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白銀の竜と、金の姫君  作者: 真麻一花


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 その痛々しい様子に耐えきれず、白竜は叫んだ。


「我がなんと言われようがかまわぬ! どうするかなど我が決めること。そなたに死を背負わせてまで何を望もうか!! 姫よ、解呪を望め!」


 白竜の叫びに、姫は痛みにこらえながら首を横に振る。


「いや、です、わたくしは、あなたを、護り、たい……あなたは、この世の何よりも、美しく強く尊い存在だから……穢されたくない、傷ついて、ほしくない………わたくしは、いずれ、あなたをおいていく、存在です。それが、ほんの少し、早まっただけ……」


 歯を食いしばり痛みに身をよじりながら、それでも姫は解呪の法を伝えることを拒んだ。

 なのに白竜は、その決意を揺るがそうとするのだ。


「そのようなことは許さぬぞ……!! そなたが死ねば、我はこの国を滅ぼそうぞ。解呪の代償などいかほどの物か。そなたと比べるべくもない。誰がどうなろうともかまわぬ! 我は竜だ。そなた以外の人の命など塵芥に過ぎぬ。我は罪なき者にも手をかけようぞ! そなたにこの苦しみを与えたこの怒りを向ける先は、この国そのものになるぞ。それはそなたの望むところではなかろう? 誰がそなたにこの術をかけた!!」


 その叫び声に、姫は白竜の本気を感じ取った。姫が言わねば、言わせるために何か行動を起こしてしまうかもしれない。


「最後まで、あなたに頼って、申し訳、ありません……」


 涙がぼろぼろとこぼれる。白竜の存在を理由に口を閉ざすのなら、白竜を理由に答えろというのだ。無意味な殺戮をさせてくれるなと、口を開く理由を与えてくれる。

 結局はすがるしかないのだろうか。

 姫が何も言わずに死んでしまえば、怒りのやり場を失った白竜は、どれだけ苦しむだろう。

 言っても、いいのだろうか。

 よくない、いいはずがない。

 白竜がそんな殺戮をするはずがない。

 ……けれど、姫に決意をさせるための何かしらの行動なら取るかもしれない。

 いや、しない、白竜は無差別にそんなことをするわけがない。けれど……。


「……うあああ……!!!」


 めまぐるしく働く思考は、痛みによってあえなく中断される。

 痛い、痛い、苦しい……!!!

 涙をこぼしながら、絶え絶えになった嗚咽が響く。ひゅう、ひゅう、と、姫の喉からかすれた息がこぼれる。息をつなぐことさえ痛みを伴う。喉が詰まり痙攣する度に痛みが突き刺す。


「姫……!!」


 白竜の声だけが、姫の耳に、鮮明に響いた。

 すがってはならないのに、あまりにもの痛みに耐えきれず、ついに姫は白竜から与えられた口実にすがった。


「……術を、かけたのは、おそらく、以前、教えてくださった、組織の者だと思います」


 昼間に起こったことを、言葉を途切れさせながら話して聞かせる。話し始めると、呪いの鎖はわずかに弱まる。ほっとしたところで、白竜がたたみかけてきた。


「解呪の方法は」


 姫はそれは口を閉ざした。が、また襲ってきた痛みに、先ほどの苦しみを思い出し、脅えながら少しだけ口を開く。組織の者だと思う証拠ぐらいならば、と、自身に言い訳をして。


「……あやつらの望みは、東の侯爵家の没落。詳しい解呪の内容は、お教えするわけにはいきません……復讐を、してくださるのでしょう……? 白竜様が力をお使いになるのは、正しきときだけでよいのです」


 これ以上は言ってはいけない。解呪をさせてはならない。どれだけ苦しくても、これ以上は。ここまで言えば、きっと、白竜は怒りの矛先を罪なき者たちに向けることはないはずだ。だから、もう、これ以上は耐えねば。

 再び、ぎりぎりと痛みが襲ってきた。


「案ずるな、解呪の条件は果たしてみせよう」


 優しい声色は、どこまでも姫を案ずるものだった。

 うれしくて、愛おしくて、だからこそ痛みを振り切って彼女は叫んだ。


「いけません……!! 一時の衝動に身を任せては駄目だと、そう教えてくださったのは白竜様ではないですか……!! このまま解呪をして私が助かったとして、あなたは国を陥れた汚名をかぶることになります。その汚名は、私が亡くなった後も続くのです……!! どうか悪しき竜の名を自らかぶるようなまねはなさらないでください……!! 解呪ではなく、どうか、力を貸してくださるのなら、どうか、解呪ではなく、あの者らに竜の制裁を……!!」


 叫ぶ姫を、静かなまなざしがじっと見つめている。それは覚悟を決めている目であった。己のすることが何を起こすか知ってなお、揺るがぬ決意を宿していた。


「いや、そなたが言わぬのなら、解呪の方法をそやつらに尋ねようぞ。喜んで教えてくれるであろうよ。案ずるな。そなたがこれ以上奴らに使われることのないよう、安全な場所を用意しよう。解呪さえできればその後にそやつらをまとめて亡き者にしてくれる。法の外で生きる者が、法に縛られない竜を扱えるなどと思い上がるが愚かと思い知らせてくれよう……!!」


 白竜が解呪に向かおうとしているためか、一気に痛みが引いてゆく。考えるだけの力が戻ってきて、姫はぞっとした。


「……いけませんっ、解呪の条件はこの国の力を損なうことです! 悪しき者に力を貸すことです!! とうてい許せるような物ではございません! 国の柱を損ないます! 国が乱れ、多くの者が亡くなります……!!」


 叫んだが、白竜の答えは感情のこもらない冷淡な物であった。いや、こみ上げる怒りを抑えているからこそ、感情が見えないだけなのか。


「そなたが死ねば、我がそれ以上の者を殺す」

「いいえ、いいえ……!! あなたはすでに、憎むべき者を知りました! あなたは優しい方です。必要以上の殺生は、なさいません!! あなたが、国に、民に恐れられ、嫌われるようなことなど、起こしてはいけません……!!」


 必死に言いつのる。白竜の本来の姿を知っていると訴える。あなたのなさろうとしていることは、あなたの望まぬことだと訴える。

 しかし白竜は姫の訴えを聞きたくないとばかりに叫んだ。


「そのようなことなど、どうでもよい!! もはや我は竜だ、人間になんと思われようとかまわぬ!!」


 感情をあらわにした白竜に、姫が呆然として体を震わせた。

 人でありたいと願う白竜に、そこまで言わせてしまった。

 解呪に向かおうとする竜の存在に、その文様の痛みはさらに小さくなっている。

 いけない、このままでは……!!

 姫は、懐に忍ばせてあった短剣をとった。それは常に持ち歩いている小さな物だ。そして、痛みに耐えきれなくなったその時は、と、痛みでのたうち回っている間、脳裏をよぎり続けていた物でもあった。


「……姫?!」

「白竜様、わたくしは、幸せにございました……!!」


 どふっと、小さな音がした。

 直後姫から、ぐふっというにぶい吐息がもれた。


「……姫?」

「わたくしは、あなた様を人間の悪意から守って見せましょう。恐れられはしても、悪しき竜などと、決して呼ばれることのないように……」


 呪いに侵された姫が、どす黒い文様をまとい、ふふっとほほえんだ。

 ぎちぎちと締め付けるように、文様のどす黒さが増す。

 なのに、姫は笑って言うのだ。


「呪いの文様が、薄くなってきていますわね」


 力ない声が、「うれしい」と少し弾んだ声色を紡ぐ。

 何を言っているのか、白竜には意味がわからなかった。

 文様は、濃さを増しているではないか。彼女に刻まれた文様はぎちぎちと皮膚を締め付けるように体に食い込んで行っているように見える。

 なのに姫は、文様が薄くなったなどと言う。

 何が起こっているのか、白竜は理解できずにいた。


 いや、わかっていた。わかっていて、理解することを頭が拒絶しているのだ。

 短剣の細い刃は、姫の胸の奥へとのまれていた。

 柄を握る小さな両手がぶるぶると震えている。じわり、じわりとドレスの胸元が赤黒い色に染まってゆく。


「……残念ですわ、わたくしには、白竜様の呪いが解けたのを、見届けられないなんて……」


 息も絶え絶えにつぶやく少女の口元から、ごふりと血があふれた。

 ごぼり、ごぼりとあふれた。

 意味がわからない、と言葉にできずにいるうちに、白竜は自分の体が変容していくのを自覚した。

 竜の体がみるみるうちにしぼんでゆく、古めかしいいにしえの衣をまとった男の姿へと変貌する。

 人の手となった自身の体に、白竜は、姫の言葉の意味を理解する。

 肌に刻まれた文様は、今にも消えそうなほどに薄れていた。


 白竜が人間に戻ることができるのは解呪の時。相思相愛の者が、命をかけて白竜を守ったとき。

 命をかけて。


「姫……!! 姫………!!」


 人の手となったその腕で、愛しい体を抱き上げた。


「……解呪できて、よか、た……」


 姫の細い指先が、文様の薄れた男のほほをなぞるように触れた。


「なぜ、私をおいてゆく……!! なぜ何を犠牲にしようとも共に生きると覚悟を持ってくれなんだ……!! 解呪など望まぬ!! そなたが私を守ったなど認めぬ!! そなたが死ぬぐらいなら、私は……!!」

「……おいていって、ごめんなさい……」


 男の顔にきざまれた呪いの文様がついに全て消えた。それを見ることなく、姫の瞳は閉じられてしまった。

 姫にかけられた呪いは死をもって完成された。呪いの鎖は姫の命を吸い取って、そしてその呪術の痕跡を消すように文様を消した。


「姫……!! 姫ぇぇぇ!!」


 男の慟哭が響く。

 叫びながら、竜は人の身に戻ったその身から呪われた竜の力が抜けていくのが分かる。ついに男に刻みつけられていた文様が、跡形なく消えた。その事こそが、姫がまさしく命を落とした証であった。




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