第九話
いつも通りに朝食をとり、制服を着て家を出ようとした瞬間、視界にノイズが走った。目の前が真っ暗になり、脳を直接かき回されるような不快感に襲われ、平衡感覚が無くなった。吐き気がこみ上げたが、自分が吐いたのか吐いてないのかすらもわからなかった。そのまま意識を失い、気がつけば、見たことの無い景色が目の前に広がっていた。
外国の街かと思ったが映画で見た魔法使いのようなローブ姿の人々。そして白昼に堂々と剣やメイスを携える人々。
自分だってゲームをすれば、漫画だって読む。頭の中に『異世界』と言う言葉が浮かんだが、自分でその考えをかき消した。ばからしい。きっとここは外国で、今日は祭りだからあんな格好をしているに違いない。なぜ自分がこんなところにいるかは謎のままだが。
しかし、どちらにしても先行きは不安だった。街の看板を見ても読めず(英語ですらなかった)、当然人が何を話しているかなんて見当もつかない。
宿を借りることもできず、ふらふらと歩いた。空腹だったのでふと漂ってきた食べ物の匂いに誘われ歩くと、着いたのは酒場だった。
頭も回らずボーっとしていると、顔を真っ赤にし、興奮した男たちが出てきた。あわてて物陰に隠れて伺うと、男たちは激しく罵り合い、ついに男の一人が剣を抜いて別の男を斬った。噴出す赤い液体。
それを見てやっと、今時分がいるのはどういうところなのかを理解した。
そこから先はあまり覚えていない。
頼れるものが何一つなく、生まれて初めて見た人の死。味わったことの無い飢餓感。そして、未来への不安。自分があの男のようにあっさりと殺される映像が頭に浮かんでそのまま居座った。
そのまま眠れずに朝を迎えた。日本と変わらない太陽の姿と明るさに勇気付けられ、一晩過ごした陰から這い出て、街を歩いた。本当は、ただ自棄になっていただけかもしれないが。
街行く人の奇異の視線に晒されながら、進んだ。そして、もう二度と見ることは無いだろうと思っていた文字に、一日ぶりに再会した。