第六話
話がまとまった後、また彼女は寝てしまった。あのふつうではない痩せ具合からして碌なものを食べていないのだろう。
どうしたものか、と男は髭の伸びきった顎をなでる。ゴワゴワとした感触は不快だったがわざわざ剃る気はない。
眠っている少女を何となく見る。どれぐらいの間洗っていなかったのか、老人のように白い髪はくすんで縮れている。そのせいで髪の量が増えて見え、頭を大きく感じさせられた。顔も隠れてしまって満足には見えないが覗いた部分を見る限りまだ14,5歳ほどか。年齢不相応に頬はこけ、乾いている。
何をするにしても彼女が起きるまで待つ必要がありそうだった。
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微かに香る香ばしい香りに目を覚ます。空っぽでいることの方が長かった胃袋が収縮するのを感じた。
上体を起こし、匂いの元を探す。あの男が椅子に座っているのが見えた。その手には焼きたてのパンが握られていた。唾液が急ピッチで分泌されている。垂らすまいと飲み込もうとすると、
『ぎゅうぅぅぅ』
腹が震え、あの空腹を示す音が漏れた。
「……起きたか」
男は無表情でこちらを見た。この男は基本的に無表情だが、今はそれがより羞恥を煽った。顔が熱い。赤く染まっていることだろう。
自分に腹が鳴ることに赤面するプライドが残っていたことに少し驚いた。
「食えるか?」
男がパンを示して問う。頷き、渡されたパンと金属製の水筒を受け取る。急いで飲み込んだが喉より奥に入らない。水で押し込もうとするが、水ごとこみ上げてきて、吐いてしまった。
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「やっぱり無理か」
男は一人頷く。長い間まともなものを食べていない少女の体は一気に流し込まれたパンすら受け付けないらしい。
しかたがない、と呟き、ローブの下から小さい鍋を取り出した。とても小さいとはいえローブの下には入らない大きさだが男は何事もなかったかのように更に水の入った瓶と干し肉、乾燥させた草を取り出し、全て鍋に入れた。そして幾何学模様の書かれた紙を二枚広げ、鍋の下に重ねて敷いて中身を木製のお玉で混ぜ始めた。
少女が黙ってそれを見ていると、少しずついいにおいが漂い始める。火を使っていないにも関わらず鍋からは湯気が立ち、水分の抜かれていた食材が元の姿に戻る。
少女が驚きに目を見張っていると男は再びローブの下に手を入れ木のスプーンとお椀を取り出し、スープをよそって渡した。ほのかに胡椒の香りがする。
「ゆっくり良く噛んで食えよ」
言いつつ自分は母親か、と思い苦笑する。
「おいしい……」
スープは薄味だったが今の少女には丁度良かった。干し肉についていた塩と胡椒の味と微かな苦みがした。彼女は知らなかったが一緒に入っている草は消化を助ける薬草だった。
男は自身も別の椀でスープを飲んでいた。