第十二話
涼がローランドという男のことについて何も知らないことが分かると、彼女は話しかけてこなくなった。
相変わらずフードをすっぽりとかぶったままベッドに腰掛け、大きな紙を眺めている。
涼もこの怪しい人物についてわかるのは女であるということと、あの男と何らかのかかわりがあるということだけだったから、話しかけようとは思わなかった。
それでもお互いに気になるので、ちらちらと盗み見ては目が合ってあわてて逸らす、ということをしばらく繰り返した。
結局その日、ローランドは帰って来なかった。
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宿で二人が気まずい思いをしている間、ローランドは酒場のカウンター席で酒を呷っていた。度数の高い酒を、結構なペースで喉へ流し込む。
彼のいる酒場は少々年季が入っているが、多くの人で賑わう、活気のあるところだった。集まっているのは荒くれ者ばかりなので、かなり騒がしい。しかし、その中には多少胡散臭い人間も多いため、全身を布で覆ったローランドの姿も多少は風景に溶け込んだ。
「おい、ここはガキの来るところじゃねぇぞ」
背後から肩を掴まれる。大きく、厚みのあるゴツゴツした手だ。
ローランドは確かに小柄なので後ろから見ればそう見えないこともない。
「聞いてんのか?」
反応しない彼に低く凄んだ声を出す。若干呂律が回っていないところから見て、大分飲んでいるようだ。 男はつかんだ肩を思い切り引こうとしたが、
パキッ
という枯れた枝が折れる音がすると、彼の手は何の抵抗もなく彼の手元に戻った。
しばし呆然としていたが、自分の指が親指以外全て不自然な方向に曲がっているのに気づいた瞬間、折れた指の電流のような痛みを知覚した。
「うるさい奴だ」
脂汗をかきながら手を抱え込んで叫ぶ男を、ローランドは冷めた目で見た。椅子から立ち上がり、体を丸めて悶えることによって低い位置に来た男の頭を掴み、ボールでも持っているかのように前へ投げた。
とても足腰の踏ん張りが利く状態ではない男はそのまま後ろへ倒れこんだ。
男は近くのテーブルにあった瓶を折れていないほうの手でつかみ、一気に飲み干した。息が荒い。興奮状態になり、さらにアルコールを入れることで痛みを克服したらしい。男は血走った目でローランドを睨み、背中の剣を抜いた。
「そうこなくては」
ローランドは、自分を殺すつもりの男を前にして、唇を歪めた。