それはわかっていた事
「どうして…どうしてこんな…」
目の前の黒衣の少女が嘆く様を、私は醒めた目でただ見ていた。
今にも空が泣き出しそうな曇天の昼下がり、響くのは弔いの鐘。
「だから、あれほど言ったのに」
忠告はした。
役割は果たしたつもりだ。
だからこれは彼女の自業自得に過ぎないのだ。
◇◇
「ねぇ、私とお友だちになって?」
彼女がそう私に声をかけてくるのは必然だった。
私は転生者。しかも所謂乙女ゲーム転生だった。
幼い時に思い出した前世の記憶に、衝撃を受けはしたが焦ることなくそのまま過ごすことにしたのは、別段学生になり乙女ゲームが始まったとしても私は困らないな、と気が付いたからだ。
何故ならそのゲームは、伯爵令嬢たるヒロインにライバルさえ出てこない、攻略対象誰か一人のルートに入れば余程の酷い選択肢を選ばない限りそのキャラのエンディング迄一直線というヌルゲーで有名な作品で。私はライバルでも悪役でも無く、ヒロインに協力する友人の男爵令嬢である。全く困らない。ヒロインが誰とくっつこうが下っ端男爵さんの娘さんには特に影響もない。と思っていたのだ。
しかしそれは、ヒロインが作中ヒロインならば、であったと気が付いたのは、所謂本編が動き出してからだった。
彼女も転生者だと気が付いたのは、イベントに出会した時。
本来なら有り得ない事象が起こっていたからだった。
「君とこうしていると、とても安らげるんだ…どうしてだかわかる?」
町のカフェテラス、相手は宰相の息子。
普通ならばなんとも思わないデートイベントに過ぎないそれを目撃してしまったとき、私の背筋は凍る。
嘘だ、馬鹿な、有り得ない、まさか。
そんな言葉が頭の中に駆け巡って。
それは、宰相の息子ルートに入るイベント。
嘘だ、彼女は。
先週、王子ルートイベントを起こしていたではないか!?
本来ならば、誰か一人のルートに入れば、他のルートには一切入らなくなるのに何故このイベントが起きた?
まさかと思い次の日に、彼女に問えば、あっさり返ってきた答。
「あ、やっぱり転生者だったんだねー!」
「折角だから皆のイベント見てみたくて」
「だってまだ選べないんだよ…皆素敵でさ」
「温ゲーだから行けると思ってやっちゃった!」
無邪気に笑ったヒロインたる彼女に目眩がした。
それから事有る毎に私は彼女に訴えた。
「駄目だよ、誰かのルートに固定しないと」
彼女は笑う。
「この元の話には逆ハーレムルートは無いんだよ?」
彼女は笑う。
「逆ハーは絶対に出来ないんだよ?」
彼女は少し鬱陶しそう。
「グッドエンディングに行けなくなるよ?」
彼女は顔をしかめる。
「お願いだから、誰かを選んで、その人だけを見て!」
彼女は聞きたくないと逃げる。
「私、設定集を持ってたんだよ、気がついて、」
取り返しのつかなくなる前に。
「彼等が、お互いを嫌悪してるって!」
このゲームはヌルゲーだ。
誰か一人のルートに入ればそのキャラのエンディング迄一直線。
他の攻略対象はもう出ず、ルートに入る前に上げていた好感度も表示されなくなる。
攻略対象同士の交流、対立イベントもない。
前世の私はこのゲームのキャラデザの作家さんが好きで、イラスト設定集を買っていた。そしてこの乙女ゲームにしては温い攻略方法の意味を知った。
誰かのルートに入れば他の攻略対象が出なくなるのは、嫌いな人間と関わりたく無いから。自らが嫌悪する人間と仲を深めるヒロインさえ嫌悪する程に彼等は内心お互いを憎み合っていて。彼等の家さえも派閥さえも対立している。
皆仲良くヒロインの周りに、なんて、有り得るわけがない。
他の攻略対象と仲良くしていてもヒロインを切れないほどに彼女を愛してしまったならば、その時は。
初めに亡くなったのは、隠しキャラの王弟だった。
学園の若き理事長でもあった彼は隣国との和平交渉に向かう最中、何者かに襲われ殺されたのだという。
次に亡くなったのは騎士団長の息子の若き騎士。王弟が殺された事で和平は立ち消え、従軍した戦で死んだのだと。騎士は前線に出る事は無かったはずだったのに。
その次は大商人の息子。親が隣国に物資を横流ししたとの証拠が何故か表に出て、一家連座で処刑された。義に篤く善良と評判だった彼の商人の突然の犯罪に街中が何かの間違いだとざわめいた。
更には宰相の息子。宰相が隣国と通じていると明らかになり、やはり連座にて処刑。彼はギロチンが落ちてくる直前まで、城を睨み続けていたという。
そして、やはり隠しキャラの暗殺者。王宮にて捕まり、そのまま処刑されたらしい。王宮からは彼こそが隣国の暗殺者であり、王弟も彼に殺されたのだと発表されたが私は知っていた、彼は幼い頃からこの国の王に仕える暗殺者だったと。
最後に第2王子。
彼は愛用のバイオリンに仕掛けられていた毒針の毒で亡くなった。未知の毒は王子の命をあっさりと奪った。死後、王子の他の愛用品を調べてみると、その殆どに毒の罠が仕掛けられていたという。表向きには、誰が仕掛けたのかは不明。厳重な警備が敷かれた王子の部屋に執拗に罠を仕掛けられる人間など推して知るべしだろう。
◇◇
私の目の前で嘆く少女は悪辣では無かった。
ただ、愚かだった。
彼等は彼女が好きで、愛していて、だからこそ、自分以外が許せなかった。
元から嫌悪していれば尚更それが強く、激しく、溢れたのだろう。
だからあれほど言ったのに。
逆ハーエンディングは無い。
この結果は、わかっていた事だと。
荒れたこの国の未来は、どうなるのか。
ただの男爵令嬢の私にはわからなかった。