わん!
4月29日
妹が結婚をして数ヶ月、実家を離れてから会う機会がなかった妹と久しぶりに外でご飯を食べに行く日だ。何を食べるかは聞かされていないが、久々に一緒にご飯を食べられると思うと心が躍る。待ち合わせの時間まであと少し、時間までに待ち合わせ場所には間に合わなさそうだ。電車に揺られながら、一つ、また一つと目的の駅まで距離を詰める。
待ち合わせ場所が見えてきた。ぷりぷりと怒る妹の姿も見える。それもそうか15分も遅れてるからな。電車の中で遅刻の言い訳でも考えておけばよかったな。怒られる覚悟だけでもしておこう。あいつ機嫌損ねたら困るからな。とりあえず謝っておこう。
妹の機嫌を直しやっとご飯を食べに向かうことになった。今日は串カツを食べに行くらしい。串カツってあんま食べにいったことないからよくわからないけど、とりあえず二度付けはNGらしい。まあ普通に食べてたらなんとかなるだろう。
待ち合わせ場所から少し歩き、目的のお店についた。まあ、その、なんだ、良く言えば古くから続いてる老舗なのだろうが、普通に見たらただの小汚いお店にしか見えない。妹いわく、50年も続く秘伝のソースが絶品らしい。店内に入ると、若干だが、お客さんは入っているようだ。ちなみに店内も外観から予想がつく程度の汚さである。ソースに誇りがあるのだろうが、オレは埃がたくさんはいっているのではと疑わざるを得ない。
注文が済み、頼んだものがどんどん俺たちの前に並べられる。見た目はとても美味そうだ。手にとって食べてみる。見た目通りめっちゃ美味い。濃厚なソースがカツに良くマッチして絶妙なハーモニーを奏でている。妹の言うとおり絶品だった。これは手が止まらなくなるな。食べるのもとまらなければ、ビールを飲むのも止められないな。
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いてて、飲みすぎたようだ。
・・・ここはどこだ?そしてやけに視点が低いような・・・。まあ、いい。少し歩いて落ち着いてから家に帰ろう。この辺りは見たことがない場所だな。住所的にはどのあたりなんだろう。あとで確認しとこう。ポケットに入れてたはずのスマホも財布も見つからないし、これは本格的に盗まれたな。誰と飲んでたのかすら思い出せないや。街のほうに歩いていったら交番くらいあるだろう。
歩き始めてから結構時間がかかっているのに、一向に近づかない。どういうことなんだ?背が低くなったことと関係しているのかな?
街まで歩いてきたはいいが、なんだこれは。人間がまるっきりいないじゃないか!住人ほとんどが毛むくじゃらってどんな街だよ!でもこのままじゃ家に帰れないから、せめて駅の場所だけでも教えてもらおう。
「ワン!ワンワンワン!(駅ってどっちにありますか?)」
「あら?かわいい子ね。ほら、おいで~。」
話が通じてないようだ。相手がなんていっているのかわかるのに相手はオレがなんていっているのかわからないのか。これは厄介なことになってきたぞ。どんどん話しかけて通じる人を探そう。
「ワンワン!ワン!(オレがなんていってるかわかりますか?)」
「しっしっ!あっちいったあっちいった。あんたにやる商品なんてないよ!」
「ワンワンワン!(君はオレの声聞こえる?)」
「お母さん、あの子かわいい。飼っちゃダメ?」
「ダメよ。パパがアレルギーもってるもの。あきらめなさい。」
「ワンワン!ワンワン!(おじさん、オレの声聞こえないの?)」
「ん?かわいい子犬だな。首輪もないし、捨てられちゃったのか?仕方ない。オレが飼ってやるか。」
ちょっと待て。今このおっさんオレのこと子犬っていってなかったか?確かにめっちゃ視点低かったけど、さすがにそれはありえないだろ。わかった。これはきっと夢なんだ。
「ほら、こっちにおいで。」
どうせ夢なんだし、おっさんの家までいってみるか。
「よーし、いいこだ。帰ってからお風呂に入っておいしいものでも食べよう。」
いやだ!この太ったおっさんなんかと一緒にお風呂なんて入りたくない!キレイなお姉さんならまだしも、こんな太ったおっさんの裸なんて見たくもない!
「ワンワン!(いやだ!離して!おっさん暑い!)」
「こら、暴れないでくれよ。もうすぐ家に着くから。」
夢なんだよなこれ。本当に夢ならもういいから醒めてくれ。
家までついちゃったじゃねえか。どうすんのよこれ。まじでおっさんとお風呂に入らなきゃいけないのか・・・。昨晩のことも全く思い出せないし、俺は本当に大丈夫なのか?夢であるなら、早く醒めてほしい。ていうか、早く醒めろよ、オレ!
「よし、お風呂にはいるぞー。」
「ワン!ワン!(いやだ!おっさんの裸なんてみたくない!)」
「ほーらもうすぐきれいになるからね。暴れない暴れない。」
「ワオーン!(誰か助けてー!)」
こんな太ったおっさんに隅から隅までキレイに洗われた。もうお嫁にいけない。
「昨日の残り物だけど、こんなんでも食べられるのかな?」
目の前の皿には肉に衣がついて揚げられたような食べ物が置かれている。
「昨日一人で虚しく串カツ食べながら晩酌してたんだよ、っていっても意味わからないか。」
串カツ・・・。なんだろう、少し記憶が戻りそうな響きがする。串カツ、串カツ・・・。とりあえず食べてみよう。・・・ダメだ、何も思い出せない。でもこの味じゃ何かが足りないような気がする。何が足りないんだろう。
「わんこが食べるのにソースをつけたら身体に悪そうだからな、味がしないと思うけど、それで我慢してくれ。」
そうだ!ソースがついていない!
「ワンワン!ワン!(おっさん!ソースほしい!)」
「何?ソースがほしいのか。体に悪そうだけど、少しだけかけてやるか」
やった、通じたぞ!これを食べれば何か思い出せるような気がする。
おかしい。オレの知っている味ではない。昨日同じものを食べたのは思い出したけど、何か、何かが違う。何が違うはずなんだ!それを食べれたらきっと記憶が戻るに違いない。このおっさんと暮らしながらその味を探すしか、記憶を取り戻す方法はなさそうだな。
そうして、子犬と心優しき太ったおじさんの共同生活が始まった・・・。