第五話 疑惑
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翌日から、彼女に食事を食べさせるのは浅見の仕事になった。先生も浅見の変化を感じ取ったのか、この件について何ら異議を述べなかったのだ。
しかし、食べさせるだけといっても、浅見にとっては初めての経験である。本来なら介護士や先生に色々教わるべきところだったが、この病院にそんな人的余裕はない。
結局、代わりを務めるのは彼女しかいなかった。
「じっと見られてると食べにくいんだけど?」
「あ、悪い……」
「私が食べてる間は食べやすいように細かく砕くとか、やる事あるでしょ? ぼうっとしてても仕方ないじゃない」
「そ、そうだな……」
これではどっちが世話をしているのかわからない。浅見は心の中で小さくため息をついた。
この前の一件以来、どうも自分の方が見下されている気がする。見下されるのが嫌いな浅見にとっては、自分より年下の若葉にあれこれ命令されるのは相当屈辱的だった。
もっとも、この前全面的に謝罪してしまった身としては強く出るわけにもいかず、こうして耐えるしかないわけであるが。
「ほい、次」
「ありがと」
きちんとお礼を言ってくれるのが、せめてもの救いである。
若葉が食べている間、言われた通り食べやすいようにおかずを砕いていく。確かにこれなら彼女をじっと見る事はないし、ぼうっとする事もない。このように、彼女のアドバイスは命令口調ながらも一つ一つ適切だ。だからこそ、浅見は屈辱的なこの状況にも耐えられるのである。
だが、食事係を続けるうちに、新たに一つ別の問題が浮上していた。
「じゃ、次これ」
浅見が野菜炒めを箸で掴んで若葉の口許に運ぶ。すると、彼女が露骨に顔を歪めた。
「……いらない」
「なんで?」
「ピーマン入ってるし……」
「おいこら。好き嫌いすんな」
「嫌」
「はぁ……」
ぷいっと顔を背ける若葉に、浅見がため息をつく。とにかく、彼女は好き嫌いが多いのだ。浅見が何度説得しても、がんとして聞こうとはしない。
「あのなぁ、いい年して好き嫌いすんなよ。病気を治すのにバランスの良い食事は基本だぜ?」
「子供じゃあるまいし、そんなんで治ったら苦労しないわよ」
「いやいや、バカに出来んって。最近は食事で健康をつくるのがブームだし……」
「一日中病室にいるんだから、食事くらい好きにさせてくれたっていいじゃない」
「…………」
これを言われると、浅見もそれ以上強く言えなくなってしまう。とはいえ、このまま放っておくわけにはいかない。
(何かしら対策を考えないとな……)
そんな事を考えながら、浅見は黙々と食事の手伝いを続けるのだった。
離れから病院へと戻って来た浅見は、受付の席に座りながら早速若葉の好き嫌いに対する対策を考え始めた。
(ようするに、あいつの嫌いなものに含まれるのと同じ栄養を別のものから得ればいいわけだな。とりあえず、今日の献立の栄養バランスを調べてみなければ……)
病院にあった本を参考に、今日の献立に含まれていた栄養を分析していく。だが、調べていくうちに、浅見の表情はだんだんと険しくなっていった。
(……おかしいぞ、これは……)
本にあった食品の成分表にシャープペンシルでチェックを入れていく。だが、チェックした部分には明らかに偏りがあった。念のためここ数日の献立も同様に調べていくが、やはり同様だ。
(調理方法で色々変わるという話も聞くが、そういうレベルじゃない。そもそも材料に偏りがありすぎる。これじゃまるで……)
そこで浅見は一旦本を閉じると、丁度休憩中だった先生に声をかけた。
「先生、いつもここに運ばれてくる食事って、どこで作られてるんですか?」
「ん? この町の給食センターだよ。この町の小学校と中学校の給食を作ってるから、ついでにお願いしてるんだ」
「それ、どこにあるんですか?」
「小学校と中学校のすぐ近くだけど……それがどうかしたのかい?」
先生が不思議そうに浅見に尋ねる。
浅見はしばらく何かを考え込むように腕組みをした後、申し訳なさそうに言った。
「先生、ちょっとの間席を外してもいいですか?」
「え? まぁ、構わないけど……急にどうしたの?」
「ちょっと気になる事があって……なるべく早く戻ってきます」
「あ、うん……」
きょとんとする先生を病院に残し、浅見は自分の思い過ごしである事を願いながら給食センターへ向かった。




