第十六話
涼は走っていた。彼のこの世界で最も頼りになるであろう男のもとへ。
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目覚めた彼に昨夜から全く格好の変わっていないエレンが言うには、もう食料がないという。なんでも水もパンもローランドが持っていて、そのローランドは未だに帰ってきていない。残るは干し肉の塊が一つ。 いつ彼が今日中に帰ってくるかはわからない。もしかしたら明日かもしれず、これだけでは心許ない。
「あいつがもう食い物がないって気づいて戻る可能性は?」
「そこまで気が回るようには見えないけど」
自分より長くあの男と過ごしている彼女が言うのならそうなのだろう。
涼がローランドに対するより一層の失望のため息をつくと、彼女は付け足した。
「でも、お金は置いて行ったみたい」
小さな革袋の口を広げ、中身を見せる。何枚かの銅貨が入っていた。
彼女に断ってから一枚摘まんで眺める。いびつな円で、平らではなく歪んでいる。これが本物の銅貨というものか、と一頻り撫でて満足し、彼女に返す。
「たぶん、だけど。自分たちで何か買って来いってことじゃないかな」
袋の中へ銅貨を戻しながら自信なく言う。
なんでも金額を確認したところ、彼女を給金と同額だったらしい。
「じゃあ、行くか」
二日も取り換えていない服が不愉快でじっとしていたくなかったし、いい加減この埃っぽい部屋から出たかった。
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一応は異性と二人きりでの買い物なわけだが、涼の心にその手の興奮はない。彼にとってこの世界の人も、物も、全てが異物であり、敵なのだ。ましてや、今のところ最も嫌っている男と同じ服装で、顔も見ることができない。風呂も入っていないようで、異臭さえする。中世において風呂など庶民が入れるものではないだろうから当然なのだが、異性として意識しなくなるには十分だった。
「こっちに出店があったはず」
ただ、その声は愛らしい。布のせいでくぐもっているが、鈴のようなと形容できる。目の前で歩いている彼女をぼんやりと見ながら、思った。
「おい、そこのチビ」
荒っぽい声にはっとする。見ればエレンの前に壁のように三人の男が立っていた。