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ノルディア王国 決闘令嬢シリーズ

婚約破棄ですか? よろしい、ならば決闘いたしましょう

作者: 北村えり
掲載日:2026/08/23

決闘令嬢シリーズ第10弾 ラスボス王女様です。

一応この話でシリーズ最終回となります。

この話だけでも楽しめますが、

シリーズ全て読んでるともっと楽しめると思います。


その年、ノルディア王立学園の卒業祝賀会は、

例年とは違う場所で開かれることになった。


理由は単純である。

学園の大広間を含む一部施設が、大規模な設備改修の真っ最中だったからだ。

そこで今年に限り、

卒業祝賀会の会場として提供されたのが――ノルディア王城の大広間であった。


「王城ですか……」

「王城ですね……」


開宴前。

豪奢な大広間を見渡しながら、王立学園の教師たちは妙に神妙な顔をしていた。

ここ数年、彼らは卒業祝賀会という催しに対して、

少々特殊な警戒心を抱くようになっている。


「去年は……まあ、平和でしたね」

「鉄バット同士の決闘が?」


「一昨年も平和でした」

「その基準でよろしいのですか?」


教師たちはしばらく黙った。

そして一人が、希望を込めるように呟く。


「……しかし、今年は王城ですよ」

「ええ」

「さすがに王城で決闘など起きませんよね」


全員が、ほっと息を吐いた。


その会話を運命の女神が聞いていたかどうかは定かではない。

ただし結果だけを言えば、その日の夜、教師たちは揃って思うことになる。


――なぜ自分たちは、

あんなにもわかりやすいフラグを立ててしまったのだろう、と。



王城で行われる卒業祝賀会ということもあり、

その年は例年より多くの招待客が集められていた。

卒業生の家族だけではない。

王立学園にゆかりのある卒業生や王国軍関係者、貴族、各分野で活躍する者たち。


かつてこの学園を卒業し、

その卒業祝賀会で妙に印象的な決闘を繰り広げた令嬢たちの姿も、

ちらほらと見える。


そんな中、この日の主役となる卒業生の一人が壇上へ上がった。


「本年度、最優秀卒業生――アーデルハイド・フォン・ノルディア王女殿下」

大きな拍手が響く。

さらさらとした金髪は胸の下まで伸び、

宝石のアメジストを思わせる紫の瞳は、落ち着いた知性を湛えている。


純白を基調としたドレスには金糸の刺繍が惜しみなく施され、

ところどころに王家を象徴する紫が差し込まれていた。

過剰なフリルや飾りで華美にするのではなく、

細かな刺繍と仕立てそのものの美しさで王女としての格式を示した装いである。


十八歳。

ノルディア王国第一王女。

そして、王太子マクシミリアン・フォン・ノルディアの四歳下の妹だった。


アーデルハイドは一礼し、首席卒業生としての証を受け取る。

彼女が優秀であることは、今さら王城に集まった者たちへ説明するまでもない。


記憶力に優れ、王族教育のほぼすべてを高水準で修め、

学業だけでなく若くして王族としての実務にも携わっている。


地方へ赴けば自ら民の声に耳を傾け、王都へ戻れば改善案としてまとめ上げる。

国王の公務補佐を任されれば、膨大な資料にも難なく目を通し、

必要な情報を正確に拾い上げた。


まだ十八歳でありながら、

その実績はすでに王太子を上回るのではないかと評する者さえいる。


貴族の間では、以前から囁かれていた。

――次代の王に相応しいのは、むしろ王女殿下なのではないか、と。


だが本人は、その噂について一度も口にしたことはない。

ただ、自分に与えられた役目を果たしてきただけである。



壇上を降りたアーデルハイドへ、一人の青年が近づいた。

紺色の髪に、氷のように淡い青の瞳。

端正ではあるが、どこか冷たい印象を与える顔立ち。


ミッテルハイム侯爵家の令息、

アルブレヒト・フォン・ミッテルハイム。

二十二歳。

アーデルハイドの婚約者だった。


「おめでとうございます、姫様」

「ありがとうございます、アルブレヒト」


アーデルハイドが穏やかに礼を返すと、

アルブレヒトも端正な顔に微笑みを浮かべた。

だが、その笑みにはどこか温度がなかった。


「ですが……少々、困りましたね」

「何がですの?」

「姫様は、あまりにもご優秀になられてしまいました」


思いもよらない言葉に、アーデルハイドはわずかに目を瞬かせた。


「優秀であることは、何か問題でしょうか」

「私にとっては」


アルブレヒトの口調はあくまで丁寧で、

声を荒らげることもなければ、不満げな表情を見せることもない。

だからこそ、続く言葉はかえって冷たく響いた。


「私は、妻には私を支えていただきたいのです。

ですが姫様は、あまりにご自身で何でもできてしまう。

今では私より高く評価されることさえある」


「事実を述べていらっしゃいますわね」


「ええ。ですので――婚約を解消いたしましょう」


あまりにもあっさりと告げられた言葉に、ざわりと大広間が揺れた。

教師たちの表情が一斉に固まる。


今年は王城である。

さすがに決闘騒ぎなど起こらないだろうと、

つい先ほど自分たちで話していたばかりなのだ。


――なのに、もう始まった。


「理由は、それだけですの?」


周囲が騒めく中でも、アーデルハイドの声は静かだった。


「十分でしょう。姫様は、私の手には余ります」

「……つまり、わたくしがあなたの思う通りに動かないから?」

「簡単に申し上げれば」


アルブレヒトは少しも悪びれず、薄く微笑んだ。


「私の思い通りにならない人はいりません」


その瞬間、アーデルハイドのアメジストの瞳から、

わずかに残っていた柔らかな色が消えた。


「……そうですか」


ほんの短い沈黙の後、

彼女は大勢の招待客が見守る中で、改めてアルブレヒトをまっすぐに見据えた。


「このような祝いの席で、そのような理由から公然と婚約破棄を宣言されたことで、

わたくしの名誉は傷つけられました」


「……何をおっしゃっているのです?」


「ですので」


怒声もなければ、激昂もない。

ただ、いつもと何一つ変わらない優雅で落ち着いた声で、

アーデルハイドは告げた。


「よろしいですわ。ならば決闘いたしましょう」

「……はい?」



ノルディア王国には、古くから正式な決闘制度が残されている。


貴族同士が名誉を巡って争った場合、

互いの胸元に一輪の薔薇を留め、

先に相手の薔薇を散らした者を勝者として決着をつけるものだ。


もちろん、殺し合いではない。


使用されるのは殺傷能力を抑えた決闘専用の武器であり、

相手の身体へ重大な傷を負わせないための規則も細かく定められている。

また、決闘を申し込まれた側には、使用する武器区分を選ぶ権利がある。


近接武器、遠距離武器、魔法の使用可否など。

指定された条件の範囲内で、双方がそれぞれ得物を選ぶ。


名誉を守るための制度である以上、王族であっても例外ではない。


むしろ――この国の王族こそ、

決闘という文化に最も深く染まっていると言ってもよかった。


なお、王立学園の教師たちは通常の正式決闘を裁定する資格を持っており、

学園行事で生じた決闘では、その場の教師が審判を務める。



「では、使用する武器区分をお選びください」

教師に促され、アルブレヒトはほとんど迷うことなく答えた。

「近接武器でお願いします」


彼自身、槍の扱いにはそれなりの自信がある。

相手は王女とはいえ、華奢な令嬢だ。


わざわざ魔法や遠距離武器を許可する必要もない――そんな考えが、

その余裕のある表情から透けて見えた。


「承知しました。では、アルブレヒト様がお使いになる得物は?」

「槍を」

「かしこまりました」


教師が頷くと、ほどなくして決闘用の槍が運ばれてくる。

アルブレヒトは慣れた手つきで受け取り、穂先から柄までを一度確かめた。


続いて、教師がアーデルハイドへ向き直る。


「アーデルハイド殿下は、何をお使いになりますか?」

「そうですわね……」


アーデルハイドは少しだけ考えるように視線を巡らせたあと、

何でもないことのように答えた。


「鞭をお願いいたしますわ」

「鞭、ですか?」

「ええ」


一瞬だけ意外そうな顔をした教師だったが、すぐに頷いた。


「承知しました」


ほどなくして運ばれてきたのは、白い革を丁寧に編み込んだ決闘用の鞭だった。

アーデルハイドはそれを受け取ると、軽く手首を返して重さとしなりを確かめる。


「鞭、ですか」


槍を手にしたアルブレヒトが、わずかに鼻で笑った。


「その程度の間合いで、私の槍に勝てると?」

「試してみればよろしいのでは?」


アーデルハイドは涼しい顔で答えると、

胸下まである金髪を高い位置で一つにまとめた。


純白のドレスに、揺れる金のポニーテール。

その手には、細身の白い鞭。

華やかな祝賀会の王女としては、ひどく不釣り合いな組み合わせ――のはずだった。


だが、アーデルハイドが鞭を握る姿には、不思議なほど違和感がなかった。


「準備はよろしいですか?」


教師の声に、アルブレヒトが槍を構える。


「いつでも」


その向かいで、アーデルハイドも鞭をゆるく構えた。


「わたくしも、いつでもよろしくてよ」


教師が二人を見比べる。


「始め!」


合図と同時に、アルブレヒトが勢いよく踏み込んだ。


「鞭など、こちらへ届く前に――」


その言葉は最後まで続かなかった。

アーデルハイドの右腕がしなやかに振るわれ、

肩から肘、手首へと流れた力が白革の鞭を一気に走り抜ける。


パァン――!


鋭い破裂音が大広間に響いた。


次の瞬間。

アルブレヒトの胸元から、一輪の薔薇が宙へ舞った。


「…………」


踏み込んだ姿勢のまま、アルブレヒトが固まる。

アーデルハイドは鞭を静かに引き戻し、少しだけ首を傾げた。


「……雑魚ですわね」


教師の誰かが呟いた。

「王城なのに……」

「いや、王城だからなのでは……?」



「アーデルハイド!」


怒声とともに人垣を割って進み出てきたのは、

金髪に紫の瞳を持つ青年――王太子マクシミリアン・フォン・ノルディアだった。


二十二歳になった彼は、四年前より多少大人びてはいたものの、

こちらを見下ろすような尊大な目つきだけは何一つ変わっていない。


「何という真似だ!」

「正式な決闘ですわ、お兄様」

「そういうことを言っているのではない!」


マクシミリアンは、いまだ呆然と立ち尽くしているアルブレヒトを一瞥した。

彼は王太子の側近としても近くに置かれている青年である。


「お前まで、男を立てるということができないのか!」


その言葉に、大広間の一角で銀髪のリーゼロッテ・フォン・トートヴァルトが

ゆっくりと瞬いた。

四年前、まったく同じようなことを言ったマクシミリアンを、

巨大鎌で叩き伏せた本人である。


「……懐かしいですわねぇ」

「そこ、懐かしがるところですか?」

隣のエルンストが小声で返す一方で、

アーデルハイドの表情からは、それまでわずかに残っていた柔らかさが消えていた。


「まだ、そのようなことをおっしゃっているのですね」

「何?」


「四年前、リーゼロッテ様に敗れ、

お父様から王太子教育をやり直すよう命じられたはずですわ」

「私は十分に学んだ!」

「何を?」


静かな問いだったからこそ、広い大広間によく響いた。

マクシミリアンは一瞬言葉に詰まり、苛立ったように頬を引きつらせる。


「王女であるお前は、いずれ降嫁する身だ!

余計なことなど考えず、夫に従っていればいい!」


その言葉に、大広間が水を打ったように静まり返った。

アーデルハイドはしばらく兄を見つめていたが、やがて小さく息を吐く。


「……よくわかりましたわ」

「何がだ」


「お兄様には、王太子の座を明け渡していただくことにします」

「は?」


今度こそマクシミリアンの顔から表情が消えた。

だがアーデルハイドは構わず国王夫妻へ向き直り、真っ直ぐに告げる。


「お父様、お母様。王位継承権を賭けた正式決闘を申請いたします」

「アーデルハイド……」


国王フィリップが眉を寄せる。

その隣で、王妃マルグレーテは驚くでも慌てるでもなく、

手にしていた扇を静かに畳んだ。


「無差別級総合決闘を?」

「はい」


ざわり、と今度こそ大広間全体が大きく揺れた。


無差別級総合決闘。


それはノルディア王家に古くから伝わる、王位継承争いなど、

よほど重大な理由がある場合にのみ許される上位決闘である。


通常の決闘とは違い、武器の制限はない。

剣も槍も弓も魔導銃も同時に使用でき、魔法も徒手格闘も許可される。

武器の奪取、拘束、投げ技に至るまで、

規定された安全措置の範囲内であれば何をしても構わない。


ただし、たった一つだけ変わらないものがある。


勝敗を決めるのは、胸元に留めた一輪の薔薇。

先に相手の薔薇を散らした者が勝者となる。


そして王位継承権を賭けて正式に成立した場合、

その勝敗はそのまま次代の継承者を決することになる。


「逃げるのですか、お兄様?」


アーデルハイドが静かに問いかけると、

マクシミリアンの表情がたちまち険しくなった。

もともと高い自尊心を真正面から刺激されて、引き下がれるはずもない。


「誰が逃げるものか!いいだろう。王族としてどちらが上か、思い知らせてやる!」


自信満々に言い切る息子を前に、フィリップは深々と額を押さえた。

その隣では、対照的にマルグレーテがにこやかに微笑んでいる。


「では、許可いたしますわ」

「マルグレーテ!?」


「正式な申し出ですもの。理由も十分でしょう?」

「いや、しかし――」


なおも口を挟もうとしたフィリップへ、マルグレーテが笑顔のまま顔を向ける。


「陛下」

「……はい」

国王は黙った。


そのやり取りを見ていた教師たちは、揃って遠い目をする。


「……王城なら、さすがに決闘は起きないと思っていたんですが」

「誰がそんなこと言ったんでしたっけ……」

「我々です……」



王城大広間は、ほどなくして正式な決闘場へと作り替えられた。


王宮魔術師長がアーデルハイドとマクシミリアンの双方へ

最高水準の防御魔法を施し、さらに大広間全体を覆う強固な防護結界を展開する。


王位継承を賭ける無差別級総合決闘ともなれば、

その安全措置も通常の決闘とは桁が違う。


たとえ至近距離から大砲を撃ち込まれたとしても、致命傷には至らないほどだ。

なぜ王城の大広間で、そこまで本格的な決闘ができるようになっているのか。

それを深く考えてはいけない。


ノルディア王国だからである。


「では、武器を選べ」


長剣を手にしたマクシミリアンが促したが、

アーデルハイドはあっさりと首を横に振った。


「選びませんわ」

「何?」

「すべて使います」


一瞬、大広間が静まり返った。

その中で一人だけ、特に驚いた様子もなく眼鏡の位置を直した青年がいる。


エリアス・フォン・シュヴェルト、二十六歳。


アイスブルーの長髪を低い位置で一つにまとめた灰色の瞳の青年で、

ノルディア王国決闘省に所属する決闘武器専門官である。

正式決闘に使用される武器の登録や管理、安全基準の策定までを担う、

文字通り武器の専門家だった。


「すべて、お出しすればよろしいのですね?」

「ええ」

「……秘蔵のものも?」


その問いに、アーデルハイドの紫の瞳がわずかに輝いた。


「もちろんですわ」


エリアスもまた、どこか満足そうに眼鏡を押し上げる。


「承知いたしました」


エリアスが合図すると、壁際に設けられた扉が次々と開き、

その奥から大量の武器が運び込まれてきた。


剣や槍、大剣、斧、弓、魔導銃といった見慣れたものから、

棒、刀、巨大鎌、巨大な戦槌、小型の投擲武器まで。

中には、どう扱うのかすら一目ではわからない奇妙な形状の武器まで混じっている。


それらが大広間の壁際へずらりと並べられていく光景を眺め、

教師の一人が思わず呟いた。


「……王城って、学園より武器が揃ってません?」


すると、近くにいたエリアスが何の疑問も抱いていない顔で答える。


「王城ですから」

「その説明でいいんですか?」


そのときだった。

アーデルハイドが、おもむろにドレスの留め具へ手をかける。


「失礼いたしますわ」

ばさり。


純白のドレスが床へ落ちた瞬間、

マクシミリアンだけでなく、周囲の招待客からも息を呑む音が上がった。


その下に隠されていたのは、黒を基調とした完全な実戦用の戦闘服だった。

身体の動きを妨げない細身の仕立てながら、

随所には金糸による豪奢な刺繍が施され、王女としての品格も失われていない。


腕や脚の関節部には動きを補助する特殊合金が使われ、

足元は膝まで届く黒の編み上げブーツ。

太腿のベルトには、小型のナイフと先ほどの白革の鞭まで収められている。


「……あの服は何だ?」


フィリップが呆然と尋ねると、隣のマルグレーテはにこりと笑った。


「わたくしのお下がりですわ」

「お下がり?」

「ええ。特殊合金でできていますの。丈夫ですし、とても動きやすいですわよ」


あまりにも当たり前のように説明する妻を、フィリップはしばらく見つめた。


「……君、昔何をしていたんだ?」


マルグレーテは答えなかった。

ただ、優雅に微笑んだ。



決闘場の中央へ進み出たのは、ノルディア王国決闘省所属の決闘審判官だった。


「両者、準備はよろしいですね?」


マクシミリアンが長剣を構え、アーデルハイドも壁際に並ぶ武器へ視線を向ける。

審判官は二人を見比べると、片手を上げた。


「――始め!」


合図と同時に、アーデルハイドが真っ先に手を伸ばしたのは魔導銃だった。

発砲。

光弾が一直線にマクシミリアンの胸へ走る。


「甘い!」


盾が上がり、火花が散った。

アーデルハイドは一発、二発、三発。

すべて違う角度から、薔薇だけを正確に狙う。



その射線を見つめていたジェラルドが、小さく頷いた。

「魔導銃の射線に迷いがありませんね」

隣のルチアが目を輝かせる。

「まあ。わたくしも負けていられませんわね」

「ルチアは、張り合わなくても十分でしょう」

「いいえ。あれほど見事な射撃を見せられたら、撃ちたくなってしまいますわ」


ジェラルドは少しだけ困ったように眉を下げた。

「……今日は祝賀会だからね?」

「わかっていますわよ?」

そう答えるルチアを、ジェラルドはどうにも信用しきれない顔で見つめていた。



アーデルハイドは魔導銃を戻すと、今度は掌を掲げた。

空気中の水分が一気に凍結し、

十数本の巨大な氷柱となってマクシミリアンを取り囲む。


「行きますわよ」

「そんなもの!」


マクシミリアンも魔法を展開する。

魔力弾と氷柱が真正面から激突し、砕けた氷が結界の内側で煌めいた。



「氷魔法に、あんな使い方があるのね」

アンネローゼが感心したように呟く。

隣のフェリクスが即座に口を挟んだ。

「アンネは真似しなくていいからな?」


「そうね。城じゅうを氷漬けにしちゃうかもしれないものね」

「俺の職場凍らすのはやめてほしいな」

否定ではなく職場の心配をするあたり、フェリクスも長い付き合いだった。



次にアーデルハイドが手に取ったのは――二本の巨大斧だった。


「は?」

 ランベルトが素っ頓狂な声を上げる。

「ここにも斧二本持ちがいる!どうなってんだこの国!?」


アーデルハイドは構わず踏み込み、左右の斧を交互に振るった。

重い刃が唸りを上げ、マクシミリアンも大剣へ持ち替えて真正面から受け止める。


ガァンッ、と鈍い衝撃が響き、その身体がわずかに後ろへ押し込まれた。

「ぐっ……!」


さらに二撃、三撃。


左右で異なる軌道を描く斧を見ながら、

ヒルデガルトが腕を組んだまま感心したように頷く。


「いい振りね。もう少し極めたら、《断風》まで届きそう」

「マジかよ……俺も早く出せるようになって、ヒルダに並びたいぜ」

「帰ったら、また鍛錬しましょう」

「おう!」



アーデルハイドは追撃せず、斧を武器架台へ戻すと、今度は一本の棒を手に取る。

長い棒が軽やかに回転した。

マクシミリアンも槍へ持ち替え、間合いを取る。



「王女様も東方の師範に教えていただいたのでしょうか?」

クララが興味深そうに身を乗り出した。


イグナーツは王女の足元をしばらく見つめ、それから首を横に振る。

「いや……あれは多分、王女殿下の独学でしょうね。

クララとは重心のかけ方が違いますからね」


「まあ。よくわかりますね」

「ずっと見ていますから」


さらりと言われて、クララが嬉しそうに微笑む。

そのまま、ごく自然にイグナーツの腕へ少しだけ身を寄せた。

「……ふふ。そうでしたね」



棒と槍が何度も打ち合わされ、乾いた音が大広間へ響く。


「いつまで武器を変えるつもりだ!」

「まだ始まったばかりですわ」


苛立つマクシミリアンをよそに、

アーデルハイドは棒を武器架台へ戻し、次に一本の刀を手に取った。


「……なんだ、それは」

「刀ですわ」

「また変な武器を――!」


マクシミリアンも負けじと壁際からクロスボウを取り、

素早くアーデルハイドへ向ける。


「これならどうだ!」


放たれたボルトが一直線に迫る。


一閃。


鋭い音とともに、飛来したボルトへ刀身が叩き込まれる。

衝撃に耐えきれなかった軸が真ん中から折れ、二つに分かれて床へ転がった。


「…………は?」


マクシミリアンはクロスボウを構えたまま固まり、落ちたボルトと妹を交互に見た。


「矢を……叩き折った……?」



観客席がどよめく中、

ラベンダー色の髪を揺らしたレイチェルも、わずかに目を見開いた。


「飛んでくる矢を、刃引きした刀で叩き折るとは……王女様、やりますね」

「レイチェル様も、できるんじゃないですか?」


隣のカズトに問われ、レイチェルは少しだけ胸を張る。

「……できますけど。居合でしたら、負けません」

「うん。それは俺が一番よく知ってます」


その言葉にレイチェルは目元をわずかに和らげ、

ごく自然にカズトの袖をそっとつまんだ。

「……なら、よろしいです」


カズトが嬉しそうに笑うころには、

アーデルハイドはすでに刀を鞘へ収め、次の武器へ視線を向けていた。



ここまで来て、ようやくマクシミリアンの顔に焦りが浮かんだ。


「なんで……そんなものまで使えるんだ!」

「学びましたので」


「答えになっていない!」

「なっていますわ」


涼しい顔で返したアーデルハイドが、次に手に取ったのは巨大鎌だった。

その姿を見た瞬間、マクシミリアンの表情が露骨に引きつる。


「……それは」

「懐かしいでしょう?」


四年前、彼が一度その薔薇を刈られた武器である。

観客席では、リーゼロッテが楽しそうに手を合わせた。


「まあ。王女様も巨大鎌を使うのですね!」

「王妃様がトートヴァルトの遠縁ですからね」

「帰ったら、わたくしも鎌を振りたくなりましたわ。

エル様、付き合ってくださいね」

「ええ。いくらでも付き合いますよ、リーゼ」


非常に穏やかな会話だった。

内容が巨大鎌の鍛錬でなければ。


「くそっ!」


マクシミリアンは大剣で受けたが、

巨大鎌はその独特な軌道で刃の外側から回り込み、胸元の薔薇へ迫る。

辛うじて身体を反らしてかわした彼を追うことなく、

アーデルハイドは巨大鎌を武器架台へ戻した。



そして今度は、何も持たない。


「……?」

マクシミリアンが訝しげに眉を寄せた、その直後。

アーデルハイドが一気に懐へ入った。


「な――」


腕を取り、足を払う。

重心を崩された王太子の身体が綺麗に宙を舞い、

防御魔法に守られながら床を転がった。



その動きを見ていたヴィクトリアが、感心したように目を細める。

「足さばきが上手ですね。独学で学ばれたのでしょうか」

「あなたみたいなご令嬢が、もう一人いるのは困りますね」


 隣のヨハンが苦笑すると、ヴィクトリアは楽しそうに彼を見上げた。

「でも、わたくしが怪我をしたら先生が診てくださるでしょう?」

「診ますけど。だから怪我をしていいわけじゃありませんよ」


「ふふ。頼りにしています」

「……本当に、そういうところですよ」

困ったように答えながらも、ヨハンの声はどこか柔らかい。



その間にもマクシミリアンは立ち上がったが、

アーデルハイドはすでに次の武器――弓を手にしていた。


「ふざけるな!」

抗議など気にも留めず、矢を番える。


一射、二射、三射。



「わあ! 王女様、弓撃つの速いねー!」

モニカが楽しそうに身を乗り出す。

「盾で防がれると、どうしようもないけどね」

ミゲルが苦笑した。


「でも、盾から出たところ狙ってるよ!」

「……ほんとだ。よく見てるねモニカ」

「でしょー?」

ミゲルに褒められ、モニカは得意げに笑った。


一方のマクシミリアンは、再び盾を構えていた。

矢は盾そのものを狙うのではなく、上から、横から、

わずかに覗く身体を追うように次々と飛来し、彼は完全に顔を出せなくなっている。


「卑怯だぞ!」

「弓を使っているだけですわ」

「ぐっ……!」


やがて矢が止んだ。


恐る恐る盾の陰から顔を出したマクシミリアンの目に、

今度は一本の鉄バットを手にした妹の姿が映る。




「おお!」

途端にクラウディアが前のめりになった。

「王女様、いいもん持ってるじゃねえか!」


マクシミリアンは無言で盾を構え直した。

もう、それしかなかった。


「来い!」

アーデルハイドが踏み込む。

足から腰へ、腰から肩へと力がつながり、

全身の体重を乗せた鉄バットが一気に振り抜かれた。


ガァン――!

鈍い衝撃音とともに、盾の中央がべこりとへこんだ。


「…………」

マクシミリアンが、へこんだ盾を無言で見つめる。


「いい振りしてんな」

クラウディアは満足そうに頷いた。

その隣で、ディックは相変わらずのんびりしている。

「でも、鉄バットが一番似合うのはクラウディアだよね。かわいいし」

「……うるせぇよ」


クラウディアは頬をわずかに赤くしながらも、視線だけは決闘場から外さなかった。

周囲が足さばきや重心、射線、武器の扱いについて真剣に語る中。

ディックだけは、ほぼクラウディアを見ていた。



壁際には、まだ大量の武器が残されていた。


「……あれは何だ?」

「巨大ハンマーです」


「その隣の小さい刃物は?」

「東方の投擲武器ですね」


少し離れたところでは、

カズトも武器架台を眺めながら感心したように目を細めていた。


「……苦無や手裏剣だけじゃなく、手甲鉤まで揃えているのですか。すごいですね」

「すごいの基準がおかしくないですか?」


レイチェルが静かに返すと、カズトは苦笑する。


「いや、東方でもここまで一か所に揃えているところは、あまりないので」

「……王城って何なのでしょうね」


その疑問に答えられる者はいなかった。


実際、王城の武器庫には学園にはない得物まで数多く収められている。

歴代の王族が使ってきたもの、外国から持ち込まれたもの、

そして正式決闘で新たに使用され、

決闘省が安全性や規格を確認したうえで正式登録したものまで、

その種類は実に幅広い。


ある意味、ノルディア王城の武器庫は王国最大の武器博物館でもあった。


だが、アーデルハイドは並んだ珍しい武器のどれにも手を伸ばさない。

しばらく武器架台を見渡したあと、エリアスへ視線を向けた。


「エリアス」

「はい」

「あれを」


それだけで意図を察したらしく、エリアスが眼鏡を押し上げる。

「……承知いたしました」


彼が自ら奥の武器架台へ向かい、一本の武器を取り出した。

それを見た瞬間、マクシミリアンの顔が完全に理解を拒否する。


「は?」


短い鎌に長い鎖。その先には、小さな重りが取り付けられている。


「鎌……? いや、なんか鎖もついてる……?」


エリアスからそれを受け取ったアーデルハイドを見て、

とうとうマクシミリアンが声を上げた。


「なんだその武器はぁ!?」


アーデルハイドは、そんな兄の反応など意にも介さず答えた。


「鎖鎌ですわ」


軽く手首を動かすと、鎖の先についた重りがヒュン、ヒュンと風を切り、

アーデルハイドの周囲で円を描き始める。


それを見たフィリップが、思わず目を見開いた。


「……鎖鎌まで使えるのか、あいつは」

「あの子、変な武器が好きですからね」


隣でマルグレーテがにこやかに答える。


「変な武器マニアなのか?」

「ええ」


「王女に対して、その言い方はどうなんだ」

「事実ですもの」


どうやら母親は、娘の趣味をかなり正確に把握しているらしい。


一方のマクシミリアンは、

目の前で回り続ける鎖鎌を警戒するように睨みつけていた。


「どうせ、その鎖で隙を作って、鎌で薔薇を狙うつもりなんだろう!」


その言葉に、アーデルハイドが不思議そうに首を傾げる。


「……これ、鎌がメインだと思っています?」

「何?」

「お兄様はご存知なくても、仕方がないかもしれませんが」


鎖の回転が、さらに速くなる。


「変な武器だな!」

マクシミリアンは長剣を構え直し、吐き捨てるように続けた。

「お前にはお似合いだ!」


「ありがとうございます」

「褒めていない!」


アーデルハイドは楽しそうに微笑んだ。


「ですが――本当は、こう使うのですよ?」


手首が返る。

次の瞬間、勢いよく放たれた鎖が長剣へ巻きついた。


「なっ――!」


ガチャッ、と金属同士が噛み合う。


「捕まえましたわ」

「はぁ!?」


アーデルハイドは腰を落とし、そのまま鎖を強く引いた。


ガキィン――!


長剣がマクシミリアンの手から弾き飛ばされ、遠くの床を滑っていく。

彼は空になった右手を見て、転がった剣を見て、それから妹を見た。


「…………」


完全に言葉を失っている兄をよそに、

アーデルハイドは鎖鎌をエリアスへ返すと、太腿のベルトへ手を伸ばした。


取り出したのは、最初の決闘でも使った白革の鞭。

それを見たエリアスが、満足そうに眼鏡を押し上げる。


「……やはり、アーデルハイド様には中距離の可変武器がよく似合う」

小さな呟きは歓声に紛れ、本人には届かなかった。


アーデルハイドは手の中で鞭の感触を確かめると、

どこかほっとしたように微笑んだ。


「やはり、鞭が一番手に馴染みますわね」


マクシミリアンの顔が引きつる。

「ま、待て――」


「では、これで終わりですわ。お兄様」

アーデルハイドが一歩踏み込む。


パァン――!

白い鞭が鮮やかに走った。


マクシミリアンの身体には、傷一つない。

ただ、胸元に留められていた一輪の薔薇だけが、花びらとなって宙へ舞った。



一瞬の静寂のあと、決闘審判官の声が大広間に響き渡った。


「勝者――アーデルハイド・フォン・ノルディア王女殿下!」


さらに審判官は、王家の正式な決闘規定に従って高らかに宣言する。


「無差別級総合決闘の規定に基づき、王位継承権は勝者へ移行!

本日をもって、アーデルハイド殿下をノルディア王国王太女と認定いたします!」


その瞬間、大広間が大きなどよめきに包まれた。


十八歳の卒業祝賀会。

アーデルハイド・フォン・ノルディアは、

婚約者を鞭でしばき、兄をありとあらゆる武器でしばき、

その日のうちに王太女となったのである。


一方、王太子――いや、たった今元王太子となったマクシミリアンは、

胸元から薔薇を失ったまま茫然と立ち尽くしていた。

そんな息子を見て、フィリップが重い表情で立ち上がる。


「マクシミリアン。四年前、私はお前に――」

「あなた」


その声だけで、フィリップの言葉が止まった。

「……はい」


国王が大人しく座り直すと、

代わってマルグレーテが優雅な足取りで息子の前まで歩み寄る。


「女を甘く見るから、そうなるのですよ」

「母上……」


王妃は息子を眺めながら頬へ手を添え、心底不思議そうに首を傾げた。


「どうしてこんな子になってしまったのかしら。

やはり陛下に任せず、わたくしが性根から鍛え直して差し上げますわ」

「……何をするおつもりですか」

「そうですわねぇ」


少し考えた末、マルグレーテはにっこりと微笑んだ。


「まずは、大鎌を一本まともに振り回せるようになりなさい」

「なぜそうなる!?」


「特殊武器への理解が足りませんもの」

「そこなのですか!?」


マルグレーテはそれ以上の反論を許さず、息子の腕を掴んだ。


「さあ、参りますわよ」

「待ってください母上! 私は今、王太子の座を――」

「元、ですわ」

「母上ぇぇぇぇ!」


そのまま引きずられるように連れていかれる息子を、

フィリップは何とも言えない顔で見送っていた。


だが、ふとあることに気づく。

(……ということは、久しぶりにマルグレーテが大鎌を振るう姿を見られるのか)

ちょっと胸が高鳴った。


「……陛下?」

「なんでもない」


どうやらこの国では、息子だけが特別おかしかったわけではないらしい。



決闘が終わった後、大広間の一角では決闘省の職員たちが、

慣れた手つきで武器の回収と点検を進めていた。


「魔導銃、異常なし」

「双斧も問題ありません」

「盾が一枚、要交換ですね。鉄バットによる変形です」

「記録しておいてください」


エリアスは淡々と指示を出しながら、

最後に先ほど使われた鎖鎌の状態を確かめていた。


「エリアス」


聞き慣れた声に振り返ると、そこにはアーデルハイドが立っていた。

高く結んでいた髪はすでに解かれ、長い金髪がいつものように背中へ流れている。


「お疲れさまでした、アーデルハイド様」

「ありがとうございます」


エリアスは鎖鎌を職員へ渡すと、眼鏡を押し上げた。


「素晴らしい武器さばきでした。

魔導銃から重武器、長柄、刀、徒手、遠距離武器まで、いずれも高い水準でしたが……

特に鎖鎌から鞭への切り替えは見事でした。

鎖で相手の主武器を奪い、最後は最も習熟している可変間合い武器へ戻る。非常に理に適っています」


普段の彼を知る者なら、明らかに口数が増えていることに気づいただろう。

もちろん、アーデルハイドはよく知っている。

この男は、武器の話になると三倍ほど喋る。


「ふふ。やはり、エリアスはそこをご覧になっていたのですね」

「もちろんです」


「わたくしも、

エリアスが槍や薙刀を構えている姿はとても素敵だと思っていますわ」


今度はエリアスが言葉に詰まった。

「……ありがとうございます」


武器についてならいくらでも語れるくせに、

自分のことを褒められると途端に弱いらしい。


そんな彼が少し視線を伏せたあと、胸元から小さな箱を取り出した。


「それと……こちらを受け取っていただけますか」


差し出された箱を開くと、中には王女が身につけても見劣りしないほど美しく、

繊細な意匠の指輪が収められていた。


アーデルハイドが目を瞬く。


「……もしかして、これ」

「はい。まず、ここを押してみてください」


言われるまま指先で小さな突起を押す。

カチ、と微かな音がして、装飾の一部から小さな刃が飛び出した。


「まあ……!」


アーデルハイドの紫の瞳が、一気に輝く。


「携帯性と安全性を考慮して刃は短くしてあります。

誤作動を防ぐための二重ロック付きで、装飾部分も強度を損なわない構造です。

アーデルハイド様がお付けになっても見劣りしないデザインと、実用性を両立させました」


「素敵ですわ」


心から嬉しそうに指輪を眺める彼女を見て、エリアスの表情もわずかに和らいだ。


「ありがとうございます。

ただ……これは、武器としてだけお渡ししたいものではありません」


その言葉に、アーデルハイドが顔を上げる。


「私は、これからもあなたと一緒に新しい武器を見ていきたいと思っています。

新しい武器が入れば、最初にあなたへお知らせしたい。

あなたに似合うものを考え、あなたがそれを扱う姿を、

これからも一番近くで見ていたい」


そこまで言ってから、エリアスはまっすぐにアーデルハイドを見つめた。


「そして、できることなら――公私ともに、あなたのお隣に立たせていただきたい」


アーデルハイドの頬が、ほんのりと赤く染まる。


「それは……求婚と受け取っても?」

「そのつもりです」


アーデルハイドは改めて指輪へ目を落とした。

美しい。

王太女として身につけても申し分のない品格があり、そのうえ――刃まで出る。

実に彼らしい贈り物だった。


「……喜んで」


そう答えると、エリアスは珍しく、心から嬉しそうに笑った。



それから、しばらく後。


正式に王太女となったアーデルハイドは、以前にも増して多忙な日々を送っていた。

王族として担う公務は増え、次代の王として学ぶべきことも山ほどある。


それでも、王城の決闘省へ顔を出す習慣だけは変わらなかった。


「アーデルハイド様」

「何ですの、エリアス」


執務机で書類に目を通していたエリアスが、何気ない様子で一冊の資料を差し出す。


「西方の国から、新しい武器の資料が届きました」

「まあ!」


それまで王太女らしい落ち着いた顔をしていたアーデルハイドの紫の瞳が、

途端に輝いた。


「蛇腹剣というそうです」

「蛇腹剣?」

「ええ。剣でありながら刃がいくつもの節に分かれていて、

状況に応じて鞭のように伸ばして扱えるのだとか」


エリアスは眼鏡を押し上げながら、どこか楽しそうに続ける。


「可変する間合いと独特の軌道を考えると、

きっとアーデルハイド様によくお似合いになると思います」

「まあ! ぜひ試してみたいですわ!」


すっかり武器談義に夢中になった二人を、

少し離れた場所から眺めていたフィリップが、そっと眉間を押さえた。


「……本当にこの娘を、次の女王にして大丈夫なのだろうか」


隣にいたマルグレーテは、

そんな夫の心配を聞いても動じることなく、にっこりと微笑んだ。


「あの子に喧嘩を売る人が現れなければ、大丈夫ですわよ?」

「……現れたら?」


問い返された王妃の笑みが、ほんの少しだけ深くなる。


「さあ。どうなるかわかりませんわね」


フィリップは、それ以上何も聞かなかった。


ノルディア王国。

古くから決闘を重んじ、実に多種多様な武器を生み出してきた国。

そして何より、売られた喧嘩には正式な手続きをもって全力で応じる国である。


その次代を担う王太女は今日も、

隣に立つ婚約者と楽しそうに新しい武器の資料を覗き込んでいた。


――彼女が後に、

民をよく見て国を治める賢王として名を残すことになるのは、また別のお話。


もっとも。


その長い治世の中で、

彼女へ不用意に喧嘩を売った者がどうなったのかについては――

記録を読む限り、あまり深く追究しない方がよさそうだった。



息抜きにテンプレ話に趣味ゴリゴリ盛ったの書いちゃおって思いつきから

気が付けば楽しくて一気に書ききりました。


武器好き作者の自己満足話にお付き合いいただきありがとうございました。

鎖鎌をどうしても使いたかったけど

専用令嬢が思いつかなかったためここに押し込みました(笑

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