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ノゾミちゃん  作者: ハデス
2/3

中篇

 ノゾミちゃんが差し出してきたのは、真っ白な紙でした。

 頭と手足のある、人型の紙。黒い印象を受ける彼女とは、対照的でした。


「その紙に、名前を書いて」


 わたし達は、言うとおりにしました。


       ◇


 その日から、十年後。

 わたし達四人は、久しぶりに集まっていました。場所は、手頃な居酒屋です。

 社会人になっていた三人の休日の都合が付き、その日、ようやく落ち合えました。

 みんなは、二十四歳。マサアキ君とリョウタ君は、会社勤めをしており、ユウコちゃんは結婚を目前とした花嫁修業とのことでした。

 わたしだけが、取り残されています。

 大学を出たはいいけれど、アルバイトをこなしながら、投稿を続けています。


 結局、あれから。

 プロの作家にはなれませんでした。

 幾度となく新人賞の投稿を繰り返して、一度だけ一次選考を通ったのが唯一の結果。最近はインターネットで小説を書いていますが、鳴かず飛ばずで、ふるいません。

 ノゾミちゃんに出会って、確かに才能はもらいました。

 けれど、結果まではくれませんでした。

 上手い話は、ありはしない。結局は、努力が必要だったのです。もしくは運か、更なる才能か。

 成人する頃には、誰もが、その現実を思い知っていました。


「まあ、ガキだったよな」


 ビールを傾けて、マサアキ君が苦笑します。


「本気でサッカー選手なんて、馬鹿な夢を見たよ」


「そうだねえ」


 リョウタ君が、頷きます。


「俺も、漫画家なんてガラじゃあなかったよ」


 気弱だった面影はなく、立派に成人した彼は、吐き捨てるように言いました。


「まあ、あんな程度の才能じゃね。成功なんてしないよ」


 唐揚げをつつきながら、ユウコちゃん。


「もっと才能をくれなくちゃ、どうにもなりませんよ」


「まったくだ」


 笑うマサアキ君。同意する、リョウタ君。

 わたしだけが、場違いでした。

 三人の会話には、苛立ちにも似た感情を覚えました。

 黙りこくるわたしに、ユウコちゃんが首を傾げます。


「あんたは、まだ諦めてないの?」


「まあね」


「何時までも、かなわない夢を追ってるなんてやめた方がいーよお」


 その目が濁って見えたのは、酔っているせいでしょうか。


「あんた、まだ彼氏もいないんだっけ? 見た目は悪くないんだし、テキトーな男見つけてさ。気楽に生きた方がかしこいってもんよ」


 したり顔で、お説教。それが、かしこい生き方と言うものでしょうか。

 何とも言えない胸のもやもやを、言葉にはしませんでした。できませんでした。

 わたしは、曖昧に頷きます。

 一緒に夢を語り合った三人。彼らが、遠くに行ってしまった感覚でした。

 その日は、不愉快な気分を抱えたまま、家路につきました。

 ささくれだった気持ちのせいで、母親に八つ当たりをしてしまいました。自己嫌悪。運悪く、その日の夜。とある新人賞に投稿していた作品の落選通知が、パソコンに届いていました。

 せめて次の日は、部屋で落ち込んでいたかったのですが、アルバイト先の書店から急な電話。明日は休みのはずが、急に出勤してほしいとのことでした。わたしは、断りきれませんでした。

 もう、死にたい。

 死んで、しまいたい。

 暗い部屋で、そっと涙をこぼしました。



 それから半月。

 三人は、本当の意味で遠くに行ってしまいました。

 殺されたのです。

 立て続けに。

 犯人は、わかりません。ただ、殺害現場には、血塗れとなった赤い紙が落ちていました。

 引き裂かれた、ヒト型の紙。ちょうどその通りに、死体も引き裂かれていたとのことです。

 容疑者も絞り込めず、目撃証言すらなかった殺人事件。

 わたしは、その犯人に心当たりがありました。


 ――ノゾミちゃんです。


 約束を破った三人は、その代償として殺されたに違いないのです。

 わたしは、不謹慎かもしれないけれど、心のどこかで喜んでいました。

 ……ああ、ノゾミちゃんが殺しにきてくれる。自殺する勇気なんてないけれど、殺してもらえるならば、本望でした。

 もう、限界でした。


 十年。

 あれから、十年です。

 夢が本気であれば本気であっただけ、かなわない夢を追い続けるのは、苦行でしかありませんでした。さっさと諦めていれば、こうはならなかったのに、気が付けばそんな機会は失っていました。

 ユウコちゃんの、心無い言葉。ぐさりと刺さりました。恋人を作ろうなんて、そんな余裕すら考えずに、創作に専念していました。それでも、結果は出ませんでした。

 ノゾミちゃんを恨むのは、筋違いです。

 彼女は、確かに言いました。 

 直接的に、夢をかなえるわけではない。

 眠っている才能を、ほんの少し目覚めさせてくれるだけ。それをどこまで磨き上げて、結果を出せるかは本人次第。

 彼女の言葉の意味を、子供だったわたし達は理解していなかっただけなのです。


 わたしは、ノゾミちゃんを待ちました。

 待ち続けました。

 それでも、わたしの前には現れてくれませんでした。

 三人を殺した犯人は、彼女ではなかったのでしょうか? ……いいえ、そんなはずがありません。あんな殺し方を、普通の人間ができるわけがありません。そもそも殺人現場に、あの約束を交わしたヒト型が残してあったのが、何よりの証拠です。

 それなのに、どうして――?


 半年が、過ぎました。

 わたしは、ノゾミちゃんに会いに行くことを決めました。

 もちろん、殺してもらうためです。


     ◇ 


 久しぶりにやって来た、わたしの母校。

 複雑な気分でした。深夜の学校は、十年前を思い出させます。

 違うのは、ひとりであるということ。それから、夢をかなえるためではなく、諦めるためにやってきたということ。

 泣きたくなるのを我慢して、最近買い換えたばかりのスマートフォンを取り出します。十年前の古い携帯電話を思い出すと、奇妙な感慨もありました。きっと、場違いだったでしょう。

 ふと、思い当たります。

 かなえたい夢があるのが、彼女に出会う条件。ならば、今のわたしは出会えるのでしょうか? 今でも夢をかなえたい。でも、諦めたい。その矛盾は、どうなるのでしょうか?


「…………」


 考えていても、埒があきません。わたしは小さな声で宣言をしてから、空メッセージを送りました。

 待つこと数秒。

 返信は、ありませんでした。

 がっかりした反面、どこか納得してしまいました。仕方ありません。帰ろうと思った途端、スマートフォンが手の中で震えました。


「……!」


 メッセージが、届きました。

 わたしを息を飲み、その導き通りに進み始めました。

 外門はすんなりと開き、玄関もあっさりと侵入できます。順路は、十年前とは少し違っていました。怪談も、時間の中で変化していくのでしょう。

 変われなかったのは、わたしだけ。変わらず、変えられず、今でも夢を追い続けている。ずっとずっと、取り残されている。もうたくさん。もう、うんざり。

 結果は出ない。

 夢には、届かない。

 そんな毎日が、辛すぎます。

 


 最後は、やっぱり屋上への階段。

 その先には――

 

 あの日、あの時と、全く同じ姿で。

 ノゾミちゃんが、待っていました。

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