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青磁色物語  作者: カンリ
3/5

救助

 スイの頭には、ガンガンとけたたましい鐘の音が鳴り響いていた。今でこそ遊牧生活をしているスイだが、幼少時は町暮らしをしていた。町では時を告げる鐘の音が鳴る。通常はゆっくりと数回鳴るのだが、火事等の異変時には何度も打ち鳴らされる事があった。

 スイの脳内では、まさにこの異変時の鐘が警笛のように響いていた。人間がここまで傷付いた姿を見るのは、これが始めてだった。

 しかし、呆然と佇むスイの服の裾がぐいっと引っ張られる。視線を下に向けると、こちらを見上げて唸っているツキクサと目が合った。

 スイはハッと息をのむ。


「いけない、ボーッとしている場合じゃなかった」


 頭をブンブン振り、怪我人のすぐ傍まで駆け寄っていく。怪我人は体付きから男性だと思われた。無造作に切られた黒い短髪。前のめりに倒れた体。顔面はほぼ蒼白だ。唇は荒れてガサガサとして見える。

 スイは震えを抑える為に深呼吸を繰り返しながら、膝をついた。顔を近付けて、怪我の具合を観察してみる。

 一番酷いのは右肩の傷だ。槍か何かで突かれたのだろうか。真新しい傷口ではないが、どす黒い血が流れ嫌な臭いがしている。

 太ももの矢傷は新しかった。自力で矢を抜いたらしい。だが、傷口周辺部はおぞましい色に変わっていた。おそらく麻痺毒か何かが塗られていたのだろうと思われる。

 全身に無数に広がる擦り傷。纏っている外套らしきものは殆どその役割を果たしていないほど損傷が酷い。足元に視線を移すと、靴の底が無くなって足の裏が露出していた。足の裏もまた水泡が潰れた痕でいっぱいだ。相当長い距離を歩いてきたのだろうか。


「ど、どうしよう……。じじ様を呼んできた方がいいかな。それとも背負っていった方がいいかな」


 一刻をも争うような状況なのだろうが、生憎スイはここまで重傷を負った者の手当てをしたことが無かった。一番に頭を過ったのは祖父の顔だ。人生経験豊富な彼なら、おそらく最も適した手当てを行えるだろう。この怪我人が生き延びる確率が一番高いのは、祖父に手当てをしてもらうことだ。

 しかし祖父を連れてきてもう一度戻ってくるとなると、時間がかかり過ぎる。小一時間はこのまま放置といったところか。そんな事をしていると命が危なさそうだ。かといってスイよりも体の大きな彼を運ぶのも至難の技だ。馬がいれば良かったが、今はスイ一人の力で運ばなければならない。


(……っ、とにかく動かなきゃ!)


 スイは、祖父を呼んでくる事に決めた。最低限これだけは、と怪我人の体を仰向かせて顔を横向きにしようとする。

 が。


「えっ、何これっ!」


 男性の体は非常に冷たかった。川に浸かっていたのである程度予想はしていたのだが、男性の体は予想をはるかに上回る冷たさだったのだ。スイは咄嗟に両親の葬式の時の、触れた体の冷たさを思い出した。

 身体に戦慄がはしった。スイは男性の口元におそるおそる自身の頬を近付ける。微かな呼吸。手首に指を添えてみるが、感じる脈拍は非常に弱々しい。よく見れば、顔色が徐々に土気色へ近付いているような気がする。


「嘘……」


 死、という文字が頭を過る。不気味な汗が全身を伝う。脳内には目を瞑っている両親の顔が蘇った。反射的に胸元の玉を握りしめる。

 人の死を目撃するのはこれが二度目だ。初めて目撃したのは、両親の死。進行の早い流行り病だった。救う事は出来た筈だった。しかし結局二人は救われず、数日間で呆気なくこの世を去ってしまった。

 思い出す度にスイの体は憤りに打ち震える。そして同時に、深い暗闇の底に突き落とされるような絶望も。


 既に、残された手段はたった一つだけだった。


「落ち着いて……大丈夫、大丈夫……」


 虚ろに呟く言葉が震えていた。スイは握りしめている玉へ視線を落とす。両手で玉を包むように優しく重ねると、深く深呼吸をした。

 スイはごくりと唾を飲む。意を決したスイは、目を閉じて一心不乱に念じ始めた。少し間があってから青磁色をした玉は微かな光を放ち始め、辺り一帯にはふわりと風が起こる。淡い光は次第にその明るさを増し、彼女の手には同色のオーラのようなものが纏い始めた。


(やった!)


 スイはその手を怪我人の右肩にそっと翳す。淡い光のオーラが傷に触れると、血が止まりじわじわと傷が癒えていく。ただそのスピードは実に緩やかだ。

 傷の具合がある程度落ち着いてきたところで、スイは別の損傷部分へ手を翳す。彼女の息は心なしか荒く、額には脂汗が浮かんでいた。

 それを何回も繰り返したところで、光のオーラがフッと消え、風が止む。男性の怪我はその大部分が癒えていた。顔色はほぼ本来の健康的なものへと戻っている。

 それとは反対に、スイの顔色はもう真っ青だ。視線は定まらず、手足はガクガクと震えている。そしてそのまま、糸が切れたようにその場へ倒れこんだ。


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