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第一話 青葉町

内容は中学生〜高校生向けです。

子供っぽい部分もありますがご了承ください。

 人生は、退屈だ。

 どうしてこんなに退屈なんだろう。

 自分が生きている事に、一体どういう意味があるのか。そんな事を考え出すとキリがない。

 揺れるバスの中で、青年は少し大きめの荷物を抱えたまま深いため息をついた。電車とバスを乗り継いで八時間。ようやく、目的地に到着する。終点を告げる車内のアナウンスに、青年は席を立って出口に向かった。

 残されていた最後の客を下ろし、バスが去っていく。その最後の客であった青年は、重そうな荷物を肩にかけると、ゆっくりと歩き出した。


 青年が目指しているのは青葉町という小さな田舎町だ。別にそこが自分の故郷だとか、そこに知り合いが住んでいるというわけではない。青年はその町の写真すら見たことはなかった。それでも、この青年はその町を引越し先に決めたのである。

 青年が少し歩くと、『ようこそ青葉町へ』と書かれた小さな看板が目に入った。文字の塗装の一部は剥げ落ちていて、ところどころ錆びついている。

「聞いた通りだな…」

 青年はぽつりとそんな事を呟くと、町の中に足を踏み入れた。

 時刻はまもなく夜の七時になろうとしているが、夏真っ盛りのこの時期はまだまだ明るい。にも関わらず、青年が目にした店のほとんどは既に閉店している。田舎は店じまいが早いと聞いていたが、どうやら本当の事だったようだ。

 閑散とした夕暮れの大通りに、青年の小さな足音だけが響く。本当に人が住んでいるのか、正直疑わしい。

「こんばんは」

 青年がそんな事を考えていると、突然自転車に乗った見知らぬ中年の男性が声をかけてきた。

「……俺ですか?」

「そうだよ。あんた以外に誰がいるってんだ」

 青年は辺りを見回したが、確かに周囲に人影は見当たらない。

「……こんばんは」

「改めてこんばんは。見ない顔だが、旅行かなんかかい?」

 男性がそう尋ねる。何故見知らぬ人にそんな事を答えなければならないのか、青年は疑問に思いながらも答えた。

「いえ、ここに越してきたんです」

「ここに? 珍しい事もあるもんだね。こんな何もない田舎町に」

「すいません。急いでるんでもういいですか?」

 見知らぬ人と話す事に居心地の悪さを感じた青年は、早めに会話を切り上げるためにそう言った。

「ああ。そいつはすまなかったね。俺は四丁目で本屋をやってるんだ。よかったら買いに来てくれよな。取り寄せなんかもやってるから」

「ええ。機会があれば」

 都会では今時取り寄せをやっていない本屋などほとんどないが、田舎ではやっていないところもあるのかも知れない。青年は適当に相槌を打ってその場を離れた。

 手に持った地図を頼りに、新しい自宅に向かう。こんな小さな町では、探すのにも苦労はしないだろう。

「あら、こんばんは」

 すると、今度は見知らぬ老婆が声をかけてきた。

「……こんばんは」

 何故見知らぬ人に挨拶をするのか。青年は不気味に思いながらも挨拶を返した。

「見ない顔ね。どこからいらしたの?」

 老婆が上品な言葉遣いでそう尋ねる。青年は怪訝な顔で答えた。

「この町の人は住人の顔を全員記憶してるんですか?」

「そういうわけではないのだけれど……。この町は人が少ないから、ほとんどの人の顔は覚えてしまうの。特に、若い人は少ないから。それで、どこからいらしたのかしら?」

「……東京ですけど……」

 答える義理はないのだが、別に隠しておく事でもないので、青年は素直に答えた。

「まぁ、随分遠いところから。大変だったでしょう?」

「えぇ……まぁ……」

 温厚そうな老婆が大げさに驚いているのに対し、青年はさもつまらなそうに言った。

「こんな田舎に何のご用で? 旅行か何か?」

「……いえ、引っ越してきたんです」

 なおも質問を続ける老婆に苛立ちながらも、青年は一つ一つの質問に答えていく。

「随分お若いのにこんなところに越してくるなんて。おいくつでいらっしゃるの?」

「25です」

「お仕事は?」

「こっちで探そうと思いまして」

 実は青年は初めから仕事など探す気はなかったが、これ以上話しが長くなるのを恐れてそう言った。

 だが、青年の嘘は逆効果だったらしい。その答えに老婆は眉をひそめた。

「ここで? 残念だけど、ここには仕事らしい仕事なんてほとんどないわ。何せこんな田舎だもの。働ける場所も限られているし……」

「そうなんですか。いや、いいです。自分でなんとかしますから」

 余計に話が長くなりそうだったので、青年は慌ててその話題を打ち切った。

「そういうわけにもねぇ。ここであったのも何かの縁だもの。こんな若くてかっこいい男の子の苦境を見て見ぬ振りは出来ないわ。私が後五十年若ければ放っておかなかったのにねぇ……」

 老婆は目を細めて愉快そうに笑う。青年は苛立ちを抑えつつなんとか愛想笑いを浮かべた。

 実際、青年の容姿は平均以上だった。少し目尻が釣りあがっており、きつめな印象を与えるものの、顔立ちは整っている。

「そういえばお名前を聞いていなかったわね」

「浅見健吾といいます」

 浅見と名乗った青年はそう言って腕時計を見た。

「すいません、ここの不動産屋の人と待ち合わせているので、そろそろいいですか?」

「あら、そうなの。それは引きとめてしまって悪かったわねぇ」

 老婆が残念そうに言う。本当に申し訳ないと思っているのかは、浅見には判断出来なかった。

「それじゃ、俺はこれで」

 浅見が早足に老婆の横を通りすぎる。

「あ、待って」

 すると、老婆が何かを思い出したかのように浅見を呼び止めた。

「まだ何か?」

「そういえば、この町の病院で事務員を一人募集してたわね」

「病院の事務員?」

「えぇ。この間退職されたとかで、欠員が出ていたの。まだ空いていればいいのだけれど……」

「そうですか。ご親切にどうも。気が向いたら行ってみます」

「そうしなさい。それじゃ、また縁があったらどこかでお会いしましょう」

 そう言うと、老婆は人懐っこい笑みを浮かべて去っていった。

「……これが田舎ってものなのか……?」

 浅見は一つため息をつくと、重い荷物を肩に担いで、再び歩き始めた。


 老婆との会話に時間を費やしたおかげで、既に周囲は暗くなり始めていた。もちろん、こんな時間に不動産屋と待ち合わせなどしていない。浅見は東京の不動産屋から渡された地図を頼りに、なんとか新しい自宅を見つけ出した。

 町の中心部から少し離れた住宅街にある建物の一つが、彼の新しい自宅だ。一軒家とはいえ、あまり大きくはない。東京に住んでいた頃の3LDKのマンションの方が遥かに広かっただろう。

 だが、浅見がこの家を選んだのはその狭さにあった。一人暮らしをするのに、大きい家など邪魔なだけだし、掃除も面倒だ。このくらいの大きさが丁度いい。

 浅見は荷物の中から鍵を取り出すと、ドアノブに差し込みくるりと右に回す。かちり、という小さな音を確認して、ゆっくりと扉を開いた。

 この家はもう大分使われていないらしいが、入居者が来ると事前に聞いていたのか、中はきちんと掃除されていた。

木造家屋独特の匂いが浅見の鼻をつく。都会で生まれ、都会で育った彼にとっては少し新鮮だった。玄関で靴を脱いで、廊下を歩いて行く。歩くたびにぎしぎしと音が鳴った。

(……大丈夫か? この家……?)

 耐震性能は最低であろう事を予想しながら、浅見は奥のふすまを開いた。

「おぉ……」

 4畳半の畳部屋。ここが、今日から彼の暮らす部屋になる。今までフローリングの床でしか暮らした事のなかった彼には畳の床は初体験だった。恐る恐る一歩足を踏み入れる。フローリングとは違う少し柔らかな質感がした。

「へぇ……値段の割にはなかなかいいじゃないか……」

 こんな田舎に住みたいなどと思う者はいないのか、この家と土地はほとんど二束三文だった。当初はローンを考えていたのだが、あまりの安さに現金で一括購入してしまったほどだ。生活は不便かもしれないが、騒音や汚染だらけの都会よりこちらの方が自分にはあっているかもしれない。

そんな事を考えながら、浅見は畳の上に大の字に横たわった。今日はベッドはおろか布団すら用意していない。こちらで購入する予定だったのだが、先程見た限りもう店は閉まっているだろう。

浅見は鞄の中から毛布を一枚取り出した。万が一のために持ってきておいてよかったと考えながら、毛布をかぶる。長旅の疲れか、その日はあっという間に深い眠りに落ちていった。

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