足削ぎ祭り
都市伝説や怪談の記事を作っている私はある日上司である編集長から一通の手紙を渡されました。
その手紙には近くに「足削ぎ祭り」という不気味な祭りをする村があるのでぜひ取材してみてほしいと言った内容でした。
編集長は私にこの村に取材にいってくれとのことでしたが正直私は嫌でした。
実はこういった内容の手紙は毎月のように送られてきており、私達は普段からそんなものは相手にしていません。
確かに私がこの編集部に配属された頃は自分の足でよくネタを探しにいったものですが、今の時代ネットや本、昔の文献なんかから適当に話を作れば都市伝説や怪談なんてものは簡単にできてしまいます。
「いやですよ、わざわざ取材なんてしなくてもこのデスクの上だけで充分怖い記事なんて書けますから」
私は編集長からの話を断りました。
しかし編集長は諦めません。
「だめだ、これは命令だ、書けますなんて言ってもお前の最近の記事はどれもどこかで見たことあるようなものばかりじゃないか」
確かにその通りではあった。
最近私が書く記事はどれも似たり寄ったりで、正直話題性にかけている。
それは私自身も自覚していました。
「とにかくこれは命令だからな、いいネタ仕入れてこいよ」
結局私は取材へと行くことになりました。
乗り気ではありませんが上司の命令となれば強くは逆らえません。
私は旅行に行くのだと気分を変えることにしました。
それから数日後、私は入社したばかりの飯島 舞子という新人を連れて取材へと向かいました。
私が運転する車の中で彼女は初めての取材ということもあってかとてもはしゃいでいました。
「せんぱーい、これから行くとこってどんなところなんですかぁ?」
「お前そんなことも調べずに来たのか?」
「だってぇ、足削ぎ祭りなんてネットでいくら探しても見つからなかったんですもーん」
確かに足削ぎ祭りについては私もネットや本で探してはみたのですがどこにもその話は載っていませんでした。
しかし嫌々来てしまったとはいえ、こういう仕事をしている私はまだ誰も知らない怖い話というのに興味を持たないといえば嘘になります。
この時点で私はすでに足削ぎ祭りの取材を楽しみにしていたのです。
きっと編集長も同じ気持だったのでしょう。
「手紙に書いてあった通りだとかなり不気味な祭りらしいな」
「えぇ、それだけなんですかぁ、もっとこうおぞましい内容の話はないんですかー?」
「どうだろうな、まぁ俺としてネタにできるだけの怖い話だといいんだがな、とりあえず内容は着いてからのお楽しみだ」
手紙の送り主とはすでに記載された携帯番号で連絡をとっており、その村の近くにある駅で待ち合わせています。
村はそこからからかなり離れたところにあるようで、その送り主がその場所まで案内してくれるということでした。
車を走らせること約2時間、待ち合わせ場所である駅へと到着しました。
駅は無人駅になっていて、周りには何もありません。
「いやぁ、田舎の空気っていいですねぇ」
飯島は体を伸ばしながらその新鮮な空気を楽しんでいるようでした。
「ところでその送り主さんてどこにいるんですか?」
「さぁな、まだ着いてないんじゃないか?」
辺りを見渡しても人っ子一人見当たりません。
そんな時一人の女性が駅の中から出てきました。
「あ、もしかしてあの手紙の送り主さんですか?」
私はその女性話しかけました。
「はいそうです、八木橋と申します、外は暑いので中で休ませて頂いておりました」
「そうだったんですね、私達は〇〇編集社のものです」
そう言って私と飯島は八木橋と名乗る女性に名刺を渡しました。
「まさか本当に来ていただけるとは思いませんした、遠いところからわざわざありがとうございます」
「いぇいぇ、こちらもネタには困っていたので助かりましたよ」
彼女は丁寧な方のようでしたがどこか不思議な雰囲気を漂わせる女性でした。
「まぁここではなんなので車の中で話しませんか? 早くその足削ぎ祭りとやらにも行ってみたいですからね」
「そうですね、ではさっそく案内させていただきます」
私達は車に乗り込むと彼女の案内でその村へと向かいました。
車の中で彼女は足削ぎ祭りについて詳しく教えてくれました。
足削ぎ祭りとはその名の通り人間の足を削ぎ落とす行事のとのことでした。
昔その村には悪さをする鬼がいたそうで、その鬼は人里に降りてきては人間を襲い食べてしまったそうです。
それに見兼ねた住人は定期的に生贄を捧げ、その鬼に人里には降りてこないよう頼み込みました。
しかし人間を生贄にするのには反対する住民が多くいたらしく結局生贄は長く続きませんでした。
生贄を捧げくなると鬼は再び人里を襲い始めたそうです。
そんな時一人の勇気ある住民が自らの足を切り、その足を鬼に捧げたそうです。
すると鬼は人里へ降りてくるのをやめたということでした。
住民も命を捧げるよりかは、ということで年に一度人間の足を鬼に捧げることにしたそうです。
その年に一度の行事を足削ぎ祭りというようになったとのことでした。
「どうしてその鬼は足だけで満足したんですかねぇ?」
飯島の疑問は確かになんでだろうと私も思いました。
人間を食べる鬼が人間の足だけで満足するとは思いません。
「それはその鬼が住民の不幸を見るのが好きだったからという説があります」
「というと?」
「きっとその鬼は人間を殺してしまうよりも足を失った人間が苦しむ姿を見るほうが楽しいとでも思ったのではないでしょうか」
その鬼はそうとう性格が悪いな、と思いました。
「それで八木橋さんはその祭りが今でも村では行われていると?」
「はい、実際にその現場を見たという話もあります」
これはいいネタになりそうだと思いました。
もしもその話が本当なら現代に残る悪しき村の風習といったような記事がかける。
私は心を踊らせました。
しかし飯島はというと今の話でひどく怯えてしまったようで、行きとは違い無言になってしまいました。
「おいおい、今からそんなんじゃこの仕事やってけないぞ」
「分かってますよ、でも私は先輩と違って普通の女の子なんです!」
そんな話をしているうちに私達はその村へと到着しました。
駅からは1時間ほどの場所にあり、来る途中に民家は一軒も見当たりませんでした。
しかしそこには私が思っていたよりも多く民家があり、民宿などの宿泊施設などもあるようでした。
「意外と人がいそうなところなんだな」
「はい、ここにはカメラマンやあなたたちと似たような職業の方も時々来ますからね、ここら辺の村はここだけですから」
その話は意外で、ならばなぜ祭りのことについてネットには何も情報がないのだろうと思いました。
私達は適当なところに車を止め、聞き込みをすることにしました。
八木橋さんは知り合いに用事があるのでと言って私達とは一旦別れることにしました。
きっと祭りのこともその知り合いとやらに聞いたのでしょう。
残された私と飯島は二手に別れて村の民家を一軒一軒回って足削ぎ祭りについて聞いて回りました。
足削ぎ祭りとはなにか?具体的になにをするのか?そして今もそれは行われているのか?
村の民家全てを回る頃には日が暮れ、辺りは段々と暗くなってきました。
私は飯島と携帯で連絡を取り合い一旦車のある場所で合流することにしました。
車に着くとそこにはすでに疲れ果てた表情の飯島がいました。
「せんぱーい、もうくったくたですよー」
「おぅ、くそ暑い中お疲れさん、それで収穫はなんかあったか?」
「それがなーんにもなかったです」
「やっぱそうかぁ」
実は私も収穫は0でした。
どの住民の話も八木橋さんが車で語ってくれた話と同じもので新しい話は何もありません。
もちろん足削ぎ祭りなんて昔のもので今はそんなものやっていないとのことでした。
「もう最悪ですよー、足削ぎ祭りって今もやってるんですか? って聞いたらばかにしたように笑わえましたよ」
「そりゃそうだよなぁ、そんな祭りこの現代社会でやってるわけねぇもんな」
所詮伝説は伝説だったということです。
私は八木橋さんに連絡をとり、ここから帰る事にしました。
これ以上ここにいても意味はありません。
八木橋さんが到着すると私達は車に乗り込みエンジンをかけました。
しかしいくらキーを捻ってもエンジンはかかりません。
隣では飯島が我慢の限界を迎えたようで騒ぎ散らしています。
結局エンジンはかからず私は途方にくれてしまいました。
帰ってシャワー浴びたいよーと喚く飯島、いくらやってもエンジンがかからない車。
イライラが最高潮に達そうとした時でした。
「あのう、もしよろしければ今晩はここに泊まったらいかがですか?明日になれば修理業者も呼べると思いますので」
どうやらこの周辺に修理業者はいないらしく、ここにくるのもかなり時間がかかるそうです。
飯島はとにかくシャワーを浴びたいらしく八木橋さんの意見に賛成のようでした。
私は少し考えましたが結局この村に泊まることにしました。
早く帰りたいのは山々ですが車が使えないのでは仕方ありません。
編集部には念のために明日も予定を開けています。
それにこの真夏、エンジンのかからない車の中で一夜を過ごすというのはそれこそ自殺行為です。
八木橋さんに案内をしてもらい私達は民宿へと向かいました。
民宿に着くと八木橋さんが女将さんに事情を話してくれるということで、女将さんの元へと行きました。
しばらくすると奥から着物を来た女将さんが出てきて私達を快く向かえてくれました。
「ようこそお越しくださいました、あまりお客様が見えないゆえろくなおもてなしはできませんが、どうかゆっくりとくつろいでいってくださいね」
女将さんはそう言うと親切に私達を部屋へと案内してくれました。
部屋は男である私と飯島はもちろん別ですが隣同士でした。
飯島は部屋に荷物を下ろすなりすぐに浴場へ向かったようで、部屋を飛び出して行きました。
私も部屋に着くと一息つき浴場へと向かいました。
浴場は思ったよりも広く、日中かいた汗を洗い流し、湯船に浸かると自然と疲れが抜けていきました。
確かに足削ぎ祭りの噂は空振りに終わりましたがそれでもいいかと思えるくらいの気持ちよさでした。
それに噂は嘘でも実際に足削ぎ祭りが昔あったことは事実です。
これなら記事の一つくらいかけるかな、と思いながら私は心地よい気分に身を委ねました。
浴場から出て部屋へ戻ると私はすぐに今日の話をまとめました。
あらためてまとめてみるとやはり面白い話です。
「これならまぁなんとか編集長に叱られずに済むかな」
そんなふうに思っていた時です。
────ドンドンドン、ドンドンドン
外から何か聞こえます。
なんの音だろうと気になって外を覗いて見ると村の奥にある神社に明かりが灯っています。
おかしいな、昼間見た時はあの神社に人はいなかったのにと思いよく耳をすましてみるとどうやら音はあの神社から聞こえているようでした。
それはまるで太鼓の音のようでした。
祭り?
私は一瞬そう思いましたがそんな雰囲気は無かったですしそんな話も聞いていません。
もしかしたら足削ぎ祭りはなくともなにかしらの祭り事をしているのかもしれない、そう思った私は隣の部屋の飯島の元へ行きました。
せっかくなので見に行こうと思ったのです。
しかしそこに飯島の姿はありませんでした。
まだ浴場から帰っていないのでしょう。
仕方なく私は一人でその神社に向かうことにしました。
外に出ると太鼓の音はより大きく聞こえ、やはりそれが神社から聞こえるものだと確信しました。
私はその神社へと足を進めました。
神社に近づくにつれ音は大きくなり、人間の声も聞こえてきます。
鳥居をくぐり、神社へ続く階段を登っていると突然何者かに話しかけられました。
「あら、こんなところでどうされてんですか?」
それは八木橋さんでした。
八木橋さんも私達の車でこの村へ来たので帰れず、結局知り合いの家に泊まると言っていましたが神社の様子が気になったのでしょう。
「いえ、ここで何かしてるようだったので少し気になりまして」
「ああ、そうだったんですね、別に大したことはしてませんでしたよ」
「あ、八木橋さんはもう見てきたんですか?」
「はい、どうやら今度村でやる演奏会の練習をしているみたいですね」
「なんだ、そうだったんですか」
「はい、なので特に見る必要はないですよ、ここら辺は蚊が多いのであまり外に長居しているとたくさん食われてしまいますよ」
そう言って八木橋さんが見せてきた腕は確かに蚊に食われた後がいくつかあった。
確かに演奏会の練習を見るため蚊に食われたくはない。
私は部屋に戻ることにしました。
「おっと、そうだ」
飯島がこの音を聞いて私と同じようにここに来てしまうかもしれません。
私は飯島にこの音は気にしなくてもいい、そう伝えるために飯島に電話をしました。
────プルルル、プルルル
携帯の呼び出し音、それが聞こえたのは八木橋さんのポケットからでした。
「え?」
八木橋さんがポケットから取り出した携帯、それは間違いなく飯島の携帯でした。
「あの、どうして飯島の携帯を八木橋さんが持っていらっしゃるんですか?」
「これはさっき民宿から出る時に拾ったんです」
「でも──」
「拾ったんです」
「はぁ……」
拾ったと主張する八木橋さんの声は今まで聞いたことのないような強めな口調で、私は何も言えず臆してしまいました。
「私はこれを早く飯島さんに届けなければいけませんのでこれで失礼します」
そういって八木橋さんは走って行ってしまいました。
その様子は明らかに何かを隠しているようでした。
私はなにか嫌な予感がして再度神社の方へと目を向けました。
足削ぎ祭り…その言葉が頭を過ります。
気が付くと私は神社への方へと走っていました。
なぜだか分かりませんが神社で何かが起こっている、そう思ったのです。
階段を駆け上がり、神社に着いた私の目に映ったその光景は私の予想を遥かに超えたものでした。
神社に集まる百人はいそうな住民、その全員が地面に膝をつき、両腕を天に掲げ仰ぐその姿はまるで神様にでも祈っているかのような奇妙なものでした。
しかし私を驚愕させたのはそれではありません。
神社の境内、住民が仰ぐその先には無残にも両足を切断され、地面に這いつくばる飯島がいたのです。
飯島はこちらに気づくと何かを叫んでいましたが舌も一緒に切られているようで何を叫んでいるか分かりません。
必死に私に何かを訴えている彼女はきっと助けを求めていたのでしょう。
私はすぐに彼女を助けに行こうと足を踏み出しました。
しかしその瞬間そこにいた住民達がこちらを一斉に振り向いたのです。
その目はとても人間のする目ではありませんでした。
私の脳はその目を見た瞬間逃げろと叫んでいました。
すぐに踵を返し、私はその神社を背に走りました。
住民は全員神社に行っているのか幸い人の姿はありません。
民宿の前を横切りましたが置いた荷物を取りに行く余裕などありません。
私はそのまま放置した車へと向かいました。
そして急いで乗り込むとエンジンをかけます。
するとさっきまでかからなかったのが嘘のようにエンジンがかかりました。
私は一瞬飯島のことを思い出しましたがそのまま車を発進させました。
一刻も早くこの場所から離れたかったのです。
どれくらい車を走らせたのでしょうか。
私は気付けば見覚えのある道路へと着いていました。
私は通りがかった交番に駆け込むと今起きたことを全て話ました。
警察は私の話を最初は信じていないようでしたが、私の表情を見るとどれだけ深刻か悟ったらしく応援を呼んで私の言う村へと向かいました。
結論から言います。
結局その村は見つかりませんでした。
もちろん飯島もです。
それから警察に何度も質問されましたがやはり村はなく、それどころか八木橋という名の女性も近隣にはいないとのことでした。
結局編集部へと送られた手紙はなんだったのか、今となっては分かりません。
これは私の仮設ですが、あの村はこの世界のものではなかったのかもしれません。
編集部へと送られた手紙は私達をあの村へとおびき寄せるための手段だったのだと思います。
今までも、そしてこれからもあの村は生贄を求めこちらの世界の住人をあの村へと誘うでしょう。
飯島はあの村で今も生きているのでしょうか。
私は生きていると思います。
そして両足を失った彼女を鬼が笑いながら見ているのでしょう。
足削ぎ祭り、それは今もどこかで──。
ここまで呼んでいただきありがとうございます。
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