前篇
本命のホラー連載作品で煮詰まっており、リハビリで書いてみました。ちょいと精神的に病んでおり、今なら一味違ったホラーを書けるかなと?
かなえたい夢が、ありますか?
だったら、貴方に才能を上げましょう。
夜学校の、ノゾミちゃん。
彼女に出会うと才能をくれる。
それは――わたしの中学校に古くから伝わる怪談でした。
その日。
わたし達四人は、夜の学校に忍び込み、彼女を探すことにしました。
その手順は、こうです。
深夜十一時、校門で宣言。
「ノゾミちゃん、ノゾミちゃん、今から探しに行きますよ」
それから、自分の携帯電話に、空メッセージを送ります。
成功すれば、『ノゾミちゃん』から、返信が来ます。全員が全員、成功するわけではありません。条件は、本当にかなえたい夢があるかどうか。面白半分でしたら、返信はないのです。
興味半分で冷やかしても、無視されるだけのこと。今になって思えば、それは彼女の優しさだったのかもしれません。
さて、わたし達四人には全員メッセージが返ってきました。
「よし、行くぜ」
リーダー格のマサアキ君が、少し震える声で言いました。先頭に立って、懐中電灯を照らします。
「まずは、正面玄関だな」
「でも、閉まってるんじゃないの?」
わたしが突っ込むと、
「大丈夫よ」」
ノゾミちゃんの怪談を提案したユウコちゃんが、軽い口調で言いました。
「噂通りなら、順路はノゾミちゃんが通れるようにしてくれているはず」
果たして、そうでした。
施錠されているはずのガラスの押し戸は、すんなりと開きました。少し錆びついて、軋むはずのそれは、ひどく静かに流れるように。
わたし達は、進んでいきます。
次のメッセージ。
一階の女子トイレ。
男子は躊躇しましたが、仕方ありません。その様子を、ユウコちゃんがからかいます。
次は――
「音楽室か」
マサアキ君が、つぶやきました。
ノゾミちゃんが指定してくる場所は、全部で六ヶ所。七ヵ所目で、彼女が待っています。
裏を返せば、六回までは引き返せるチャンスがあるわけです。
怪談に詳しいユウコちゃんが、喜々としています。
「それって、ちょうど七不思議だよね」
校門前、下駄箱に入っている黒い手紙。届くと、不幸がやってくる。
学校の女子トイレ。三番目の個室には、悪霊の少女がいる。
音楽室は――瞳の輝くベートーベンの肖像画。ベタすぎます。
六つまでは大丈夫。七つ目を知ると、恐ろしいことが起こる。何ともぞっとしない話でした。
「……だ、大丈夫なのかな」
一番気弱なリョウタ君が、肩を震わせました。
「僕、帰りたいよ」
「情けないこと言わないの」
ユウコちゃんが笑います。
「別に、ここまでだって怪談に出会ったわけじゃないじゃん」
場所は全て怪談にそぐうものでしたが、実際にその怪異には遭遇していません。まあ、要所要所でメールが届く自体、充分に怪談的な状況だとは思いましたが……。
「ねえ、レイコ?」
ユウコちゃんが、わたしに声をかけてきました。
「ん、そうかもね」
曖昧に返します。
平静を装ってはいましたが、心の片隅ではびくびくしていました。紛れもなく、怪異に足を踏み入れているこの状況。引き返したい、リョウタ君の気持ちがわからなくも、ありません。
それでも、進んでいきます。
友達と一緒に、進んでいきます。
四ケ所目。
五カ所目。
進むにつれて、口数が減っていきます。リョウタ君はもう泣きそう。強気のマサアキ君やユウコちゃんでさえ、顔色が悪くなっていきます。
六カ所目、屋上に続く階段。昼間は十二段で、夜になると十三段となっている。
ユウコちゃんが、せっかくだからと数えてみました。
十二段でした。
少し肩透かしを食らって、屋上へのドアを開きます。
そうして、そこには。
ひとりの少女が、立っていました。
月明かりの下にたたずむ、ほっそりとした身体。長い黒髪、真っ黒いセーラー服。赤みがかった瞳の、ぞっとするほど美しい女の子でした。
「こんばんわ、みなさん」
涼やかな声は、まるで吹雪のようでした。
「かなえたい夢が、あるのかしら?」
「……あ、ああ」
マサアキ君が、どもる声で答えます。
「君が、かなえてくれるのか?」
「少し、違う」
ノゾミちゃんは、言いました。
「わたしは、少しの才能をあげるだけ。いいえ、違うわね。貴方達の夢が本心からのものならば、少なからずの才能が眠っているはず。わたしは、それを呼び起こすだけよ」
わたし達は、顔を見合わせます。
「そ、その……代償とかってあるのかな?」
リョウタ君が、質問しました。
当然です。
世の中、上手い話には裏がある。無償で何かを与えてくれるなんて、虫が良すぎます。
「ええ、あるわ」
ノゾミちゃんは、薄く笑いました。背筋がそそけ立つ、亀裂のような微笑みでした。わたしは、思わず足がくずれそうになりました。
その代償とは、どんなものなのでしょう? よくある魂とかいうもの? それとも、他の誰かの命? できれば、お金とかでなんとかなりませんでしょうか。
わたし達は怯えてしまい、誰もが、その先を言葉にできませんでした。
やがて、少しの間を置いて。
ノゾミちゃんが、その代償を口にしました。
わたし達は、肩の力が抜けます。
「何だ……そんなことかよ」
マサアキ君が、笑いました。
「俺は、全然構わねえよ」
「わたしもわたしも」
ユウコちゃんも、追随します。少し迷ってから、リョウタ君も頷きました。
最後に、わたしも。
「うん、いいよ」
その条件を、呑むことにしました。
その本当の意味を、わかりもせずに。
子供だったわたし達は、安易に受け入れてしまいました。
「俺は、サッカー選手になりたい」
その少年は、サッカーがうまくなりました。
「わたしは、画家になりたい。でも……お金がなくて、大学に行けないの」
その少女は、とある美大附属の特別推薦枠に選ばれました。
「僕は、漫画家になりたいんだ」
その少年は、苦手だった女性キャラクターの絵が描けるようになりました。
わたしは――小説家になりたかった。
そう願ったわたしは、ようやくまともにお話を完結できるように、なりました。
誰もが、まだ子供だった。
彼女に願うことの意味と、その代償を。
誰もが、本当に理解していませんでした。
大人になったわたし達は、それを知り――絶望するのです。