始まりの系譜
◇
「――――諸君は、神を信じるかね?」
壇上に立つ人物が、室内に蔓延る白衣の群衆にそう投げた。
その人物も例に漏れずに纏った白衣を翻すように舞わせる。まるでマントのような扱いだ。声の抑調からどんな老学者だと思い人物を見れば、思惑は盛大に外れる。
人物は比較的若々しく、目測で二十代後半。男とも女ともとれる中性的な貌。背中のラインをなぞる様に伸びた優美な銀髪を靡かせ、その姿は性を表示するどちらの言葉の前にも『美』が前置されるほどに美しい容貌であった。
だからこそだろう、空間には人物を嘲うが如き乾いた笑声が幾つも鳴った。全ては人物の発言に対しての反応だ。
確か、かの者はこの場での研究発表は初であると事前に配られていた発表プログラムに記されていたのを思い出す。
だからあの者の実績も功績も経験も、この場に集う者たちに比べれば無に等しいものであることは紛うこと無き事実であった。が――
「なぜ、笑う――?」
人物は毅然と、率直に問うた。
冷却された低い声音は、この場に集う数多の老人の息を詰まらせ、固唾を呑ませた。
人物の言葉に、限りない誠実さと生真面目さを感じ取り、また憤りをも感知したからだ。
「確かに、神などという不明確で非論理的な言葉を使うのはいつしか我々科学者の中では一種の禁句となり、口にした者は決まって空者呼ばわりされ、愚者としての扱いを受けるようになった」
だが、と人物は区切る。
「元来、我々科学者が目指したのは『神』という全知全能の存在ではなかったか? 未熟で不完全な我々ヒトは完全と無欠を求めて、全知と全能を求めて、その絶対的存在に近づこうとしたのが始まりではないのか?」
人物は問い掛ける。
自分達の在るべき姿を問い質す教育者のように、自分達の在るべき道へ誘う先導者のように――。
「数多の聖書や神話でも、神と科学は密接に関わり合い、又、ヒトは神から智慧と恩恵を得ている。プロメテウスの火、光もたらす者による智慧の献上。これらは生来からヒトが神を夢見、目指すべき全知全能の存在対象として偶像化し、創り上げた立派な人類の最終目標対象であるのではないのか?」
いつの間にか、空間を這った嘲笑は止んでいた。
閑散とした空間は人物の紡ぐ摩訶不思議な論説に呑み込まれていることを示していた
。まるで催眠術にでも懸かっているような奇妙な感覚だ。だが、それは何の術でも、特技でも、業でもない。ただ人物から奏でられる祝詞の如き言葉たちが、科学者である彼らの異常なまでの知的好奇心を煽いでいるだけなのである。
「だがしかし、かく言う私も神という存在を肯定しているわけではない。むしろ否定していると明言してもいいだろう」
その告白に、どうしてか群衆は揃って肩を竦め、ある者は「なんだそりゃあ……」と漏らした。何に期待していたのかは彼らもわからない。ただ、人物の向かおうとしていた先はある意味で自分達の共通した目標な気がしていた。そんな膨れていく好奇心が削がれたのだ。落胆の色を隠せないのも無理はない。
そんな彼らの失望を認めた壇上の人物はニヤリとその口元を歪めた。
まるで、期待は裏切らないとでも言いたげに、
「私は神を信じていない――だが、ヒトがそれに近しい、又はそれらに成り得る可能性と未来があることは信じている」
群衆の目に輝きが蘇る。彼らが知りたいのは神が居るか居ないかではない。その絶対的に不変で普遍な無欠の存在にヒトが届くのか、ヒトが辿り着くのか、その天上への到達を果たすことが出来るのか、それが知りたい。それを視たい。
ただその想いだけが、智に溢れる者達の心を突き動かす。
「ヒトはまだ未知で、故に未熟だ。だからこそ、そこには宇宙規模に広がる可能性と未来がある。それこそ、偉大なる知性と成り得るほどの――」
人物は壇上で手を広げる。さながら十字架を模る身体は上方を向き、天井を仰ぐ。
その先にある天上を眺めるように、その先にある天上と我を結ぶ天光の道標をその瞳に映すように、人物は天を視た。
「さぁ、行こう。天の頂へ。その先にある我々ヒトと人の進化と神化を目指し、求める世界へ」
人物は上方から照らされる照明の明かりへ手を翳し、握る。
空に浮かぶ太陽を掴むように、はたまた遥か先にある光輝なる世界を掌握するように、
「そして、創ろう――」
――――私達の創世神話を……。
それが、我々ヒトが紡ぎ、綴る、新しき神話の始まりであった――――。
灰鷹茶毛の第二作目、といってもリメイクした作品であります。
おそらくこちらの方が個人的には好きなお話になると思いますです。
どうぞ、お暇な時にその手にとって頂けると嬉しいです♪