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祖父の命日

作者: あめのひ

 それは夏休みが始まった最初の夜。


「ちょっと起きなさい、おじいちゃんのところに行くわよ」


 明日からはいっぱい遊べると期待しながら眠っていた すると洗い物の途中だったのかエプロンを着たままのお母さんが僕の部屋に入ってきてそう言った。 

 お母さんのお父さんは、僕が生まれたときにはもういなかった、だからおじいちゃんといえば一人しかいないそして春休みのころから入院していた。

 いつも静かで夏休みに遊びに行っても喋るのはおばあちゃんばっかり、おじいちゃんは隣で難しそうな顔をしながら本を読んでるだけ、ときどき僕がおじいちゃんのほうを向くと怒っているのか睨みつけてくるから少し怖かった。前の春休みに倒れたって聞いて家族みんなでお見舞いに行ったときもほとんど話さなくて僕たちが話しているのを聞いていた。


 パジャマから半袖半ズボンに着替えて部屋を出ると家の外から車のエンジン音が聞こえた。


「着替えたわね、車で行くから眠いなら車の中で寝ときなさい」


 お母さんはそう言って、僕の左手を握るとそのまま早足で外へと向かった。僕は慌てて履いたサンダルが脱げそうになりながらお父さんが玄関前まで回していた車の後ろの席に乗った。

 おじいちゃんの家に行くときは面白い話をしてくれるお父さんが、今まで見たこともないような真剣な顔でハンドルを握っていて、助手席に座っているお母さんも何も喋らないのが怖くなって少し目が覚めてしまった。

 いつもは賑やかで楽しいからあっという間に終わる二時間の道のり、それなのに今日は車の走る音だけでとても長く感じた。


「ねぇ、おじいちゃんがさっき亡くなったっておばあちゃんから電話があったわ」


 深夜の高速道路に差し掛かったときに僕が起きてることに気付いたお母さんが振り向いて教えてくれた。

 そんな感じなんだろうなとは思っていたけど、実際に言われてみるとなにも言葉が出てこなかった。

 僕が何も言わないの見て前を向き直したお母さんと、静かに運転をしているお父さんの頭を眺めながらおじいちゃんのことを考える。



 ぼくのおじいちゃん、ほとんど喋ったこともなければ遊んだこともないおじいちゃん。でも倒れるちょっと前の春休みに遊びに行ったとき、おばあちゃんたちが車で出かけたため二人で留守番してるといつもみたいに僕を睨みつけるような難しい顔をしながら「買い物に行こう」と誘われたことがあった。

 買い物行こうにも近くに何もないから、行くなら車が必要だけど車はおばあちゃんたちが使ってる。どうするんだろと思っていたら、おじいちゃんの原付、両足を揃えて椅子に座るような体勢で乗る原付の両足の間に僕を乗せて買い物に行った。


 着いたのは本屋やおもちゃ屋とかもある大きなスーパーで、おじいちゃんは本とお酒を買っていた。そのときも静かだったから僕もおじいちゃんの後ろについて歩くだけの会話のない買い物だった。


「なにか欲しいものはないか」


 もうすぐ店の出口ってところで、おじいちゃんは突然振り返って僕のほうを見ながら言った。


「ううん、いらない」


 店についてからずっと静かだったのに、いきなり話しかけられことに驚いて咄嗟にそう返事をした。

「そうか」とそれだけ言うと、また足の間に僕を乗せて原付で帰った。

 そのあと家に戻った僕たちは、いつも通り何も話さないでそれぞれ本を読んだりテレビを見たりしながらおばあちゃんたちが帰ってくるのを待っていた。



 途中でうとうとしつつも春休みの出来事を思い出していると、よくわからない建物、あとでお葬式屋とわかった建物に僕たちが乗っている車は到着した。


 車から降りて建物の二階に入るとお葬式屋さんとおばあちゃんが立っていた。お父さんが二人と何かを話したあとエレベーターで三階へと移動するよう言われた。

 エレベーターから降りると目の前に左側はドア、右側は襖がいくつも並んでありところどころに長椅子の置いてある廊下が続いていた。

 そのドアのうちエレベーターの一番近く、エレベーターを降りてすぐ左のドアをお葬式屋さんが手で示すとおばあちゃんがドアを開けた。その部屋の中から廊下に向かって線香の匂いが漂ってきた。

 ここにおじいちゃんはいるのかなって思いながらお父さんの後に続いて部屋に入ると、奥の壁一面が仏壇みたいになっていてその真ん中にはおじいちゃんの写真が飾ってあり、そして仏壇の手前にある台の上におじいちゃんが眠っていた。

 最後に会ったときと変わらない静かなまま、寝てるようにしか見えないおじいちゃんの前にどうしたらいいのかよくわからなくなっているとお母さんが僕の手を引いて二人で部屋を出た。


「ここで待ってようね」


 廊下にある長椅子に座りながらお母さんがそう言ったから、僕もお母さんの隣に座った。

 部屋の中からは、おばあちゃんとお父さんの話す声が少し聞こえるけど、廊下は僕とお母さんとずっと立っているお葬式屋さんの三人だけ誰も話さなくて静かだった。


 その日はおじいちゃんがいる部屋の向かいの和室に泊まっておじいちゃんにまた会いに行ったり、次の日からはお葬式や火葬とおじいちゃんがいなくなったという実感を持てないまま時間が過ぎていった。

 火葬が終わっておじいちゃんがお墓に入ったあと、お葬式屋に戻ると長男ということでいろいろしていたお父さんとお母さんがお葬式屋さんと話をしていた、だから残った僕はおばあちゃんと二人で泊まっていた和室の片づけをすることになった。


「おじいちゃんって昔から口下手で言葉足りなかったんよ」


 布団を畳んでいたら、おばあちゃんは話し始めた。


「孫とも話したがってたのに怖がられたらいやだからって、孫が来ると無口になって本読んでるふりしながらずっとあんたのこと見て難しい顔してたんよ」

 

 それを聞いて布団を畳んでいた手が止まった。

 無口で睨みつけてきたのは怒ってたのではないのかも、あのときの「なにか欲しいものはないか」というのはおじいちゃんなりの……


 僕は夏休みが始まってから初めて歪んだ視界のなか布団を畳むの再開した。



 それから何度もの夏休みを過ごし、ついに夏休みが来なくなるような年齢になってもあのときにどう答えればよかったのかを祖父の命日になると考える。

お読みいただきありがとうございました。

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