ハチ
鬱蒼と広がる森は、ざわざわと葉を揺らす。
喜ぶように哀しむように、動物や虫の声一つ聞こえず音の全てが森に吸いとられたようにただ葉の擦れる音が鳴る
ここは、東の森。山の中にある鎮静の森である
木々は人にだけ有害ナニかを排出しかつて麓にあった村や町も人が住めるような環境ではなくなった。
「・・・ただいま。」
ただ一言。死ぬ間際に聴こえた声を聞きたくて呟くが、返ってくるのは葉のおとだけだ。
此方に戻ってから森のコエは尚更聞こえるがあのときのような明確な声としては聞こえてこない
「っ!?」
感傷に浸る。今の自分を表すならばそれだが、そんなとき一度目の生で聞きなれた風をきる音と木々の警告
それが何なのかは音の時点で分かっていたので横に小さく動く
ヒュンっと鋭い音をたてそれは、先ほど自分がいた地面に刺さる
それは矢だった。山に住む狩り人はわりと矢を使うことが多い。山や森にあるもので矢は作れるし、背に背負えば場所をとらない
気付いた時には囲まれていた。20はいるだろうか、ぐるりと自分を囲うようにそれらはいた
緑の髪に琥珀色の瞳。人では決してあり得ぬ神聖さすら感じられるが、感情の乗らぬ作り物めいた顔立ち。そして髪からはみ出た長く尖った耳
森妖精人。エルフと呼ばれるもの達だった
エルフとシャロンカムイは切っても切れぬ関係だ。純血を重んじ閉鎖的なエルフもシャロンカムイとは交流を持ち、また子を成すことに抵抗はなかっただろう。少なくとも自分がこちらで生きていた時はエルフとシャロンカムイの子が集落にも少なからず存在していた
そもそもシャロンカムイ。森神人と呼ばれていた一族は、人に近い形をしているが、まったく違う生き物だ。人間はシャロンカムイを少し薬毒に詳しい森に住む奇特な人間だと思っているが、それは違う
シャロンカムイは木から産まれるのだ。聖母神樹とよばれるその樹は、真に思いあったもの同士が魔力を森の宝珠にこめると子を実として成す
そしてその子は生まれた時より森のコエを聞き、自然や命を慈しむ
ひとよりも精霊に近いだろう
そしてシャロンカムイは森に生きる全ての者にとって敬い、羨み、想う存在なのだという
エルフは森と生きる者なら、シャロンカムイは森そのものと言うわけだ
シャロンカムイは森を動かし、風を友とし、大地を尊ぶ
しかし、前世が何であろうと今は自分は人だ。しかも丸腰。
森に入る前からピンチであった。