イチ
深い森に囲まれた山。
標高もそこそこ高く、夜は霧と霜がかかり慣れていないものには厳しい寒さになる
シャロンカムイと呼ばれる我々一族のものは代々その樹海といっていいそこで、ひっそりと暮らしていた
森の声を聞き、風の歌を歌い、大地の鼓動を感じる
たまに樹海で採れる薬草で薬を煎じて山を下り町でそれを売る
決して裕福ではないけれど慎ましく、心豊かに
そんな一族に生まれた自分は勉強なんか大嫌いで、ろくに森の事を知ろうとしなかった。一族で最も幼い自分は長老の話なんかお構いなしで聞き流し、森の恐ろしさを聞いてもちっとも怖くなんかなかった
薬を煎じる事が一族で一番の優しい母と、森を最も知る朗かな父
厳しいものもいた。だが、圧倒的に甘やかされることのほうが多かった自分は何でもできる気がしていた。
未だに自分より幼い子供は生まれず周囲に可愛がられた自分は、長老の一人で森に入ってはいけないという言葉も忘れてラビットマウスを追いかけ気づけば深い森の中にいた
正直生きて帰れたのは奇跡だと思う。
最初の1日で、朧気な知識を頼りに集めたキノコや木の実。そのなかのキノコにあたり、3日腹痛や吐き気に見舞われた
しかし、森は弱者にどこまでも厳しく獣もまた新鮮で柔らかな肉を見逃しはしなかった
大小様々な獣が己を狙い追いかける。
まず、自分が手にいれたのは気配を消す事。そして武器と言うにはあまりにもお粗末なモノ。木の棒に蔦を巻き石をできるだけ尖るように石どうしをぶつけ合い削ったものを組み合わせた槍もどき
自分が食べられないようにすると同時に、自分も食べなければならない。
素養はあったのだろう。森に住む一族の血は容易く森に溶け込む術を教えた
キノコに木の実草や木の根花の蜜に至るまで手探りで自分の記憶を頼りに、またはほんの少し口に含み有害か、そうでないかを区別した
子供の脳とはなんとも柔軟で一度危ないと身をもって知れば決してそれを忘れはしなかった。
2ヶ月。2ヶ月もの間樹海をさ迷い、野生児と化していた自分を見つけたのは父で生まれて初めて手をあげられた
頬の痛みの瞬間、力強く抱き締められ集落に帰ったあと母は自分の姿を見て泣いた
愛されている、心から感じた瞬間だった
その時から自分は、父や母に誇れる自分になりたいと思った。
体で覚えた森の知識と父や母から受け継いだ血のおかげか、自分は集落の中でも一目おかれるようになっていた
18の頃。最早この世に貴方が作れない薬はないと母に言われ、お前はどんな森の声も聞けるだろうと父に言われたのは忘れもしない成人の義の日のことであった