ヴァンパイア
その世界は人間とヴァンパイアが共存していた。人々は浮遊力を持ち、歩行者は歩くだけでなく、飛んでいるものもいた。浮遊力は人それぞれで、低いところを飛ぶもの、高いところを飛ぶものと様々だった。交通ルールも歩くものに合わせ、浮遊するものは、お互い危険のないよう距離を取って飛ぶことが定められていた。歩いているもの同士は「肩がぶつかる」ことはままあるが、浮遊しているもの同士は「頭がぶつかる」のである。気をつけるのは当然の義務である。
友美はいつも通り仕事からの帰り道を浮遊していた。すると、前から来た人と頭が触れあった。間一髪だった。
「すみません、大丈夫ですか?」
「ああ、こちらこそすまなかった」
丁寧に謝ってくれたのはヴァンパイアの男性。人とヴァンパイアの区別は瞳である。ヴァンパイアの瞳は赤い。ヴァンパイアによって色合いは異なるが、濃い赤ほど、ヴァンパイアの血が強いとされている。
今目の前にいる男性の瞳は毒々しい赤。これほど強い瞳のヴァンパイアはそうはいないだろう。
友美はその瞳に驚き、早々に立ち去った。すると、また前から来た人とぶつかりそうになった。慌てて避ける友美。そして、また家路に着くために浮遊していると、前から来た人とぶつかりそうになる。それを繰り返すこと七回。明らかにおかしい。
友美がそう思った時だった。遠くから何かが浮遊してくる。人でも、ヴァンパイアでもない。螺旋を描いたドリルのようなものが友美に近づいてきた。友美の頭の中では警鐘が鳴っている。
あれは禍々しいもの……。
しかし友美は、空中に縫いとめられたように動けない。周囲は暗くなり、心細い街灯があるだけ。
ドリルが友美に襲いかかってきた。こんなものは見たことも聞いたこともない。友美は逃げようにも金縛りにあったかのように動けない。ドリルは友美の左腕を目指して一気に突き刺してきた。友美の左腕の肘からドリルが入っていく。
「きゃあああ!痛い!!」
ドリルは自分の意志があるかのように、友美の腕の中を抉っていく。生きながらに体を蝕まれていく。
友美は既に声も出ず、気絶しないのが不思議なくらいだった。ドリルが友美の左腕に完全に入った頃、先程ぶつかりそうになった七人がやって来た。
「この娘か」
「そのようだな」
「いい香りがするわね」
口々に言い合っている。友美は朦朧とした意識で聞いていた。まさか、みんなヴァンパイア……。今話題になっている通り魔って……。そこで友美の意識は途切れた。
話題に挙がっている通り魔。それは体から血の一滴もなくなり、干上がった死体が発見されていること。死体には左腕に小さな傷が残っているだけだという。
ヴァンパイアたちは、友美の左腕に付いた蛇口のようなものを捻り、友美の血を水のように飲んでいた。
「あら、気づいたわよ、この子」
「本当だ。珍しいな」
「……助けて……」
友美の口から漏れた言葉は闇にかき消されていった……。