偽りの日常
◇
1
「ハァ……ハァ……ハァ……」
荒いようで一定のリズムを刻む呼吸。
その呼吸と同じく一定の間隔とスピードで両足を回転させ、右足、左足と交互にアスファルトの地面を強く蹴り上げる。
その都度、内側から体温が上がるように熱を帯びて行くのを感じ、身体のあらゆる汗腺から大粒の汗が噴出し、体温を下げようとする。すると、やや左側からザザザッと川面を渡って涼しい風が神代の皮膚へと衝突し、そのまま流れるように吹き抜けて行く。
現在時刻は午前五時三四分。神代はこの約三○分前から走っており、起床から言えば一時間前。
この早朝トレーニングは今に始めたことではなく、彼の昔からの云わば日課である。
特別運動が好きであるわけでも、何か習い事をしているわけでもないのだが、ある時からか彼にとってこれが『日課』となってしまった。
神代の走るルートは自宅から出発し、一○分ほど走ったところに河川敷が存在し、そこからまた一○分ほど走ったところに川の上を横断する大きな鉄橋『師藤橋』が現れ、そこを渡り、また自宅へと引き返す。
ランニング全体の総合時間は約四○分となり、距離で言えば一五キロは軽く走っている。
今、神代はその帰りの河川敷をちょうど走っているところであり、河川から吹く川風がとても心地よく感じているところだ。
「ぅし、行くか!」
心地よい風によって多少体力が回復したのか、神代は走る速度を上げ、駆けて行った。
*
「クッソ眠い……」
思わず呟いてしまうほどに神代の瞼は重かった。
いや、思い返せば今日に限った事ではない。神代は朝に弱い、というかあんな早朝から毎日『日課』をこなしているのだからその代償として眠気が訪れるのは当然なのだ。
(なんで俺毎朝毎朝こんな頑張ってんの? そこらの運動部より確実にやってるよな?)
なんて考え出すと、馬鹿らしく思えてくる。
ただ、習慣的にこなさなければ気が済まなく、だからいつしか『日課』と自ら呼び、行なうようになったのだ。なんて悪魔的日課だろうと神代は自分でも思う。
(そう言えば、あいつも朝すげえ弱かったよな……)
ふと、思い浮かべた人物と事柄に神代はほぼ真逆の席に位置する少女を見やった。
粒子を振りまくが如く艶麗な漆黒の髪に、端麗すぎる輪郭。
制服の上からでも認識できる艶めかしいスレンダーボディ。
ピンと曲線を描いて跳ねる両の睫毛は優美で、それこそ凄腕人形師の手によって作成された芸術作品のような丁寧さと緻密さをも感じさせるほどの『神童』――佐鳥雫を、だ。
例の神童少女は、その身を机に突っ伏し、盛大に前倒れていた。
何とも悪し様な態度に見えるが、誰一人として注意や忠告を与える者はいない。何せ相手は神童だ。ここでどれだけ堂々と眠りに耽っていたとしても本人の成績が学年――否、歴代一位の成績で入学を果たした人間に何が言えようか。
つまりはそういうことだ。彼女が周囲や特定の人物の空間を妨害していない限り、第二者が彼女に干渉する権利も資格も持ち合わせていないのだ。
それに、彼女はそもそも睡眠などに耽ってなどいなかった。
身体を上下に微動させ、縦に振る仕草。
よく見ると、頬を机に密着させてこれでもかと言うほどに熱心に擦りつけていた。
あの神々しさをも感じさせる美を体現した少女が、そんなアホで変態な行為を現在進行形で行なっている。それだけで変態美少女の称号が与えられても仕方がない シュールさで在る気がするのだが、どうやら周囲の男子生徒及び男性教師達さえもこの少女の姿に見惚れているようで、注意どころか隠し撮りされ、陰で密かに密売されている光景の一つでもあるようだ。
(そういや中学の時、あいつがトイレから帰ってきたところで見知らぬ男子があいつの机に顔面を密着させて同じように頬擦りつけたり、舐めたりなんていうバカ犯罪行為を行なわれて大問題になったっけか)
そんな馬鹿らしくも懐かしい事件を思い返しながら、「あれがギャップ萌えってやつなのか?」と机LOVE少女を見詰めていると、パチリっと閉じられていた雫の瞼が開かれ、神代の視線とその瞳が交わった。
瞬間、羞恥によるものか顔一面を真っ赤に染め上げ、露骨に嫌悪を示す視線の矢を射られると、次にはその顔を俯かせてしまった。
ほんの数秒の内に表情でそこまで感情を伝える事が出来る彼女はやはりある意味で天才で、器用な奴だな、と神代が心中で感嘆していると、
ピロリン、と。
携帯のメール受信音が教室に響いた。
一瞬空間が停止した後、室内に存在する教師生徒を含む全ての二の目が一点に注がれた。
「あぁ……はい、すみませんした……」
そう――神代進護という不幸で不注意な少年の元へと……――。
神代は、体育館裏の狭いスペースに訪れていた。
新鮮味のなくなった桜並木の花びら達のまだ咲き誇ろうと懸命に踏ん張っている姿は見ていて儚く、物寂しい感情を与える。
そんな桃色の花吹雪が僅かに降り注ぐ場所に、その少女は立っていた。
『神童』――佐鳥雫。
儚き桜吹雪を背景にする立ち姿は彼女のか細く壊れそうな雰囲気にとてもマッチしていて、偉大な画伯によって手掛けられた芸術作品のように触れ難く、神秘的な光景であった
「せっかくの昼休みにこんなトコにまで呼び出して悪いわね」
彼女から最初に告げられたのは、建前的な詫び言であった。
久しすぎる彼女との会話の始まりに、神代は心中で少しばかり戸惑いが生じた。
「ま、全くだ。授業中にメールなんぞ寄こしやがって、おかげで愛用携帯が没収されるハメになったっつーの」
「それに関して私は無関係もいいトコよね? 電源を切っておくかマナーモードにしておくかしていなかったあなたの不注意だし、そもそもにして愛用するほどその携帯は十分に活用されているの?」
神代は顔をしかめて、「どういう意味だよ?」
「あら、理解に及ばないかしら? あなたのその無駄に性能と容量のある携帯電話はちゃんとお友達との連絡手段としての機能を果たしているのかと訊いているのよこのスカタン」
「んなっ……!」と声を上げて、反論に切り替えようとしたところで神代は気付いた。
着信履歴に残されているのは、タカと母親だけであり、メールが来るのも母親の「進ちゃ~ん! ごっはんだぞ~☆」とかタカの「暇? 暇だよね? 暇でしかないよね? よしゲーセンにレッツゴー!!」等というものだけで、お世辞にもこの携帯の性能を活かしているなどとは言えなかった。
「普段から連絡手段として使用されるような物ならそんな間抜けな末路は辿りはしないわよね? この不注意さはつまり使用頻度の少なさに直結するのよ。簡単な答えで当然の結果」
言って、一呼吸置くと、
「ズバリ――あなたは友達が少ない」
「ほんとズバリと言ったなぁ!!」
ビシリと指された指摘と人差し指に不快を覚えて怒鳴る。
失礼極まりないどころか虐めのレベルに達する言葉ではないだろうかと思えるほどにその事実は神代の心を深々と抉った。
「っつーか、んなエグイ事わざわざ言う為にここに呼んだのか?」
「いえ、正直こんなあなたの非リア充さを問い質すような与太話どころか邪魔でしかないゴミクズな話題はどうでもいいし、するつもりも微塵も原子レベルでもなかったわ」
「少しは言葉選んでくれよ……」
容赦のない霰の如き暴言に、さすがの神代も精神を徐々に削られて行っている様子である。
「で、振り返ってどういう用件だ?」
「ええ、ここに呼んだのは他でもないわ」
静かに口にされるそれは、静か故に鋭く、冷酷に神代の意表を貫く。
「昨日の昼休みにしろ、さっきの授業中にしろ、私の認識空間に映り込むのやめてくれない? 邪魔だしうざいし。ヒトが関係してないとこで勝手に盛り上がったり、陰で見詰められてたりするのホントに迷惑し、はっきり言ってキモイのよ。わかる?」
不快を露わにした態度と感情を乗せた罵詈雑言を口々に並べ立てる少女、雫。
やっぱり変わりなしか、と。神代は無念そうに、また当然かという不変の関係に納得した。
相変わらずの鬱陶しげな態度。嫌悪と侮蔑を孕んだ無情な瞳。絶対零度と形容して差し支えないそれらの冷ややかな姿は、周知とされている聡明な『神童』やら、柔和で清らかな『日本のナイチンゲール』やらの姿は欠片としてない。
そこに君臨するのは、ただの性格のねじ曲がった性悪少女の成り立ちである。
「……ほんとお前のキャラ変の激しさは付いていけねぇレベルだわ」
「なに? あなたも私の愛想全開の作り笑いや社交辞令でしかない表向きの優しさがほしいわけ? んでもって犬みたいに愉快にお尻を振ってくれるのかしら? キモすぎて吐き気促進作用発動よ。それがあなたとなると更に寒気も特典付きでやってくるわ」
「てめっ……!」
そう、つまりはこれが佐鳥雫という少女の真の姿。
『神童』やら『日本のナイチンゲール』などというのは周囲の人間に振りまく彼女の偽りの姿、虚偽で構成された仮面、謂わば虚像。
有り体に言えば、彼女は“猫をかぶっている”のだ。
理由は、彼女のその類稀なる数多の才能とその生い立ちに由来する。
彼女も最初は“普通”と呼ばれる一人の女の子であった。
楽しい時はその真珠のような光沢を秘めた瞳を燦然と輝かせて笑い声を響かせ、悲しい時は大粒の涙と鼻水を垂らしてわんわんと泣き喚き、怒る時は頬をフグのようにぷっくりと膨らませて拗ねて見せたり、喜ぶ時はウサギのように飛び跳ねて全身で表現したりと、どこにでもいる、ありきたりで微笑ましい、“元気で素直”という言葉が似つかわしい屈託のない少女だった。
それが小学三年のある日の時期から、普通の女の子という周囲の目が変わり始めた。
彼女の数多の才能が、頭角を現し、目に映る現実として表れ始めたからだ。
まだ一つとして教えていない所か一級検定試験に出題されるような難題の漢字や数式、あらゆる化学式や物理法則の計算式、挙句の果てには英訳から英文作成。
運動会ではどの競技に出てもトップを獲得し、かけっこと呼ばれる徒競走では二位との差は歴然。圧倒的であった。
誰一人として彼女の足元どころか、影すらにも届く者はいなかった。
それは強大で強力で、秀逸で優秀で、そして……『異常』だった。
――誰もが言った、「オカシイ」と。
――誰もが言った、「普通じゃない」と。
――誰もが、口を揃えて言った、「異常だ」と。
そんな大人たちの声はその子供にまで浸透するのは当然の摂理である。
“普通”として認められていた少女はその言葉通り抜群すぎる才能により、“異常”と憎まれ、“抜群”の文字通り周囲の人間の群れから抜け、はぶられた。
友人も知人も、誰しも振り返らず、ただ彼女から離れ、逃げ、最終的にはイジメに発展した。
そんな彼女が取った行動が、今の自分とはまた違う姿を作り上げること、つまりは“猫を被ること”であった。
この『異常』な才能に見合った、賢く尊大で聡明な人格を有すれば、『異常』ではなくなる。誰も自分を否定しなくなる。求められる。
そう、誰も――離れていかない。
そんな少女の切実な願いと想いが、その仮面には込められていたのだ。
……だとしても、だ。
「なに? ジロジロ見るのやめてくれないかしら? キモイ」
「キモイキモイ言ってんじゃねぇ!! っつか、てめぇの事なんか見詰めてもねえし、その認識空間とやらにも介入した覚えもねえよ!」
この自分にだけ向ける異常なまでの嫌悪の姿勢はどうにかならないか、と神代は毎度思わずにはいられない。
「ハァ? じゃあなに? 無意識であんな騒動起こしてるわけ? 私の名前やら恥ずかしいあだ名絶叫して? 尚更タチ悪いわね。死んでくれる?」
「すげぇ残酷な頼みだなぁ! 俺がいつどこでてめえのあんな残念極まりない似非アイドルなあだ名を絶叫したんだよ!? あれは俺じゃなく、てめえの誇らしい親衛隊様達の魂の咆哮だっつーの。素直に喜んどけこの性悪女!」
「素直に不愉快よ!! というか誰が性悪女って!? 調子ぶっこいたこと言ってるとあなたに体育館裏でセクハラされたって泣き叫んで社会的にも実質的にも殺すわよ?」
「てめぇが俺をここに呼んだんだろうがァ!! 調子ぶっこいてんのはどっちだよ猫かぶり野郎!」
「はい? 野郎じゃないんですケドぉ?? 日本語ちゃんと使って頂けますかぁ? 底脳変態キモ野郎さん?」
「このクッソアマ……ッ!」
拳と奥歯をギリギリと響かせて憤りを感じる神代に「なにか言いたいコトでもぉ?」とこちらも目を尖らせて挑発的な態度を見せる雫。
互いの鋭い視線が火花を散らし、桜舞い散る儚い情景をぶち壊す。
どうしてこいつはこんなに突っかかってくる? どうして目の敵にする? 数多の疑問が逡巡の末に生み出されるが、結局行き着く結論はいつもと変わらない。
――まだ、許されていないのだ、と。
「ちょ、ちょちょダメだってばぁっ!!」
そんな睨み合いが遮断されたのは、一人の少年――タカの制止の声だった。
だが、その制止は神代達に向けられたものではなかった。
音源を辿って雫とともに首を巡らせた先に映ったのは、タカと、昨日に知り合ったばかりの女子生徒二人組――來賀谷と百川であった。
タカと百川が來賀谷の裾を掴んでいる辺り、割り込もうとしているのが來賀谷であることが伺える。
例の來賀谷は、咎めるように眉をひそめると、
「ちょっと、神代くんをこんなトコロに連れてきて一体何をしようとしてるの? 佐鳥雫さん?」
言う來賀谷の瞳は、警戒と疑いに染められていた。
雫の表の姿は聡明で妖艶な『神童』だ。それは女子生徒さえも虜にする魅了する美しい仮面である。
が、しかし來賀谷のその双眼には僅かも彼女に尊敬を抱いている色は見えない。疑惑と疑念。警戒と注意が彼女から存分に発せられ、又、客観的にも主観的にも読みとれた。
過去に何かあったのだろうか。ただ、あの目は雫を知っている顔だ。
そう――雫の裏であり、本性と呼ぶべき姿を知る顔。
存分に向けられるその警戒のオーラが不快でないはずがない雫は、「チッ」と舌打ちを小さく、だが露骨に不機嫌を表現して、神代を一瞥すると、
「とにかく、今後私と関係持っている風な顔をするのはやめて頂戴。あなたと少しでもそういう関係に見られるのは本当に、心底イヤだから」
率直で、シンプルで、純粋な否定の言葉だった。
胸のあたりがズキリっと鈍々しい痛みが発生する。
この目、この声、この雰囲気。
全てが“あの日”に酷似し、そして“あの日”を想起させる悲しくて辛くて、苛立たしい。
「いえ、特段何をしようとしていたわけでもありませんよ。ただ彼にはこの辺りのゴミ拾いを手伝ってもらっていただけです。ね? 神代くん」
再び向けてきた言葉と視線に、彼女の姿はなかった。
打って変わった、優しく清らかで、心地良い風鈴の如き音色。しかし、遠く儚く、中身のない形だけの空虚に満ちた“他人”の姿。
「……あぁ、そうだ」
唇を噛み締めたい衝動を抑えて絞り出した肯定の言葉。これは彼女を“他人”として再び承認したという返事を表わす事を知って、理解した上で告げた神代の返事でもあった。
それに満足そうに神童少女は笑って、
「というわけなので、失礼しますね」
神代の手前から踵を返し、來賀谷達三人の横を過って、立ち去る。
春風に吹かれてはためく漆黒の髪と矮躯な身柄。
いつだって一番であり続けるはずの彼女のその背は、その轟然たる印象とはかけ離れた、小さく、細々しい後ろ姿で、酷く稚いものに神代には見えたのだった。
◇
天が、闇に塗られた。
月も浮かばない闇空の下、その森は一層に閑静を纏う。
生命の活動も、鼓動も、息吹すらもそこにはない。まるで森そのものが死んでいるかのようで、けれども潜在的に張り巡らされた緊張感がこの森に“何か”が存ることを報せていた。
そんな月にも照らされない暗緑の木々達が囲んでいたのは、一本の大木――否、巨木であった。
周囲の天然木とは一線を駕した表れか、その巨木を中心に一定の距離を保ってごっそりと抉られ、作られた円形状の奇怪な輪。
妙に人為的な匂いを残すその樹木の形は、クリスマスツリーのアレに酷似していた。
だが、その巨木の実態はこの森を統べる樹木の長ではない。もっと人工的で、もっと大きな意味が内包された歪な“何か”が在った
「それで、例の者は見つかったのですか?」
その声は、巨木の内側から鳴った。
いや、正しくはその中に内蔵された地下エレベーターで潜り辿った先にある一つの広大な広場からだ。
銀色に光る大理石の床や壁を照らす可視光線化された青白い照明、というよりは炎の灯火に見えるそれの形は七つの枝に分かれた燭台のようで、ホテルなどに使用される巨大シャンデリアに似ている。
地に属する大理石には、奇妙な樹形図が掘られていた。
全部で十つの円と象形文字のような形で記された古代文字が幾つも描かれ、幾数もの分岐を果たす線が繋がり、絡み合い、一つの樹形図を形成していた。
その十つの円の内八つに、それぞれ影が立っていた。まるでここが自分の席であると主張しているかのように。
「ああ、そうだな……やはり彼らの足取りを掴むのはイマイチ難しいものがあるようだ。さすがは私が認めただけはある。こちらの手の内を熟知し、それに対する対処も方法も事前に打ってある……素晴らしい限りだ」
「なァに関心しちゃってんのよっ? 時間はないんしょ? だったらさっさとめっけてこっち連れてきなさいっつーの!」
「おい金髪ドリル、言葉には気ぃつけて喋れよ? 相手がどういう御方かわかっているだろう?」
「キーッ! 人の髪型を捕まえてなんて失礼な……! これセットするのに毎朝一体何時間の手間掛けてると思ってるわけ!?」
「まぁまぁ、仲間内で喧嘩もよろしくないですって。ほんと血の気が多いメンバーですねぇ……」
「「うっせー陰険長帽子ゲス野郎ォッ!!」」
「貴様らいいから黙ってろ……」
深き夜の時刻に反した賑やかな室内は、会議をぶち壊しにするまさにイメージ崩壊をもたらしていた。
そんな軽々しい空気を引き締めるため、当初に疑問を投げた一人の者が咳払いを見せると、
「では、やはりまだ見つけられていないということですか?」
「いや――見つけたよ」
返答に、一同が反応を見せた。
その反応を認めた人物は、その長く煌びやかな銀髪を振りながら広場の壇上に登り、
「ようやく、見つけた。長かったがまぁ、どちらにせよその身が成長し、自我と自立の精神が芽生えるまで成長過程を見守る必要があったのだから、ある意味でここまで育ててくれた事には感謝すべきかもしれないな」
言って、人物は小さく笑む。我が野望のピースが一つ手に入れられる、その手に戻ってくるという快感と歓喜を得て……。
「今回は、コクマー。君に一任させたいと思っている」
そう言って人物は、頼みを向ける者と呼ばれる縦長帽子を深々と被る長身の人影に目を配った。
「私ですかぁ……いえ、お断りする理由も道理もないですしねぇ。ただ面倒と言いますか、やはり小娘を相手にするというのは紳士を自称する者としては少々気が引けるのですよねぇ」
「その辺りは気に掛ける必要はない。報告書によれば例の者は未だその力を発現させていない模様だ。よって今回は戦闘の必要性はない。交渉して連れてきてほしいだけなのだよ」
「そんなに上手く行きますかねぇ? いきなり得体の知れない怪しい人間が現れておいそれと付いていくなんて、今や小学校低学年のお子さんでも引っ掛かってくれませんよぉ?」
「その辺りは君に一任する。なるべく穏便に事を済ませてほしいが、やむを得なければ多少手荒な手段を使用してもいい」
それに、と人物は続けざまに一拍置く。
「正直、君以外に適任者が居ないのだよ。他の者は先の通り少々血の気が多すぎて交渉などというものが出来るか……」
しわがれた声で、困り切ったように言う人物に「ちょっとぉ! 誰が血の気盛んなお転婆姫だってぇ?」「姫と言う格上げを勝手に施すなクソドリル」「金髪は何処に!?」などとまたまた忙しない反響が生まれる。
それを聞いて仕方なさそうに一つ細い息を吐いた《コクマー》は、
「そうですねぇ……他には居なさそうですし、仕方ないですねぇ」
「本当に助かるよ、感謝する」
惜しみない感謝を示す人物の反応に、《コクマー》は優越感と歓喜に暮れた。
自分は今、この御方に必要とされている、信頼されているのだ、と――。
それは何所か、父親に褒められた子供のような新鮮な感情に似ていた。
「しかし、やはり戦闘になる可能性は否めませんので、小隊の“アレフ”を引き連れさせてもらおうかと思いますが、よろしいでしょうかねぇ?」
「ああ、必要と思うのならば連れてもいい。この件は君に委ねるのだからね。ただ――頼んだよ?」
「謹んでお引き受け致しましょう、ケテル様」
《コクマー》の返事を最後に、七つの影が闇に消える。
月も太陽も照らされない地下の巨大モニターで、その少女は映されていた。
「ようやく見つけたよ……『神童』佐鳥雫」
外は暗闇に侵食され尽くした空から、薄く、徐々に夜明けを迎えていく。
だが、それは希望への明日ではなく、絶望への幕開けを予期する明朝の訪れであった。