1件目
「私も異世界に行ってみたいんです」
応接用のソファに座り、打ち合わせをしている最中に、女がふと呟いた。
依頼人の女の言いたいことはなんとなく想像がついたが、
この場合のセオリーは相手の気持ちを聴くことだろう。
「どうしてでしょうか?」
出来るだけ落ち着いた雰囲気で聞いてみた。
すると依頼人は多少の間を置いて、囁くように語り出した。
「・・・異世界に行くと、自分が望んだ通りに舞台が動くと聞いたことがあります」
「だからあの子も・・・」
女の窪んだ瞳から、涙が一粒溢れた。
さえぎるように、こちらから打診をしてみる。
「また、日を改めましょうか?」
同じように依頼人も話し出した。
「いえ、あの子と話すことが出来るんですから、このまま話を続けさせてください!」
急に我に返ったように、はっきりと意志を示す女に少しだけ悩んだが、やはり平静を欠いているように見えるため、“こちらの事情”と言うことにして時間をおいてみよう。
プルルルル・・・
プルルルル・・・
電話が着信を伝えてきた。
会釈をしながら、電話に出る。
少しだけ距離を取り、会話している“フリ”をしながら電話を切る。
「佐伯さん、申し訳ございませんが、次の依頼者を随分と待たせてしまっております。こちらの事情で恐縮ですが、明日以降に改めさせていただけないでしょうか?」
多少強引だったが、依頼人は受け入れてくれたようで、
「分かりました。では明日の15時でお願いします」
と一言告げたのち、会釈をして入り口に向い始めた。
立ち去る依頼人に向け一言、
「息子さんとの会話、楽しみにしておいて下さい」
と伝えた。女の表情は見えなかった。
起立して見送り、さて、今日の業務は終了だ。
パソコンの画面に近づきながら眉をしかめる女に向けて、話しかけた。
「千佳ちゃん、ありがとー」
千佳と呼ばれた女が返した。
「ど~いたしまして~」
相変わらず気の抜けるような返事だが、こいつは出来る女だ。
さっきも、こちらの考えを察知したのだろう。俺の携帯に電話をかけてきたのが千佳だ。
依頼者と話を切りたいときにかけてくるルールを共有しているとは言え、ベストなタイミングだったと言える。
「千佳ちゃん、こんな感じになっちゃったから、今日はもう上がろうよ」
千佳も望んでいたようで
「分かりました!」とやたら元気がいい。
極力ライトな感じを出しながら・・・
「軽く飯でも食べて行かない?」
と打診してみたが千佳は、
「すみません!今日は予定があるんで・・・」
相も変わらずつれない。
今日も一人酒か、とつぶやきながら帰路に就いた。