第七話
少女は胃が収縮しているのか勢いの割にはあまり食べなかった。
男は残ったスープを飲み干し、立ち上がって言った。
「買い出しに行くぞ」
・
・
・
この街に立ち寄った本来の理由は物資の調達だった。日もだいぶ高くなってきたので本来の目的を果たすことにしたのだ。
「……今更だけどさ」
「あ?」
しばらく歩いて街の『表』の喧騒が近づいてきたとき、歩きながら少女は言った。口が布で覆われているため声がくぐもっている。
「なまえ、なんていうの?」
「……」
本当にいまさらだった。ほぼ丸一日一緒にいたというのにまだお互いの名前すら知らなかった。少女の歩くペースが少し早くなる。
「あたしはエレン・ディーン。おまえは?」
「俺は……ヴァン、いやローランドだ。ローランド・ジョンズ」
少女、いやエレンは訝しげな視線を送ってきたが、それを黙殺する。
そのままお互いに無言で歩いて行くと、ついに表通りに出た。
表通りは活気があった。さっきまでいた裏通りとは比べ物にならない。たくさんの露店が並び、行商人たちがよその地域の特産物を売っていて、それを物珍しそうに眺める人々。まだ昼飯時ではないが、肉やパンの焼ける匂いが漂っていた。
エレンもまともに見たことがないのだろう。せわしなく首をめぐらせている。きっとフードの下の目は輝いていることだろう。
「表の地理はわかるか?」
「一応は。でもあんまり期待しないでよ」
まあ何とかなるだろう。そう思っていて昨日は道に迷ったのだが。
エレンの体力も心配なのであまり見て周らずに食料など最低限のものだけ買って終わりにすることにした。
・
・
・
表通りに入るのは初めてだった。奴隷だった頃もたまに見ることができたが、じっくりと見ることはできなかった。そして見るたびに一度でいいから行きたい、と思った。そして今日、ついにその願いが叶った。しかも、これからはいつでも(ローランドの許可をもらう必要はあるが)『表』に行けるのだ。
もっとも、せっかく訪れた表通りには長くはいられなかったのは不満だが。
あの男、ローランドには一応感謝している。あの忌々しい烙印から解放されたのも、ああして表通りに行けたのも、全てあの男のおかげなのだから。しかし、信用できるのかと言われれば答えはノーだ。
まずローランド・ジョンズという名前も偽名だろう。あの黄色に近い肌と黒い髭は鬼人の特徴のはず。昔の奴隷仲間にも鬼人はいた。そしてその鬼人の名前はかなり特徴的だった。まあ名づけ親が普通の名前を付けただけかもしれないが。