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スケープゴート  作者: 時雨瑠奈
悲月殺人事件
2/15

第一幕 ~海へ行こう~

「海、行かないか?」

 一人の少年がはにかみながら言った。

 黒い髪に黒い目をした、少し頼りなさそうだが、

やさしい顔立ちの少年だった。

 彼の名前は、木更津一樹きさらづかずき

普通より、やや上の高校にかよう高校一年生だ。

「うん……」

 言われた少女は、少し赤くなって頷いた。彼女は、

彼の一つ下の恋人で、中学三年生になったばかりだ。

 名前は神無月桃香かんなづきももか。少し赤味の

強い茶色の髪を腰まで伸ばした少女だ。

それを緩いポニーテールに結っていて、とてもかわいらしい。

 その名の通りの、桃の香りのするポプリをいつもつけていた。

「ちづたちも、誘っていいかな? 一樹?」

「ああ、そのつもりだぜ、桃香!!」

 ちづとは、彼らの友人、斎藤千鶴さいとうちづるのことだった。

 もう一人いる友人は、名を相原大地あいはらだいちという。

 情報を付け足すと、彼は千鶴と付き合っていた。

四人は、おさななじみで、小さい頃から仲がよかった。

 くしくも、今日は夏休みになってからまだ少ししか経っていない。

 一樹は友人とともに、海に出発した。



「うわあ~、海だあ」

 にこにことしている桃香は、いつものようにかわいらしかった。

今日は二つ結び、いわゆるツインテールヘアというやつにして

いて、千鶴とおそろいのタンクトップ型のビキニを着ている。

 ちなみに、桃香が白で、千鶴がピンク色だった。

 千鶴は男勝りな少女だが、顔は天使のような童顔で、

とてもその性格とは思えないほどだった。

「早く早く、荷物持ち!! ここにパラソル立ててよ」

「ちょっとは、手伝えよ、ちづっ!!」

 大地が眉をしかめながら怒鳴る。やだよ~、と千鶴が

笑いながら言い、大地が言い返してケンカになる。

 いつものことなので、一樹は放っておいているが、

大人しく優しい性格の桃香はそうはいかない。

「大地くん、私も手伝うよ」

「いいよ、桃ちゃん。オレがやるから」

「ちょっとお、桃にはそう言ってるくせに、私には

手伝えっての!?」

「当たり前だろ、桃ちゃんより、ちづの方が力が

強いんだからな」

 千鶴がムッ、となり、大地に砂をかけた。

大地が掴みかかり、一緒に海の中にダイブする。

 水の掛け合いをしだした二人を、桃香がオロオロと

見ていた。ぽんっ、と一樹が細い肩を優しく叩く。

「オレたちも、泳ごうぜ、桃香」

「でも、大丈夫かな、ちづたち……」

「大丈夫。じゃれあってるだけだよ」

 安心したように桃香が笑う。桃の花のような色の

唇が開かれると、まるで花がほころんだようで、

一樹はさらに彼女が愛しくなるのだった。

一樹が彼女に手を差し伸べた、その時ーー。

「はなしてくださいっ!!」

 幼い少女の悲鳴が海に響いた。



 二人は声のした方に歩き出した。今にも泣きそうな

顔をした女の子が、三人もの少年たちにからまれていた。

 淡い金の髪を三つ編みにした、とてもかわいらしい子だった。

ぱっちりとした、若草のような緑色の目が印象的である。

体型はかなり小柄で、お人形さんのようでもあった。

「一樹、助けてあげよう?」

 自分が同じ目にあわされたかのように、桃香は目を潤ませた。

一樹はその目にとても弱く、すぐに彼らの方に向かっていった。

「あの、嫌がってるから、離して上げた方が、いいんじゃないんですか?」

「あ? 関係ないやつは引っ込んでろよ!!」

 女の子は少年の手が緩んだすきに、その手を振り払った。

助けてくれた正義の味方の背に隠れる。

「たすけて……」

「うん、助けるよ。落ち着いて」

「余計なことしてんじゃねえよっ!!」

 ナンパしていた女の子に逃げられ、少年たちは激昂した。

隠し持っていたナイフを取り出し、桃香と女の子が悲鳴を上げた。

「なんなんだよ、お前、なめたまねしやがって」

「痛い目にあわされたくなければ、その子をこっちによこしな」

「殺すぞ!!」

 抜く度胸が彼らにないことに、一樹は気づいていた。

ナイフを握る彼らの手は、微かに震えている。

 女の子の手に力がこもった。さらに目がにじみ、

しずくがこぼれおちそうになる

「桃香、この子連れて下がってろ」

「う、うん……ねえ、あなた、こっちに!!」

 桃香は大人しいが、すばしこい子だった。女の子の腕を

引っ張り、素早く千鶴たちがいる位置に移動する。

 その間に、勝敗はついていた。一見か弱そうだが、

一樹は護身術をやっているのである。

 理由は、もちろん桃香を守るためだった。

 結果的に、それが吉とでたようである。

「どこかに行ってくれないかな? 気が変わったら、

あなたたちのこと、殺してしまうかもしれないよ?」

 悲鳴を上げ、少年たちは脱兎のごとく走り去って行った。

「あの、ありがとうございます。私、八乙女瑠美奈やおとめるみなです」

 助けられた少女は、にっこりと笑いながらあいさつした。



 瑠美奈は十二歳の女の子だった。親が共働きでいないので、

一人で海まで出かけて、さっきの男たちにからまれたらしい。

「本当に助かりました、お名前、聞かせてください。お礼がしたいので」

「お礼なんていいよ」

「だめです!! お父さんたちに、お礼はちゃんとするべきだって、

言われてるんです!!」

 しだいに目にしずくが光り出したので、とりあえず一樹は名乗った。

「オレは木更津一樹だよ」

「神無月桃香です」

「斎藤千鶴。またさっきのような奴らにナンパされたら

大変だからさ、あたしらと一緒に行動しない?」

「お、ちづ、たまにはいいこと言うじゃん」

「たまにはって何よ、たまにはって!!」

「いてててて、怒るなってちづ!! あ、ルミナちゃん、

俺は北原大地だよ」

 瑠美奈は笑顔で了承し、彼らはもう一人の同行者

を手に入れたのだった。



 予約を入れていた旅館は、洋館のような建物で、三人の

少女たちは思わず歓声を上げていた。

 すぐに黒い服にエプロンをつけた女性がやってきて、

彼らを案内してくれる。彼女は、ここで働くメイドだった。

崎原葉月さきはらはづきです。ここのメイドですわ、

ここにいらっしゃる間、皆さまのお世話をさせていただきます」

 彼女は黒縁の眼鏡をかけた、かわいいけれど美人ではない

女性だった。一言で表すのならば、〝地味〝という表現が妥当だろう。

 だが、とてもやさしそうな女性だった。

 話し合いの結果、一樹と大地が同室、桃香と千鶴が同室、

瑠美奈は桃香たちの隣室を一人で使うことになった。

 桃香は瑠美奈は同室の方がいいんじゃないの、と言ったのだが、

彼女はあいまいに言葉をにごし、了承しなかった。

 女性陣と大地は別段気にしてもいなかったけれど、そこで一樹は

それを疑問に感じた。何故かはわからなかった。

 一面水に覆われた世界に一滴の血が落ちたかのような、変な

疑問が一樹の中に芽生えたのだった。


殺人の前に、なごやかな光景を

お楽しみください。次回は

殺人がおきます。

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