第二話
男は財布から銀貨を二枚取り出し、奴隷商に渡した。
「へい、確かに。これでコイツはあなたのものです」
奴隷商は少女の腕をつかみ、強引に立たせた。
「おい、そいつはもう俺のものなんだろう?あまり手荒に扱わないでもらいたい」
「こいつは失礼しやした」
そう言って奴隷商は割と丁寧に、しかし汚いものを触るように少女を男に引き渡した。
少女は奴隷商が手を離すとよろけたが、なんとか立っていた。
「また奴隷が必要になったらお越しください」
この地になじみのない男にはどこに行けば再び会えるのかも解らないのに、奴隷商がそうお決まりの文句を言うのも無視して男は踵を返し、少女がついてくるのを確認しながら歩き去って行った。
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彼女を買った理由の一つは道案内である。まったく土地勘のないこの地では宿を探すことさえ男にとっては難しい。
これが『表』なら話は別だが、この『裏』から出られないのだから関係ない。
「とりあえず、宿屋に案内してくれ。個室があって眠ることさえできれば質は問わない」
ダークエルフの少女は反抗的な目で男を睨みつける。が、男が手首を見せると苦々しい顔をしながらも先行して歩き始めた。
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彼女が案内したのは埃っぽさの目立つ、この通りにはマッチした外観と内装の宿屋だった。
店主らしい骨と皮ばかりの老人に泊まる旨を伝え、立てつけの悪い戸を開き、彼女と共に個室へ入る。
部屋に入った途端、彼女は部屋の隅へ機敏に移動し獣のように男を、殺意さえ籠っているかのような眼で、睨みつける。しかし男にはそれが追いつめられた獣と同じであることが分かっている。必死の強がりで、怯えた様子を気取られまいとしていることが。
「そんなに警戒しなくてもいい。俺はお前のようなガキに欲情するほど飢えてはいない」
男がそう言ったところで彼女の態度に変化はない。むしろ敵意が増したようにさえ見えた。
無理もない、と男は苦笑する。もっとも、傍から見ても分からないほど小さなものだった。
生物として彼女は当然メスであり男も当然オスだ。そして彼女は奴隷であり、男はその主人にあたる。場所は四方を壁に囲まれた密室である。防音性能は期待できないが、男が気にしなければそれまでで安心材料としては心もとない。
まとめると男に行為を迫られれば彼女には抵抗さえもできないということだった。
男は冷めた目で己の左腕に嵌められたブレスレットを見る。あの奴隷商人に渡されたものだった。
「……『奴隷の烙印』を見せろ」
奴隷が主人に逆らえない理由。そして奴隷が奴隷足りうる理由。それが『奴隷の烙印』だった。
主人の証である装飾品(中にはタトゥーにしている者もいるらしいが)を持っている者の命令に反応し、命令を本人の意思に関係なく実行させる、らしい。
誰も奴隷のことなど詳しく知りたがらず、男も奴隷になったことはないため、それがどんな気分なのか、どんな風に感じるのかなど分からないし、分かる気もなかった。
少女はためらいつつも男の命令には逆らえず、申し訳程度に体を包んでいた布切れを上半身だけ外した。
余分な肉、最低限必要な筋肉や脂肪さえない、肋骨の浮いた体。あちこちにあるこれまでの彼女への待遇が見て取れる痣に擦り傷。そして胸のやや左寄り、心臓の上に奇妙な形の焼印があった。
幾何学模様と無数の文字が描かれている。これが『奴隷の烙印』だろう。
少女は羞恥と屈辱から顔を赤くしていたが、男には関係がない。その印を探るように凝視しているだけだった。