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第六話

 夢から覚めたように、エッダは父とともに、一行の翌朝の出発の用意と、馬の世話と、夕食の用意に奔走した。

 男は何もいわない。

 エッダに絡みつくような視線を投げかけながらも、相変わらずエッダの視線を避ける。

 エッダもその視線を無視して、とにかく忙しく走り回った。

 偶然なのか何なのか、宿に宿泊していた小規模な商隊も同じ翌日の出発となり、傭兵達のために用意した弁当や水袋のたぐいは、この商隊の馬車に詰め込むように指示される。

 エッダが大きな荷物を抱えて馬車にの積めにいくと、馬車の中は何故か空箱でいっぱいだった。

 四頭立ての馬車に大きな空箱達。

 意味は分からない。

 首を振りながら宿に戻ると、階段を上っていく男の後ろ姿を見つける。

 エッダは意を決して、男に走り寄った。

 「あのさ!」

 「来るな!」

 怒鳴り返され、エッダはとっさに頬を押さえて立ちすくむ。

 男はその様を一瞥し、瞳を揺らしたが、何もいわずに階段を駆け上がっていく。

 「何なのよ……」

 エッダは呟いて、床に座り込んだ。

 「……バカ」

 その瞳に、決意の炎が揺らめいていたことなど、男が知る由もなかった。


 明け方よりもまだ早い時間に、エッダはベッドを抜け出した。

 一行の出立用意を深夜までやっていたから、殆ど寝ていない。

 それでも目は冴えて、鼓動はうるさいほどに高鳴っている。

 身繕いをすませていると、いつの間にか親父が自分のベッドで半身を起こしていた。

 「と、父さん! あの、これは……」

 言い訳など何も用意していなくて、しどろもどろに言葉を紡ぐ。

 暗がりの中で、親父の声はどこまでも優しかった。

 「後悔しないように、な」

 「……父さん、大好き!」

 エッダは親父の首に抱きつき、頬にキスする。

 親父もぎゅっと娘を抱きしめ、頬にキスを返した。


 この時から僅か後に、最早、親父はこのことを大きく後悔する。

 彼は娘の性格を、いや、行動力を、低く見積もりすぎていたのだ。


 山道を暢気に馬車が通っていく。

 馬車には、商人が三人。

 それを守るように、前に二人、後ろに二人、騎乗した傭兵の姿があった。

 前に行く二人のうち、一人は「あの男」だ。

 彼は、もう一人の傭兵に馬を寄せられ、苦虫を潰したような顔をしていた。

 「なぁなぁ、よかったのかよ。エッダちゃんに会わなくて。せめて、朝の挨拶くらい。

 宿屋の娘なんだから、「見送ってくれ」とか言えば、起きてきてくれたって」

 「バカを言うな。夜中まで準備させておいて、んなことできるわけねぇだろう」

 「早めに準備が終わってれば、頼んだのかぁ?」

 「バカか! 十五も年下の娘に」

 「なぁんだ、そんなこと気にしてたのかよ。思ったよりも真面目だなぁ!」

 「仕事しろ!」

 男の熊でも睨み殺せそうな顔に、傭兵はケラケラと笑う。

 「何だよ。油断してる風を装うってのが、趣旨だろう? 緊張感のまるでない傭兵なんて、お誂え向きじゃないか!」

 昔なじみの傭兵は、人の悪い笑みを浮かべて男のつっこみ待ちだ。

 これ以上かまうのもバカらしくて、ついでに言うと、勝てる気もしなくて、男は一人、馬を急がせた。


 ここから、最も細い山道に入る。

 馬単体ならともかく、馬車では方向を変えることなどできない場所だ。

 太陽は中天にさしかかった頃。

 頃合いだった。


 いきなり、崖の上から岩と木が落ち掛かってくる。

 男はとっさに手綱を引き寄せ、際どいところですべて避けた。

 だが、道はふさがれてしまっている。

 馬首を翻したところで、後衛の二人と馬車の間に、ワラワラと粗末な装備の男達が割って入ってきた。

 「荷物を全部置いていけ! そうすりゃ、命だけは助けてやろう!」

 農民崩れの山賊達が二十人弱といったところか。

 前衛を守っていた相棒に目で合図すると、その相棒はすぐさま馬車につながっていた四頭の馬を馬車から切り離す。

 すかさず、三人の商人は、それぞれ馬に飛び乗り、来た道に向かって拍車をかけた。

 馬は大きくいななき、猛スピードで走り出す。

 山賊達は、馬車に気を取られ、逃げ出す商人の行く手を阻むつもりはないらしい。

 後衛の傭兵二人がうまく作った細い隙間を、商人達はあっという間に駈け去っていった。

 「てめぇらも命は惜しいだろう! 死んじまったら、報酬も何もないからな!

 防具と武器を置いていけば見逃してやるぜ!」

 山賊の頭らしい男が嘯く。

 実際、防具や武器の類はまともに揃えようと思えばかなり高価な代物だ。

 身ぐるみがはげれば幸い、抵抗するようなら殺して、無事な防具と武器だけを回収すればいい。

 馬も高価ではあるが、山を根城にしている以上、飼育は難しく、食料にするしかない。

 命のやりとりをするよりは、馬と人間が逃げていって、そのほかのものがあっさり手に入る方が、割がいい、と判断したのだろう。

 だが、男を始め、他の三人の傭兵も、山賊の言いなりになる気はさらさらなかった。

 分断されていた後衛の傭兵達は、商人が通ったときに開いたままになっていた隙間から馬車に駆け寄り、その馬車を障害物に陣を組む。

 改めて男が人数を数えると、山賊の数は十九人。そのうち、弓矢やスリングを持っているのは五人だ。

 馬車の陰に一度隠れ、男は背嚢から短弓を取り出す。

 短弓は飛距離は稼げないが、短い距離であれば十分な殺傷力を持っている。

 ただ、かなりの腕力がなければ、その弦を引いても満足に飛ばすことすらできないだろう。

 他三人の傭兵に山賊どもが釘付けになっているのをハンドサインで確認し、馬車の反対側から引き絞った矢を放った。

 びゅん!

 鋭く空気を裂いて、弓が頭の真横にいた弓使いの脳天を貫いた。

 山賊どもが、その唐突に現れた弓に動揺し、陣形が崩れているうちに、二の矢、三の矢で弓使い全員を潰す。

 四の矢をつかえたところで、乱戦となった。

 だが、移動手段が足しかない山賊が馬車に到着するまでには余裕があり、スリングで投石していた二人も、その間に倒しておく。

 間近で聞こえた雄叫びと同時に、男は短弓を投げ捨て、剣と盾を構えた。

 後は、自警団が追いついてくるのを待つのみ。守備に徹するだけだ。


 何だか妙に騒がしい。

 エッダは寝ぼけ眼で瞼をこすり、辺りを見回した。

 狭い木箱のは隙間だらけで、太陽の光と、些か埃っぽい空気、そして何やら怒号のようなものが入ってくる。

 空っぽの木箱に隠れ、一つ山を越えたあたりで、男に声をかけようと思っていた。

 カゼシスに戻るにも遠いところで声をかければ、一人で戻るように言われることはない。

 状況が許せば、次の目的地に着くまでは、一緒に連れて行ってくれるかもしれない。

 その間に、今までのことについて、いっぱいいっぱい感謝しよう。

 エッダを受け入れてくれるかはわからないが、精一杯の努力をしよう。

 そんなことを考えている間に、馬車は動きだしていた。

 そして、途中辛くないようにとたっぷり入れたクッションは思いの外、寝心地がよくて、前夜の疲れもあり、エッダは深く寝入ってしまっていた。


 エッダは勿論知らなかった。

 この一行が、飢えてじり貧になっている山賊達への撒き餌であることを。


 山賊達はこの二ヶ月ほど、商隊達の警護が厚くなり、また、自警団による警邏も頻繁になったことで、十分な「狩り」を出来なくなっていた。

 根城を移動するにしても、山賊には計画的な備蓄などはいっさいない。

 移動するための軍資金を調達する必要がある。

 カゼシスにいる協力者からは、「自警団の勧めを断り、すっかり平和になった街道を、貧相な警護で突っ切ろうとしている商隊」がいる、と聞いていた。

 だからこそ、ここを正念場とし、総力で「狩り」に出てきたわけだった。

 山賊達は、商人が逃げるところまでは計算通りだったが、傭兵達の思わぬ強さと粘り強さに、己の計算違いを思い知る。

 仕方なく、頭は傭兵達を囲む者と、がら空きになっている馬車から荷物を引きずり出す者に分けた。


 「きゃぁ!」

 場にそぐわない細い悲鳴が山間に響く。

 その声には聞き覚えしかなくて、男の背筋がぞっとした。

 目の前の山賊の若い男の肩から腹まで力任せに切り裂き、その身体から足を使って剣を引き抜く。

 「すまねぇ、ここは頼む!」

 男は相棒に怒鳴るように言い、怯む山賊を蹴り飛ばして人垣を突破した。


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