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年下の小柳君

作者: 河 美子

 平成が終わって令和となるそうな。

 それがこの私にどう影響するかはわからない。

 でも、この4月30日で引っ越すことにした。

 二人で暮らしたアパートにも、次の住人の荷物が廊下に並べられてる。

 私は41歳。彼は26歳。15歳も下の男性と付き合うとは3年前は考えもしなかった。



「あの、回覧板です」

 あの日、ドアの向こうで彼は濡れた回覧板をもって立っていた。

「あ、どうも」

 すぐ閉めようとしたけど、あまりに濡れているし、タオルもなさそうに見えた。

「どうぞ」

 タオルを差し出すと、彼はすみませんとつぶやきながらも受け取った。回覧板は大したことは書いてなくて、新入りの学生たちへのゴミの出し方や宅配の受け取りは大家はタッチしないなど。

「僕のドアの郵便受けが壊れていて、昨日から外に落ちていたものですから濡れてしまいました」

「いいのよ。大した文書じゃないから。私から大家さんに戻しておくわ」

「小柳 雄二といいます。一昨日からここに入居しました」

「私は佐藤 りえです」

 よろしくと言いながらドアを閉めた。

 それから一週間後、彼に会うことになった。

 小柳君は近所の事務機販売の会社に就職したようだった。

 というのも、私の勤め先の専門学校のコピー機を新しく導入したら彼がやってきた。

「あ、どうも」

「こんにちは。僕はこの会社の新人です」

「そうなの。よろしく」

 彼は雨の夜よりも溌溂として、物腰も柔らかく好感が持てた。

「タオル、ありがとうございました。助かりました」

「いいのよ、荷物が来てなかったの?」

「はい、荷物もお金もなくて」

「え?」

「財布すられてしまって」

「どこで?」

「電車の中で。もうこんな町いやと思いましたよ」

「あら、そうだったの。知ってたらトーストくらいあったのに」

「いや、あのタオルでこの町もいいなと少し思いました」

「そうなの。大したところではないけど住みやすいとこよ。買い物も近くのスーパーは古いけど結構何でもあるから」

「はい、早速買いに行きました」

 専門学校のチャイムが鳴って、彼は備え付けると帰っていった。隣の笹倉さんはにやにやしながらこう言った。

「いいじゃん、あんな彼が隣に住んで。かわいいじゃないの」

「何言ってるんですか、あの人大学卒業したてよ。私はアラフォー」

「男と女は年は関係ないわ」

「私は関係あります」

 ふふふと笑いながら58歳の笹倉さんはコーヒーを飲みながら電卓を打っていた。

 あれやこれやと仕事を片付けていくと、早速色画用紙に印刷したいとコピー機をつかった教員が紙詰まりさせた。

「詰まっちゃったよ。次の時間に使いたいのに」

「おかしいですね。買ったばかりなのに」

「これ。安物じゃないの?」

「そんなことありません」

 妙に気色ばんでしまった。

 すると、笹倉さんがこう言った。

「電話したわ」

「え?」

「さっきの人を呼んだわ」

 ドキドキしたが来たのは別の人だった。

「先ほど設置したのに、もう紙詰まりなんて」

「申し訳ありません」

「先ほどの方は?」

「別の会社に設置に行きましたので、後で必ずよこします」

「いいんです。直していただけたら」

「いや、ちょっと見てください」

 呼ばれたコピー機の人は私を呼んだ。

 コピー機のふたを開けたら、確かに紙がくちゃくちゃ。だが、その色画用紙に裏にセロテープがついていたようだ。

「先生、コピーされるときはセロテープを外してください」

 私はきつい口調で壊した教員に注意した。

「あ、すみません。机にいっぱい準備してて。どうもすみません」

 教員は小さくなった。

「申し訳ありません。わざわざ来ていただくことではなかったですね」

「いえいえ、購入されたばかりの品が不具合があれば当然です」

 とはいえ、忙しいだろうにこちらのミスであることは当然だ。

 笹倉さんはごめんなさいねと彼に笑うが、私はメーカーをわざわざ呼ぶほどでなかったと後悔していた。

 その日、夕方、小柳さんがやってきた。

「すみません、よかったのに。こちらが紙にテープがついてるのを気が付かなくて。申し訳ありません」

「いやあ、僕も新人ですから、何かやってしまったかなと」

「いいえ、どうもありがとうございます」

 彼はにこやかに帰っていった。

 笹倉さんが耳元で

「隣なんでしょう、お菓子でも届けたら」

「え? そうですね。忘れてました」

 なぜか笹倉さんはウインクした。

 普段行くスーパーでなく、駅に近い有名なベーカリーでおいしそうなフランスパンと小さなケーキを買った。

 小柳君はなかなか帰ってこなかった。そこで、メモを挟んで入り口のノブにケーキとパンが入った袋をぶらさげた。

 翌日、玄関にメモが挟んであった。

「ありがとうございました。昨日は歓迎会で遅かったので、お礼が遅れました。小柳」

 真面目そうな文字で、好感が持てた。妙に心が晴れやかだ。彼は休日なのか、私は靴音を気にしながら階段を下りた。

 専門学校は四月は忙しい。土曜日も関係ない。事務的な仕事が山積みで、帰りは9時を過ぎた。

 足が疲れて、スーパーに寄ることもなく帰り着いた。すると、ノブに袋が。

「今日は僕は休日なんで、買い物に行きました。駅弁大会をしていて、おいしそうなカニ弁当があったのでどうぞ。小柳」

 もう、10時近いからどうかと思ったが、返事を書くより一言お礼が言いたかった。疲れた体にカニ弁当の味がしみこんでいく。お返しに何もない我が家の冷蔵庫。家から送ってきた文旦を二個箱から出すと袋に入れた。思わず、口紅を塗り身だしなみを整えた。

 外に出ると、小柳君の部屋の前に若い女性。あわてながら醤油がないといいつつ部屋に戻る。変に思われないかと思わず出た言葉。お財布忘れたといえばいいのに、なぜ、出たのか『醤油がない』という言葉。

 きれいなピンクのサマーニットのセーターに白いパンツ姿。高いヒールがまた素敵。一方の私はいわゆる突っ掛けのサンダルにゆったりワンピース。

「そうよね。彼は若い」

 自嘲気味にそうつぶやくと、ビールを開けた。

 

 日曜日、彼は朝早くから出かけたようだ。

「そうよね、昨日の彼女はどうしたかしら。泊まった?」

「ふん、若い人はいいわね」

 なぜそうなるのかわからないが、自分の言葉に情けなさが漂う。

「彼でもないんだもの、余計なお世話よね」

 思わず腹回りが気になる。

「ウエストが太すぎるわね。我慢しない服ばかり最近着るからだわ」

 気分転換にショッピングに出る。

 ピンクのサマーニットが目に浮かぶ。きれいな色よね、ピンク。この頃黒やグレーしか着ていない。

 初夏に向かって明るい色がいいわ。ショーウインドーにはパステルカラーがいっぱいだ。

「どうぞ、お気に召したものはご試着どうぞ」

「ええ、このサックスのブラウス見せて下さる」

「どうぞ、よくお似合いです」

 試着ルームに入ると、穿いてる紺のパンツにサックスのブラウスはすっきり見えた。

「これいただくわ」

 9300円。安くはない。一万円札が飛んでいく。

「これ着て帰ります」

「かしこまりました」

 値札をとってもらい、着てきた黒のTシャツを袋に入れてもらう。

 スニーカーもいいけど、パンプス買うことにしよう。

 いろいろと履いてみたが、やはり、長時間は厳しいなと思う。今日はすでに一万円使った。あと十日を財布と相談すると無理という感じ。あとはおいしいものでも買って帰ることにする。

 スーパーでいつも通りの買い物をして帰ると、小柳君が階段で降りてきた。

「こんにちは」

「あ、昨日はおいしいお弁当ありがとうございました」

「いえいえ、あのパンもケーキもおいしかったです」

「昨日、遅かったのでお礼に伺わず、すみません」

「いやあ、そんなこと構いません。これからもよろしく」

 彼はさわやかな笑顔を残して出かけた。

 このサックスを着ていて良かった。鼻歌が思わず出る。

 すると、部屋の前に昨日の彼女。なんと、部屋を掃除しているようだ。思わず顔をそむけたまま部屋に入る。

「そうよね、同棲でもするのかしら」

 服を買ったことを思い切り後悔した。サックスがくすんで見える。料理を作る気にもならない。

 昼間というのにビールが飲みたい。冷蔵庫にはなかった。仕方なく近くのコンビニに出かけることにした。デニムにトレーナーという格好でビールを買いに。その時に後ろから声をかけてきたのはあの若い女性。

「あの隣に越してきた小柳の姉です」

「あ、そうですか。私は佐藤です」

「よろしくお願いします。私はこの近くの病院で看護師をしてます。これ、どうぞ」

 手には和菓子が。

「まあ、どうもすみません」

 感じの良いのはお姉さんもだった。彼女ではなかった。でも、私よりは年下だわ。ほっとしたけど、自分の年齢が気になった。ビールを買うのはやめて部屋に戻って掃除を始めた。いろいろなものを断捨離した。延々と掃除していると、開けていた玄関から声がした。

「佐藤さん、これ食べませんか?」

「あら、お帰りなさい。お姉さんからおいしそうな羊羹いただきました。ありがとうございます」

「いえいえ、羊羹よりケーキだよって言ってたんですけど。日持ちがするからこっちと言ってきかないので」

「助かります。甘いものすきです」

「これは姉が作ったシチューです。作りすぎてるからおすそわけです」

「そんなにいただくことばかりで申し訳ないわ。これ、うちの母が送ってきた文旦。おいしいですよ。自分で言うのもなんですけど」

「グレープフルーツみたいですね」

「ええ、でも、剥いて食べるととてもおいしいです」

「ありがとうございます。スポーツの後のビタミンいいですね」

「何をしてきたんですか?」

「野球です。会社の草野球チームに入れって。明日試合なんです。もしお暇でしたら見に来ませんか?」

「え? 私なんか行ったら」

「是非、僕活躍しますから」

「ホームラン?」

「はい」

 このさわやかさに惹かれてしまう。彼は先生とでも話している気分なんだろうな。

 翌日、おにぎりをたくさん作って持って行った。

 近くの河川敷、応援に来ているのは家族ばかり。

「いらっしゃい、ようこそ」

 先日のコピー機の修理に来てくれた人もユニホーム姿。

 小柳君は4番でピッチャー。

 球威もあって、草野球とはいえ彼はうまかった。約束通りのホームランも。相手は公務員チームだった。

「どこで見つけたんだい、こんなプロ選手」

 近くで彼の会社の人と相手チームの監督が話している。

「ああ、プロに入るって言ってた子なんだけど、自動車事故で肩を壊してねえ。二年入院したんだよ。一時は大変だったんだけど、よくぞ、あそこまで立ち直って。いい子だよ」

 知らなかった。

 ただの新入社員くらいに思っていた。

 彼は4回で交代した。

 私のもとへ来ると、彼は汗びっしょりで、おにぎりを見せると嬉しそうに頬張った。

「本当に来てくれたんですね。うれしいです」

「あなたは大活躍ね」

「まあね、今日はたまたまです」

「よかったら、今日の打ち上げに来ませんか?」

「ありがとう、でも、今日は帰ります。私明日早いんです」

「そうですか、ありがとうございました。せっかくの休日なのに」

「ううん、楽しかったわ」


 あの日から笹倉さんに冷やかされることばかり。


 でも、今日から二人で新生活。

 時代は令和になるそうな。

 少し広い部屋に引っ越しました。

 二人で共稼ぎしながらつわりとも戦いながら。

 令和生まれの子どもを育てます。


 


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― 新着の感想 ―
[一言] 拝読しました。 どんな結末なのだろうかとドキドキしました。 令和生まれ。もうすでにたくさんの子がその日をまっているのでしょうね。 漢字の変換も「れいわ」で一発変換になっていました。
[一言] 自分が年上だと、女性はやはり気にするのでしょうか。気にしながらも彼に惹かれていく彼女の心理描写が美子さんらしく描かれていていいですね。 そして、この二人もいいですね。 昭和生まれのママと平…
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