第四話
目を覚ますと汚い天井が見えた。あちこちにカビが生えている。それでも屋根があるだけましだったが。ふと違和感を感じた。全身を包む布とその下にある僅かばかりのクッションの感触。異臭がするし、お世辞にも清潔とは言えなかったが、堅い木の床、もしくは土の上で寝ることに慣れていた自分はその柔らかさとなめらかさに軽い感動を覚えた。
「あったかい……」
体を猫のように丸める。このまま永遠にこの布団の中で眠っていたかった。しかしずっとまどろんでいることはできなかった。
「目が覚めたか」
はっとする。聞きなれない男の声。自分の主人である男のしゃがれた声ではない。もっと低く、疲れきっているような声だった。
全身に電流が流れたかのような感じ。声がした方向とは逆に飛び込み、野生動物のように低く身構えた。
見えたのは汚れたくすんだ茶色のローブを着、フードを目深に被った男だった。見える口元の肌は黄色く、黒い無精ひげに覆われている。
男の姿を確認した途端、記憶が蘇った。自分はあの男に買われたのだった。そして忌々しい『奴隷の烙印』を彼女自身の手で見せさせられ、その後全身に異常な痛みと熱を感じてそのまま……。
ベッドに寝かせられていたということは気絶している自分を犯したのか。何もしていないとは考え難い。
「調子はどうだ?頭痛がするとか、ないか?」
男が尋ねる。歯をむき出しにして睨みつける。
「その様子ならなさそうだな。……これでも被っていろ」
そう言って男が出したのは清潔そうな新しいシャツだった。そしてそれをこちらに放る。
そこで自分が何も着ていないことに気づく。男から視線を外さぬままシャツを受け取り、着る。
「逆だぞ、それ」
シャツなど着たことがないからそんなことさえ言われなければ分からなかった。今までの自分の人生を思い出し惨めになる。
サイズはやはり大きく、膝の上まで隠れた。
「下は……ベルトもないしな。とりあえずはそれで我慢してくれ。女物の下着なんぞ持っていないしな」
頼むように男は言うが、逆らえないというのにわざわざそんな態度で言うことに腹が立つ。
「さてと。ここからが本題だ」
男はブレスレットを見せつけた。少女の頭に諦めの意が流れる。自分は結局奴隷のまま。主人が変わっても自分の意思で行動することはできないのか、と。
「立て」
ここで違和感に気づく。『奴隷の烙印』が発動しない。ブレスレットは見た。命令も聞こえた。しかし体は勝手に動かない。命令通り立ち上がらず、低い姿勢のままだ。
「座れ」
男が新たな命令を出す。しかしやはり動かなくて済んだ。手を握ったり開いたりしてみる。問題なく動いた。体がおかしくなったわけではないらしい。
「成功か」
男は満足そうに一人頷いた。