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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

男装天使になって、勇者を助けてます。






 私は死んだらしい。

 何故なら、天使になっていたからだ。そして雲の上を思わせるふわふわな足元。そして、青く澄んだ空。神殿らしきものも、見えた。

 背中には白い翼が生えて、白い衣服に身を包んでいる。何故かズボンという格好だ。なんだか学ランを着ている気分。

 私は女だから、経験ないのだけれども。


「操を守って死ぬと天使になるのよ。最近そういう若い子が増えてきてね。地球にはもう天使が満員なのよね。だから、あなたは別の星を担当してきて」


 艶やかな黒髪美少女は、そう困ったように微笑んで告げた。背中にはやっぱり翼がある。

 白いワンピースは、彼女を余計幼く見せたが、喋り方からして相当年上という印象を抱く。

 そういうわけで、と私は飛ばされる。翼で、とかではなく、魔法みたいなもので転移させられたのだ。

 そこは、青空ではなく星空が上にあった。見たこともないほどの星の数に圧倒されて、口をあんぐりと開けてしまう。


「君が新しい天使か」


 話し掛けてきたのは、男の人だった。

 私と同じ、白い学ランのような衣服に身を包んでいる。

 眼鏡をかけていて、白金の髪がこんな星空の下でも輝いて見える美しい男性だった。やっぱり背中には、翼がある。


「早速だが、君にしてもらいたい仕事がある。魔王討伐を命じられた勇者の手助けをしてほしい」

「はぁ……どのように助ければよろしいのでしょうか?」

「それは自分で考えたまえ」


 ええ。丸投げ。

 ちょっと新人に優しくないんだけれど、天使業。


「“男”なんだから、それくらい自分で考えて行動するんだ」


 え? 今なんて言った?

 男って言わなかったか?

 そりゃ私、短髪ボブヘアだけれども、男装みたいになっているのだけれども。男と間違えられるなんて、ショックだ。

 あまりの衝撃に言葉を失っていれば、スタスタと眼鏡天使先輩は行ってしまった。

 とりあえず、この地球とは異なる星の天国を把握しようと一人フラついていれば、井戸を見付ける。

 別に喉が渇いたわけではなかったけれども、近付いて覗く。

 それはいわゆる地上を映し出していた。

 街が見えないかな、と思っていれば街が映し出される。なんでも見える井戸のようだ。すごいじゃないか、と一人テンションを上げながら、夜の街を観察してわかったことがある。

 その世界は中世風の世界で、女性はドレスを着て髪を長く伸ばしていることが常識なのだ。あの眼鏡天使先輩が間違えたのは、その常識からきたのかもしれない。

 まぁいいか。とそのまま井戸を眺めた。

 それは何日も続く。

 天使にとってそれは苦ではなかった。もう死んでしまっているのだから、食事も睡眠も必要ないみたいだ。でも流石に、退屈で欠伸を漏らしてしまう。

 私は勇者と選ばれた子どもを見ていた。

 子どもと呼ぶには大きすぎるけれども、大人と呼ぶには幼い。大人になりかけの少年とでも言っておこうか。

 とても綺麗な顔立ちをしているのに、真摯な表情で特訓をする彼は赤毛。

 彼は来る日も来る日も、鍛えられていた。魔法や剣術の特訓をして、ズタボロになるまで行っては眠りにつく。それを眺めているだけは、退屈だった。

 思うことはある。まだ若いのに苦労している、と。

 私よりも幼いから、魔王討伐なんて重荷を背負わせられて可哀想。


「いつまでただ見ているつもりなんだ?」

「はっ! 先輩!」


 気付けば、眼鏡天使先輩が覗き込んでいた。


「癒してやるなり、なんなりすればいいじゃないか。そんなことも考えが及ばないのか?」

「そんなことを言われても……天使に出来ることすら知りません」

「なんだ? 何も習わずにこちらに来たのか? それはすまないことをした」


 咎める視線のあと、すぐに申し訳なさそうに謝られる。

 どうやら天国は思ったほどブラックではなかったみたいだ。

 単なる双方の行き違いが、生じただけのもよう。本来はあの黒髪美少女さんに教わっていたのかもしれない。


「オレの名前は、ミカエルだ。それならば天使としての名前もまだ授かっていないのだな?」

「はい。そうです」

「ではオレが授けよう。ありがたく受け取れ。お前の名前はラグイルだ」


 この眼鏡天使先輩、オレ様属性だ。


「ありがとうございます。でも一つ訂正が」


 私は女ですよ、と伝えようとした。


「ほら、勇者を癒してこい。ラグイル。祈れば癒せる。行け」

「え? ええ!?」


 ありなのかそれー!?

 背中をドーンッと押されて、井戸の中に落とされる。

 バッシャンッと水面を突き破った次の瞬間には、映していた勇者の城に与えられた広々とした部屋にいた。


「誰!?」


 当然、ベッドに横たわっていた勇者・アンセルは飛び起きて、突然部屋に現れた私に問い詰める。

 私は自分の背に翼があることを確認した。これで説得力はある。

 手を合わせて祈るポーズをした。


「私は天使・ラグイルと申します。あなたを見守っていた者です、勇者・アンセル様」

「て、天使?」

「はい、天使です」


 今初めて名乗ったけれども。

 私は柔和の笑みを浮かべて見せた。


「毎日特訓に励むあなたを癒やしに来ました」


 えっと、祈れば癒せるっと。

 私は祈った。この子が癒されますように、と。

 するとキラキラとラメのような光が降り注ぎ、見る見るうちにアンセルの擦り傷などの傷が消えていった。


「あ、ありがとう……ございます」


 身構えていたアンセルは、忍び込んだ怪しい者という認識から、天使だと理解してくれたようで力を抜いて見せる。


「こうしてまた癒しに来てもいいでしょうか? アンセル様」

「助かります。あの、オレのことはどうぞアンセルと呼んでください。天使様」

「ではアンセル。私のこともどうぞ、ラグイルと呼んでください」

「じゃあラグイル……」


 アンセルが年相応の笑みになってくれた。

 私も笑みを深める。


「それでは今日のところはここで帰らせていただきます。また会いましょう、アンセル」


 手を振って、初めて背骨から伸びている感じの翼を羽ばたかせて、天井に向かって飛んだ。すると天井に頭をぶつける前に、水面を突き破った。

 ああ戻れたよかった。アンセルに頭をぶつける姿を見せずに済んだ。


「その調子だ」


 見守っていたであろう眼鏡天使先輩ことミカエル先輩は、満足げに頷くとバタバタと白い翼で去っていった。

 結局女だと言いそびれてしまったではないか。

 まぁいい。そのうちわかってくれるだろう。

 井戸をただ覗いてみる。暗い水にうっすらと映るのは私の顔。

 黒い短いボブに、丸い瞳。

 これ、男に見えるのか……?

 見ようによっては、女性寄りの顔の男の子に見えなくもないのかな。

 私、小柄だし。複雑だ……


 その日から、毎晩アンセルを癒しに行くようになった。

 驚いたことにアンセルは女神様に会ったことがあるのだという。彼女直々に魔王討伐の使命を授かったそうだ。だから天使の登場は、疑わなかった。

 井戸から見ている時は音声は拾えなかったから知らなかったけれども、アンセルは敬語キャラだ。話しててわかった。幼い頃から騎士の従者を務めてきたから、その癖が抜けないらしい。

 その従者の時の騎士が、アンセルが勇者に選ばれたことが気に入らなくて暫く陰湿な嫌がらせを受けていたという。しかし「決闘して見事負かせてやりましたよ」と笑顔で報告してくれた。以来、嫌がらせはないらしい。

 結構、勝気な性格でもあるようだ。意外な一面。

 癒しては、少しお喋りをする仲になった。

 お喋りと言っても、私には話題というものがなかったから、主にアンセルのことを聞いていた。上手くいかないこと、上手くいくこと、零したい愚痴とかも私は親身になって聞いてあげる。


「ラグイルの翼、綺麗ですね。触ってもいいですか?」

「うん、どうぞ」


 私は片翼を差し出して、ベッドに座るアンセルの膝の置く。

「わぁ……」と声を漏らして、そっと慎重に触ってくる。ちょっとくすぐったい。


「ラグイルは天使に生まれてきたのですか?」

「ううん。私は違うよ。他の天使は知らないけれど」

「じゃあ天使に成ったのですか? どうやって?」

「それは……貞節を尽くすまま死ぬと天使に成るの」

「……それって、大勢が天使になるのではないですか?」


 アンセルがきょとんと首を傾げた。

 んー。この星ではわりと普通のことなのだろうか。貞節を尽くして死んでしまうことは、割と多いのかもしれない。でもこの星の天使は多くなかった。きっと地球とは違う条件で、天使になるのだろう。だから私も配属になった。


「私はそういう星の元に生まれたの」


 それだけ答えておくことにする。


「では、天使は性的行為をしたらどうなってしまうのですか?」

「へっ?」


 私は素っ頓狂な声を出してしまった。

 歳下の男の子にそんなことを訊かれてしまって、赤面ものだ。

 やっぱり、アンセルも私を男と勘違いしているのだろうか。


「上の者に聞いてみる……」


 ミカエル先輩にこんなこと聞いて、怒られないのかな。

 天国に戻ってから、翼を羽ばたかせて私はミカエル先輩を捜した。

 他の天使がいることも確認出来たけれど、それより質問だ。


「勇者に問われたのですが、天使は操を守らなかったらどうなるのですか? 私は貞節を守って死んで天使になったのですが……まさか死んじゃうんですか?」

「いや、天使の肉体を得たから、天使ではなくなり人間に成り下がるだけだ」

「え。そうなんですか。翼がなくなって人間になっちゃうんですか」

「ああそうだ。いわゆる堕天と言ってな、もちろんここ天国に戻れなくなるぞ。バカなことを考えていないで、自分の仕事に集中しろ」

「……はい」


 コクンと頷いて、私はアンセルと話せる話題が出来て手放しで喜んだ。

 翌日の夜に早速、癒し終えてから、アンセルに話した。


「そうなんだ……」


 独り言のように呟いたアンセルはどこか嬉しそうに、安心したような笑みになった気がする。

 アンセルの父親は騎士で魔物に殺されてしまった。だから母親が残されている。会う暇がないアンセルに変わって私は、井戸でアンセルの母親の様子を確認することもした。母親思いのアンセルは、元気そうだと聞くと喜んだ。



 間も無くして、勇者・アンセルの魔王を倒す準備は出来、旅立つことになった。

 それでも私が癒す日課は、変わらない。

 だから、旅の仲間である人達と初対面した。


「初めまして、アンセルの治癒をしております。天使のラグイルと申します」


 焚き火を囲う勇者一行に向けて一礼をする。


「こりゃえらく美少年な天使じゃねーか!」


 豪快に笑う戦士の男性は、立派な髭を生やしている。

 び、美少年だと!? 天使オーラのせいでそんな風に見えるのか!

 私は内心、おののいた。


「天使も味方につけるなんて、流石女神様に選ばれた勇者ですわね」


 妖艶とも言える魔術使いの女性が気品に笑った。

 気のある笑みをアンセルに向けているけれど、アンセルの方は見向きもしない。


「今日も癒しをお願いします、ラグイル」

「うん」


 にこりと私にお願いするアンセルに頷いて見せて私は祈って、魔物と戦ったアンセルを癒した。キラキラとラメが淡い光を纏いながら瞬く。


「治癒をする役がいることは、有利ですね」


 眼鏡をかけた小柄な男性は、召喚魔術使いだそうだ。


「私は勇者を手助けする天使です。役に立てることがあれば言ってください。私は空から見守っています」


 手を合わせて天使っぽく穏やかに告げてみる。

 そんな手を取ってアンセルは、優しげに目を細めて微笑む。


「これからもお願いしますね、ラグイル」

「いつでも見守っているよ、アンセル」


 それからの旅は過酷そうだった。

 魔王の国に入り、魔物と戦う日々。

 夜を待たずに癒しに行くことは多々あった。

 そして、ついに魔王の城に到着。私は万全の状態で戦えるように、勇者一行を癒した。


「ラグイル……行ってくる」

「うん、アンセル。また会おう」


 ラグイルが指を絡ませるように手を握ってきたから、握り返す。

 その手が離れたのは、なんだか寂しさのようなものを感じたけれども、私は逞しい背中を見送った。

 天国に戻って、井戸越しで魔王とアンセルの戦いを見守る。

 凄まじい戦いだった。やはり魔王は禍々しい魔法の数々をアンセルに放ち、強かった。

 アンセルも全部の力を出し切って、そして見事勝利を収めたのだ。

 私は真っ先に癒しに行ったのだけれど。


「ラグイル!!」

「アンセル!」


 現れるなり抱き締められた。だから私は抱き締め返す。

 頑張ったね。本当に頑張ったね。

 その思いを伝えるように、熱い熱い抱擁をした。




 魔王を見事討伐した勇者一行、特に勇者・アンセルは讃えられる。

 国中が祝杯を上げる様子を、私は井戸で確認した。

 アンセルは忙しそうだった。けれども、夜になると祈りを捧げ始める。

 まるで私を呼んでいるように思えて、私は井戸に飛び込んでアンセルの部屋に行った。


「アンセル。何を祈っているの?」

「女神様に許可をもらっていたんだ」

「女神様に許可?」


 突然現れた私に驚きもせずに、祈りのポーズをやめるアンセルは私と向き合うとにっこりと笑みを深める。

 すると腕を掴まれて、ベッドに押し倒された。


「ラグイルをどうかオレにくださいって、ね」

「!?」


 そのままアンセルは私の上に跨る。

 異性に馬乗りにされて、パニックを起こした私はつい言ってしまう。


「ま、待って! 私、女だよ!?」


 よくよく考えたら、異性に押し倒されていう言葉ではない。

 でもアンセルは私を男と勘違いしているはずだし、それなら同性愛者ってことになるんじゃないかと思うわけで、一応明かしておかなきゃいけない!


「知ってる。抱擁している時に気付きました」


 なるほど! 抱擁すれば嫌でもわかるよね!

 服越しでは見えなくても、これでも胸はある方だから!


「でもどちらでもいいのです。ラグイルが男でも、女でも。欲しいのは、ラグイルですから」


 私の腕を頭の上に固定しながら、アンセルは優しく微笑んだ。

 欲しい、なんて言われて私は余計に顔を熱くした。

 男でも、女でも、関係ないとまで言われてしまった。

 そこまで私が好きなのか。その想いに、胸の奥から熱が爆発的に広がっていった。


「ラグイルは天使でいなきゃいけない理由でもあるのですか?」

「な、ない、けれども……」

「ではオレのお嫁さんになって、幸せに暮らしましょう」

「っ!」


 そのままアンセルは、優しい笑みのまま私に口付けをする。


「で、でも、もうアンセルを癒せなくなるよ!?」


 まだパニックっている私はそう言った。

 初めての口付けて、わけわからないくらい頭が熱くなっている。


「ラグイルがいるだけでオレは癒される。それでいいです」


 天使である私は、勇者のアンセルに抱かれた。

 結局アンセルのことは嫌いではなくむしろ好きだった私は、そのまま人間となり、アンセルのプロポーズを承諾して結婚したのでした。



end




ハローハローハロー

男でも女でも。関係なく好きって、憧れます。



20180218

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