キュウ
「穢らわしい人間よ!また貴様らは我等から居場所を奪うか!!」
「ここは貴様らのような下等種族が立ち入って良い場所ではない!」
切っ先を向けられたまま、責め立てるように言葉を並べるエルフ達
弓の弦はキリキリと限界まで引き絞られている。おそらくいつでも射てるように
ここにいるのは若いエルフ達なのだろう。いくら人間嫌いでもいきなり矢先を向けられるとは、エルフは思慮深く賢い種族だったはずなのだが
それともこれも時の流れによる変化なのか
「森の結界毒でどうせ死ぬならいっそ今ここで、始末してやろうかっ!」
「そうだ!数多の無念の死を遂げた同胞達もいる!人間の子供一人殺すことなど簡単だ!」
「そうだ!我等の一族の無念を!」
本格的に不味い流れだ
「ちょっ・・・待ってくだっ「やめんかっ!この馬鹿共がっ!武器をおさめぬかっ!」
どうにか諌めようとすると何処からか厳しい叱咤の声がとんだ
その方向を見ると、エルフ特有の緑の髪を弛くみつあみにした年老いたエルフだった。
その姿を確認してエルフたちはしぶしぶといったように弓を下ろした
「すまなんだ、どうか無礼を許しておくれ。あぁ・・・本当に、なんということだ。顔を良く見せておくれ」
そういってそのエルフはゆっくりと、俺の頬に手を添えた
それを避けなかったのは、そのエルフに見覚えがあったからだ。
俺が幼い頃紹介されたエルフ族の長の息子
今は恐らく600歳位ではないだろうか。俺が枝分かれしたあとも心配して随分お世話になった
狩りがうまくとても可愛がってくれたエルフだ
エルフは長命で人間でいう10年がエルフの約一年に相当する。そして800年は生きる。その為枝分かれしても俺なんて小僧だったし、このエルフの母親がシャロンカムイの一族のものだったことも一因だろう
そんな彼は震えながら泣いていた
「ああ、森よ感謝します。このような奇跡があるとは。絶望と悔恨の中、それでも生きていてよかったと今日程思ったことはないっ」
俺にすがり付きながら泣くエルフに、ふと思い至った
様々な種族にはそれぞれ特化している能力がある
水場で生きるものは水掻きや、水中で生活するためのエラ呼吸。音での意思疏通ができる、など
ゴツゴツした岩場に住むものは、水分を必要としなかったり体の表面が固くなっていたり
エルフは直感、第六感と呼ばれるものがとても発達し危機回避能力に優れている
シャロンカムイにも特殊な力があり森などのコエを聞くことができるのもそうだが、そのものの精霊魂を見ることができる。精霊魂とは魂そのもののことで、これはそのものの真の姿をそのまま象るもの
どんなに美しく着飾っても偽っても精霊魂はそのまま。精霊魂の名を縛ればその者を意のままに操れる
エルフとシャロンカムイのハーフであれば俺が何者かを理解しても不思議ではない
彼には見えているのだろう、あの頃のまま、緑がかった灰色の髪に深緑の瞳をもった俺の姿が
「アルスラン。獅子を意味する名をもつ森妖精人。何故謝るのですか貴方はこの森を護って下さったのでしょう。私は貴方に感謝します。一族のものもそうでしょう。」
アルスラン。そう弓だけではなく猛々しく森を守るその姿は正に獅子のごとく
力強く決して揺らがぬ強さ。そんなふうに呼ばれ憧れた彼が、いくら年をとったとしてもこんなに弱々しく泣き崩れるなんて
「いいや、ちがうわしは、ちがう」
首を横にゆるく何度も振りアルスランは懺悔するように語った
あの日、俺が生まれた集落が焼き払われた日
アルスランは森を進む人間に気付いた
アルスランは、魔狩りによって一族のものたちが殺されるのを恐れエルフの集落に不可視の結界魔法を使った
一族の長に就任し然程時間がたっていなかったアルスランは半ばパニックに陥った
何故なら、西の森は既に人間により蹂躙をうけ見目の良いエルフは貴族に売り払われ抵抗が激しい者は酷い殺され方をしたというのを聞いていたからだ
エルフは気高く、そして森を穢すものを許さない。
エルフの一族は子供以外の者総出で人間達のもとへ向かった。
そこでみたものは焼き払われたシャロンカムイの集落
シャロンカムイの者は命有るものを傷つけるのを嫌う。抵抗はしただろうが本気で殺しあうことは出来なかったのだろう
無惨な姿に変わり果てた豊かな森と親しい者を殺された怒りにエルフは戦った
もちろんアルスランも。
しかし、圧倒的なまでの数の差があり勝てなかった。
戦士は全滅。連れていかれたものもいるだろうが、もうそれはエルフとして死んでしまうのと同意義。矜持を傷つけられ奴隷になるくらいならと自ら命をたったものもいた
アルスランは一族のものが死ぬ間際にかけた守護の魔法で生き延びた
生き延びてしまった。
それから残った子供達を育て、どうにかやってきた
一番の悔いは最後のシャロンカムイである俺が処刑されるとき助けに行かなかった事
言い訳にしか聞こえないだろうが、子供達を放っては行けないと思った
しかし、命をかけて力を使い森を動かしたのだと動き出した森に気がつきずっと後悔していた
そう、アルスランは言った。まるで神に祈るかのように