! それを言ったら私のほうだって君について知っていることはたくさんあるんだぞ?」

 冒険者時代から今まで含めるとかなり長いつき合いであるため、ニコラス側にも暴露できる秘密の一つや二つはあった。


「や、やめておきましょう。さ、さあみんな家の中に入りましょう。今夜はアレクシスの旅立ち前の最後の夕食です。ごちそうを用意するから楽しみにしていて下さいね」

 話を切り替えたルイザは有無を言わせぬ笑顔で家の中へと戻っていった。


 この国では十二歳になると貴族の子どもは学院に通うことになる。

 貴族ではない者も、入学金などを支払うことができれば入学も可能である。

 そして、ルイザの話のとおり、アレクシスは明日になれば王都にある学院に通うために旅立つこととなる。


 王都はアレクシスたちが住んでいる屋敷から馬車で二週間ほどかかる場所にあるため、おいそれと戻ってくることはできない。

 ゆえに、今日は門出を祝うための料理を作ることとなっていた。


 買ってきた食材は既に使用人が運び込んでおり、料理は専属の料理人、メイド、そしてルイザが一緒になって作ることになっている。


「お母様! 私もお料理手伝っていいですか?」

「もちろん!」

 元気よく手伝いを申し出るフィリア。

 兄のために少しでも何かをしてあげたいという気持ちを断る理由はなく、ルイザはフィリアの手をとると一緒に厨房へ向かって行った。


 その晩の料理は話にあったとおり、豪勢なもので、使用人も全員揃って大食堂で食事をする。

 アレクシスは使用人とも仲良くしていたため、全員揃って彼を見送ろうというニコラスとルイザの提案によってこの晩餐が開かれることとなった。


 料理は立食パーティ形式になっており、好きな料理を皿に取って食べている。


「アレクシス様、頑張って下さいね!」

「坊ちゃま、お気をつけて!」

 それゆえに、使用人も気軽にアレクシスに話しかけやすく、思い出話に花を咲かせたり、別れを惜しんだり、旅立ちを喜んだりと、大事な時間になっていた。


 食事の片づけは全て使用人が担当し、残りの時間は家族四人で水入らずになる。


「しかし、いよいよアレクシスも学院に通うことになるのか……なんだか感慨深いものだな」

 ニコラスは優しく目を細めながら立派に成長した我が子であるアレクシスを見て言った。


 入学条件は、入学式までに十二歳になっていること。

 入学試験でのクラス振り分けを受けること。

 また、入学金を支払えること。


 この国では教育に力を入れているため、年間の学費や寮費などは国の国庫や寄付金で賄わる。

 入学金を支払うだけで入学することができる。


 貴族以外の一般の学生にとって成り上がるための大きなチャンスであり、ニコラスとルイザも一般の家庭から学院に通って実力を開花させていた。


「あの学院は色々な家の子が通うから、その子たちを触れ合うだけでもいい経験になると思うわ。偉そうな貴族の子ども、偉そうな王族の子ども、子どもの頃に神童とか言われて調子にのっている子ども。あぁ、懐かしいわ……」

「か、母様?」

 母の言葉に不穏なものを感じたアレクシスは、心配になって呼びかける。


「ははっ、いやあ本当に懐かしい。そいつらと我々一般入学組で分かれて戦闘訓練を行ったんだが、母さんの風の魔眼で一気に吹き飛んだ様は爽快だったぞ!」

「あなたが炎で守ってくれたからよ。うふふっ」

 ニコラスとルイザはそれをきっかけに仲良くなり、ともに冒険者の道を歩んだ結果、今にいたる。


「まあ、半分冗談だが、本当に色々なやつらが通ってくる。親の地位を鼻にかけるものや、才能に胡坐をかくものもいる。だが、アレクは心を揺らさずに自分の信じる道を行くんだぞ」

 その言葉は過去の自分たちの経験からくるアドバイスだった。ニコラスたちは懐かしい思い出だと明るく話しているが、辛い思いをすることも悔しい思いをすることもあった。


「私たちはすぐに怒ってしまいましたからねえ」

 ルイザも学生時代のことを思い出していた。ニコラスと一緒に多くの学生たちと戦ってきた若いころのことを懐かしんでいる。


 そんなことを話していると、フィリアがアレクシスの隣で服を引っ張ってくる。


「お兄様! 私も二年後には学院に通います! それまでの間に、周りの人たちを黙らせておいて下さいね!」

「えっ!? フィ、フィリア、さん?」

 ここにきて妹のフィリアまでもが不穏な発言をしたため、アレクシスは驚いて、思わずさん付けで妹のことを呼んでしまう。


「はははっ」

「ふふっ」

「うふふ」

 そんなアレクシスの反応を見て、ニコラス、ルイザ、フィリアの三人が揃って笑い出す。


「お兄様、冗談ですっ! お兄様は学院での生活を楽しんで下さい!」

 ネタばらしをして、フィリアは笑顔でアレクシスの腕に抱き着いた。


「いやあ、フィリアに提案された時は驚いたが、珍しくアレクが驚く姿を見られたよ」

「もう、二人とも人が悪いですよ。でも、ふふっ、アレクのそんな顔を見たのはいつぶりかしら。あなたはいつも先を見て生きているから……そこが、アレクの格好いいところですけどね!」

 三人に担がれたとわかったアレクシスだったが、最後の晩を楽しいものにしようとしてくれている気持ちを感じ取っており、笑顔になる。


「うん、僕は二人の子どもで、そしてフィリアの兄で本当によかったよ!」

 過去の記憶があることはフィリアにも話している。

 しかし、その記憶が辛いものであることは誰にも話していなかった。


 それゆえに、こんなあたたかな家族の団らんはアレクシスの、そして過去の自分である山田幸作の望んでいたものであり、それが手に入ったことは彼の心を満たしている。


「もう、お兄様ったらそんな意味深なことを言ってごまかさないで下さい! でも……私もお兄様の妹でよかったって思っていますよ!」

「あぁ、私も同様だ」

「はい、私もです! 今夜はもう少しお話をしましょう。明日の出発に支障のない範囲で……」

 そうして、四人はフィリアが眠くなるまで語り明かした。








お読みいただきありがとうございます。


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[一言] 作者様。 楽しく読ませて頂いています。 更新が楽しみですので、頑張って下さい。
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