氷
俺が子供の頃だった。寒い冬の日の出来事。
俺の家の近くに大きな池がある。立入禁止の看板があるが、俺たちは気にしなかった。それよりも探検することの方が大事だったのだ。「立入禁止」などと書いてあれば、なおいっそう探検心を刺激された。
ある日のこと、その池に行くことが決まった。親からは、絶対に行くなと言われていたので、内緒で出掛けることになった。待ち合わせ場所は池の前の「立入禁止」看板のある場所の隣にある林の中。さすがに「立入禁止」看板の前ではまずいと思ったのだ。
そして、一人を除いて五名が集まった。あと一人は来ないが、遅れてきたら、立入禁止の奥へ入って来るだろうと思っていた。
そして、俺たちは立入禁止看板の中へ入って行った。しばらく歩くと池が見えてきた。凍っているようだ。この氷はどのくらいの強度があるのだろう。俺は気になって、そっと片足を氷の上に乗せてみた。大丈夫なようだ。
俺は少しずつ片足に重心を傾けていった。乗ればいけるかも、と思った時だった。
氷の中程で何かが突き出ている。目を凝らして見ると、人の手のようだった。
俺たちは驚き、逃げ出した。立入禁止看板の前まで戻って、荒い息を整える。
「おい、あれって手だったよな」
一人が話し始めると、皆が口々に言い出した。
「あれは手だった。事件かな?」
「そうかもしれない。突き落とされたのかも」
とりあえず、俺たちは警察へ話しに行った。しかし俺たちが子供だからか、だれも話を聞いてくれない。
悶々とした気持ちで俺は次の日の朝を迎えた。キッチンへ降りていくと、母親か行った。
「上田さんちの健太くん、昨日帰ってないんだって。あなた仲いいでしょう。何か知らない?」
俺の心臓は跳び跳ねた。一人待ち合わせに来なかったのが健太だ。まさか、あの手は……!何て言えばいい?立入禁止の場所に入ったことを怒られるかもしれない。でも、あの手が健太だったとしたら……。俺は話すことにした。
「……昨日立入禁止の池に行ったんだ。そこで池の中から人の手のようなものが突き出てた……」
「あなた、立入禁止のところへは行かないようにとあれほど……!」
母は怒っていたが、さすがに動揺しているようだ。
「……昨日、警察にも行ったけど、取り合ってもらえなかった」
「と、とにかく上田さんに連絡してみるわ」
母は健太の家に電話した。しかし、ほっとしたように電話口で話して電話を切った。
「健太くん、昨日の夜遅くに帰って来たんですって」
「えっ、そうなの?」
じゃあ、あの手は……?
「もうあそこの池に行っては駄目よ」
「……うん」
それから小学校に登校した。友達みんなで健太のことを話していたとき、健太が登校してきた。その姿を見て、俺たちはほっとした。口々に健太に話しかける。
「無事で良かったよ」
「健太が帰ってないって、びっくりしたぞ」
「昨日は何で来なかったんだよ」
健太は答えた。
「行ったよ。どうして助けてくれなかったの?」
「え?何言ってるんだよ。昨日何かあったのか?」
俺は健太の肩に手を置いた。
冷たい!
「健太、お前……」
俺が話しかけた時だった。健太の頬がどろりと崩れてきた。顔の骨が見え、眼が飛び出して床に転がった。
「わあっ」
「ひっ」
俺たちの叫び声とともに、健太の体は崩れ落ち、氷となった。そして、溶けてゆく。
俺たちは震えた。昨日のあの手はやっぱり健太だったんだ!
教室に残ったのは、健太の服だけ。それから警察が入り、クラス全員は帰宅させられた。それから三日間は休校となった。
健太の遺体はあの池から発見された。
俺たちの前で溶けた健太。
『どうして助けてくれなかったの?』
俺たちは今でも健太の言葉に縛られている。