第四幕 ~第二の事件~
木更津一樹は、わずらわしい気持ちで目覚めた。
また、取り調べは始めるのだろう。
「一樹!! おはよう!!」
能天気なほどに明るい声が部屋に響いた。
一樹の親友、北原大地の声である。
無理をしてそんな声を出しているのだ、と一樹はわかっていたが、
どうしてもわずらわしく想ってしまう自分に、彼は腹を立てていた。
親友の気遣いを素直に受け取れない自分に、苛立ちを感じる。
「おはようございます、一樹さん」
八乙女瑠美奈も笑顔で言った。
斎藤千鶴も同じようにあいさつする。
彼女たちは、本当に心からの笑顔だった。
「あんたにいい情報を教えるよ!!」
「今日はあの警官、いないそうなんですよ。報告のために、
警察署に行ってるんですって!!」
一樹の顔が輝いた。本当に、彼の尋問には困っていたのだ。
そのまま、彼らは心からの笑顔で朝食に向かった。
「おはようございます」
メイドの崎原葉月は笑顔で接客をしていた。
睦咲莉子も挨拶をしてきたので、
一樹たちもあいさつを返した。
「災難だったわね、あの刑事、訴えてやりたいわよね」
莉子は朝食のパンをちぎりながら言う。
一樹はあいまいに笑うと、出されたココアに手をつけた。
今日のメニューは、ココアと焼き立てのパン、
作りたてのバターとイチゴジャムが添えてあった。
一樹たちは笑顔でそれを平らげ、葉月に礼を言うと、
部屋に戻った。瑠美奈たちと別れ、一樹は一人になる。
千鶴や大地は残ると言ってくれたが、一樹が
二人の邪魔をしたくなかったのである。
一樹はベッドに横になり、しばし目を閉じた。
悲鳴が聞こえてきたのは、すぐ後のことだった。
「きゃあああああっ!!」
それは瑠美奈の声である。一樹は飛び起きると、
声がした方へと向かって走り出した。
千鶴たちも声を聞きつけてやってくる。
声が聞こえたのは、弥生和彦の部屋だった。
戸をノックする前に、青ざめた顔の瑠美奈が飛び出してくる。
その服は前がはだけられており、彼女の目には涙が浮かんでいた。
「瑠美奈ちゃん、何があったんだ!!」
「あの人が、あの人が……」
慌てたように出てきた和彦を指差し、瑠美奈は一樹に
抱きついて泣きじゃくるばかりである。
だが、彼女の状況を見れば何をされそうに
なっていたか分かった。
全員が睨むように彼を見ている。
「この子に何したのよ!!」
千鶴は大人が相手だというのに、
一歩も引かずに彼を睨みつけた。
和彦は冷汗を流しながら
瑠美奈を指でさして弁明を始める。
「この娘が誘ってきたんだ!!
なのに、急に悲鳴を上げて
逃げ出して……」
「嘘です、私、そんなことしてません……」
瑠美奈はすすり泣きの声を上げると、
さらに強く一樹に抱きついた。
「貴様……!!」
カッとなり、彼は瑠美奈に殴りかかろうとした。
すぐ前にいた千鶴を突き飛ばし、彼女に向かっていく。
だが、彼が瑠美奈を殴るのはむりだった。
一樹がすぐに気付いて彼を投げ飛ばしたのだ。
腰を打ち付け、和彦は悔しげに舌打ちした。
「往生際が悪いですよ、弥生さん」
和彦は助けを求めるように視線を泳がせた。
その目が、ゆっくりと部屋から出てきた
渚竜也を捕えた。
だが竜也は目をそらすなり、
冷たい声で言い放つ。
「先生、嘘はいけませんよ。ちゃんと罪を
認めてつぐなってください」
和彦の目が大きく見開かれた。
彼は一瞬何を言われたのか理解ができない
くらいだった。それというのも、
渚竜也と弥生和彦の関係が、
仕事仲間としてだけではないからだ。
渚竜也は弥生和彦に引き取られた孤児である。
その日から、二人は親子のような関係だったのだ。
「裏切るのか、竜也!!」
竜也は何も言わなかった。ただ、気遣わしげに
瑠美奈を見やるだけだった。
諦めたようにかがみこむ彼に、「すみません、
先生」と蚊の鳴くような声竜也が言った言葉は、
彼には届かなかった。
そのまま彼らは部屋に戻ることになった。
瑠美奈が心配な千鶴は一緒に部屋に招き入れ、
瑠美奈もそれを拒まなかった。
一樹は突然の電話で眠りから覚めた。
部屋に置いてある電話が鳴ったのだ。
舌打ちしながら手を伸ばして受話器
を取り、耳に当てる。
「木更津一樹だな」
「誰だ……?」
聞こえた声はボイスチェンジャーなどで
変えてあるのだろう、聞いたことのある声
ではなかった。まだ寝ぼけた声で言うと、
一樹は慌てて身を起こした。
「お前に面白いものを見せてやろう。
これから弥生和彦の部屋に行け」
「なんで、そんなことお前に言われなくては
ならないんだ?」
「神無月桃香と関係のあることだ。
行かないのなら話はこれまでだな」
「桃香だと!? 何か知ってるのか、
おい!! おい!!」
電話は一方的に切られた。
一樹はそうっと部屋から抜け出すと、
和彦の部屋へと向かった。
鍵は空いていた。渚竜也は出かけているのか、
どこにもいない。ベッドの前のところに、
何故か和彦が寝ていた。
一樹は近寄って見て、思わず悲鳴をあげそうに
なった。彼は眠っていたのではない。
……死んでいたのだ。
彼の顔はひどくぐちゃぐちゃにつぶされ、
胸にも何度か包丁をさした後があった。
「な、なんで……」
そう呟いた瞬間だった。
「うっ……」
後ろから頭を鈍器のようなもので殴られた
らしかった。頭がくらくらとする。
はじけゆく視界の中で見えたのは、
男かも女かもわからない犯人らしき
ものの、フードをかぶった姿だったーー。
見てくださっている方、更新が遅れて
すみません。ようやく四話を投稿
できました。