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白銀の竜と、金の姫君  作者: 真麻一花


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3/12


 その日も金の姫はいつものように白竜の元を訪れていた。

 今日離れるか、明日離れるか。この土地を後にする決意がつかぬ間に、少女の求愛は明らかな恋情を伝える物に変わっていた。

 もはや、潮時であった。


「白竜様、お慕いしております」


 軽やかに言葉を紡ぐ様の、なんと愛らしいことか。


「のう、姫よ」


 しかし白竜はあえて不愉快そうな低い声を上げた。


「姫よ、そなたも言うておったがな、我にかけられた呪いはまさしくえげつない呪いだ。これが解けることはない。解きたいとは思わぬ。我は竜だ。しかし人でもある。解けぬ呪いを抱えて特定の人間と関わる苦痛が分かるか、幼き姫よ」


 いつもと違う強い拒絶の様子に、姫はひどく戸惑いながら首を振った。


「……わかりません。でも、わかりたいとは思いますわ。白竜様のお気持ちを、少しでも……」


 知りたいと願うその言葉は、白竜の言葉によって遮られた。


「分からぬよ。人の身では到底わかり得ぬ事だ。……金の姫よ。もう、ここへ来るな」


 少女の戸惑いの顔が、一瞬にしてこわばった。


「いやです……!!」


 瞬時に叫ばれたことに、愚かにも喜びがこみ上げたが、白竜は姫から目をそらして大仰なため息をついて見せた。


「何度言っても分からぬ娘だな」

「わかりません! わかりたくもありませんわ……! どうか、どうか、来るななどとおっしゃらないでくださいませ……! わたくしは白竜様のおそばから離れるつもりはありません……!」


 その必死さが胸をつく。これを受け入れることができれば、どれだけ幸せであろうと。これが真実であれば、その願いが叶うのならどれだけに満たされるであろうと。

 けれど白竜にはわかっている。それを叶えるすべは限りなく少ないのだと。そしてそれを叶えるには、白竜の覚悟だけでなく、姫もまた多大なる覚悟と、そして多くの物を失う覚悟がいるのだと。


「竜とつがうというのか」

「竜とではありません。わたくしは、あなた様の伴侶となりたいのです」


 今この瞬間、姫の覚悟は本物なのであろうと、白竜は思う。けれど少女には見えていない現実が多くあるとも感じていた。


「我は竜だ。この呪いは解けぬ。解こうとも思わぬ。我が生涯は竜として終わる。それも遙か遙か……人間には想像もつかぬほど遠い先の話だ。その意味がそなたにわかるか。我はそなたが来る度に人としての生涯を持つそなたを憎しみ嫉み、竜である我が身に苦痛を覚える」


 少女がぐっと押し黙った。自分に理由があると思うより、白竜こそが受け入れられぬのだと思えばあきらめもつこう。

 白竜はできる限りの不快さを示して声を紡ぐ。


「帰れ、人間の姫よ。そなたが出て行かぬのなら、我がここを発つこととなる」

「……そんなにわたくしが、いやなのですか」


 くしゃりと、美しい顔がゆがんだ。今にも泣き出しそうなのをこらえるように、唇をかみしめて白竜を見ていた。


 泣くな。そなたを苦しませたいわけではない。


 そう慰めることができれば、どれだけよかっただろう。

 だが心に反して白竜はその様子をを鼻で笑った。


「その通りだ。小うるさい人間の娘にわめかれていては休むこともできぬわ。ひねり潰さずにおいてきたは、一度命を助けた成り行きよ。助けた者を殺すのは実に無意味に思えただけのこと」

「……あきらめませんわ」


 震える声で姫がつぶやいた。その意志の強さのうかがえる瞳に、白竜はとらわれそうになりながら、視線をそらした。


「ならば、ここを離れるだけの事よ。我が小娘ごときに従わされるなどと思うな」


 白竜は大げさな仕草で笑って見せた。


「……従わされる……?」


 金の姫が不思議そうに見つめてくるのを、白竜は冷めた目で見つめ返す。


「姫よ、我もそろそろ飽いてきたのだ。……そなたの下らぬ手管にな」

「手管……?」

「竜の守護が欲しいのであろう?」


 白竜はあえて見当違いのことを言って姫を嘲った。


「……守、護……?」


 言われた意味がわからずに呆然としていた少女は、ようやく理解した瞬間、悲鳴を上げるように叫んだ。


「……! 違います! わたくしはそういうつもりでは……!!」


 とっさに叫んだ姫に、白竜は大げさに嘲笑って見せた。


「そういうつもりではないとな。よく言う。そなたは一国の姫。竜の後ろ盾が欲しいのであろう? 人の欲とは、いつの時代も醜い物よ」

「……違います……!!」


 すがるように姫が叫んだ。


「白竜様……!! 違います!! わたくしは決してそのような……!!」


 違うことなど分かっていることである。まっすぐなこの姫の心根を疑ったことなど一度たりともない。けれど、そんな白竜の心中など姫が知る必要はない。姫の心の中で、白竜とはその純粋な想いすら酌み取れぬ愚か者だと思われれば良い。想いを向ける価値すらなかったのだと思ってくれればよい。

 こんな竜にうつつを抜かして娘の一番美しいこのときを無駄にしてくれるな。


「人の世の細事に、我は今更とらわれはせぬ」


 姫を見ることなく言い捨てると、慣れ親しんだこの岩場を離れる決意をし、ねぐらにしていた岩穴を出る。人の身と違い、何か荷があるわけでもない。身軽な物だ。

 泣きながらすがる姫の声が後ろから聞こえた。


「白竜様、いやです、いやです……!! わたくしを置いていかないでくださいませ! わたくしの前から姿を消さないでくださいませ……!」


 その悲痛な声に、白竜は自分が確かに想われていたのだと感じ、ほの暗い喜びを感じる。留まりたい誘惑を振り切ることの、なんと難しいことか。

 しかし白竜はそのためらいを見せることなくそのねぐらから飛び出した。

 姫がその後を追う。足場の悪い岩場を必死で走って追いかけてくる。白竜は大空へと飛びたった。彼女の頭上をゆったりと旋回しながら、耐えがたいほどの別れを惜しむ気持ちに負けそうになりながら、見上げてくる姫を見下ろした。

 そして彼女が追いかけられぬよう、断崖絶壁の向こうへと飛び立とうとした時だ。


「白竜さま……!!」


 ぐっと顔を上げて白竜を見上げていた姫が、崖に向かって足を踏み出した。

 何を、と思う間もなかった。

 彼女がその身を宙へと投げ出したのだ。


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