第十二幕 ~無邪気な少女に感じた違和感~
木更津一樹は桃香が以前いた部屋で
香水の瓶のふたを開けていた。
桃の香りが部屋中に広がっていく。
それはここ最近の一樹の癖だった。
と、そこに八乙女瑠美奈がやってきた。
「一樹さん、ここにいたんですね」
「あ、瑠美奈ちゃん」
「あ、その香水……桃香さんの、ですか?」
一樹はあれ?と思った。何故、瑠美奈は
この香水が桃香のものだと思ったのだろう。
桃香は人前では香水をつけてはいなかったし、
あの瓶も割れていたからそれだけで香水と判断は
できなかっただろう。桃香はポプリをいつもつけて
いたから香料の瓶かもしれないとは思わなかったの
だろうか彼女は。
しかし、香水をつける男性は少ないのかな
と思い直して笑顔になった。それに、ひょっと
したら桃香に聞いたのかもしれない。
「桃香に、この香水のこと聞いたの?」
「はい!! とっても嬉しそうに『一樹にもらった』って
言ってましたよ。幸せそうでした……」
「あの香水は割れちゃったから、別のなんだけどね。
同じ種類のを買って桃香のお墓にそなえてやろうと思ったんだ」
「素敵ですね!! あ、そういえば私ご飯の支度ができたから
呼びに来たんでした、千鶴さんに怒られちゃいますね。
行きましょう、一樹さん」
「そうだね」
一樹は香水の瓶にふたをしてポケットに押し込むと、千鶴達の
ところに戻った。千鶴はイライラしながら待っており、大地が
まあまあと彼女をなだめている。大江川大五郎は勝手に食事を
始めており、今日もまた渚竜也は閉じこもっているのかここにはいない。
大丈夫なのかと一樹が聞いたら、千鶴は食事は部屋に運んでいるらしい。
減っているのは本当にわずかな量の水と食事だが、どうやらちゃんと食べて
いるようだ。千鶴は一樹の前にサンドイッチが載った皿を置きながらちょっと
悪戯っ子のような顔になった。
「随分遅かったわね~怪しいわ」
「あ……!!」
「あやしくなんてありません!! 桃香さんのこと話していたんです、ねっ?
一樹さん!? そうですよね!?」
一樹が弁解する前に怒鳴ったのは瑠美奈だった。いつも彼女は一樹のことで
からかわれると異常な反応を示す。一樹は一切気にしていないが、千鶴達は「
恋するが故の反応」だと思ってすっかりここ最近は瑠美奈をいじりっぱなしだった。
「もう知りません!!」
真っ赤になった瑠美奈が自分の分のサンドイッチにかぶりつく。
一樹たちも次々と皿に盛られたサンドイッチに手をつけて行き、朝食の
時間はそのあとは静かに過ぎ去った――。
部屋に戻った一樹は、ベッドで横になってこの間見つけた物品のことを考えていた。
黒いビニールのきれはじは何のために使われたのだろう? と。
考えても考えても答えが出ない中、トントンと戸を叩かれたので一樹は跳び起きた。
一体誰だろうと扉を開けると、そこに立っていたのは不安そうな顔の瑠美奈だった。
「あの、ちょっと来てもらえますか?」
「どうしたの瑠美奈ちゃん?」
「シャワーの調子が悪いみたいなんです。上手く水が出なくて……」
女の子のがシャワーを浴びれないのは一大事だろう。
すぐに一樹は瑠美奈の部屋のバスルームへと向かった。
俺で直せるんだろうかとちょっと心配な一樹だったが、
ちょっと詰まっていただけだったのだろう水は無事に出た。
水をしばらく出し入れしてから止めると、瑠美奈が不思議
そうな顔で首をひねっている。
「あれ? さっきは出なかったんですけど……」
「何かが詰まっていたんじゃないかな。また何かあったら
呼んでね、すぐに行くから」
「はい!!」
瑠美奈は上機嫌でバスルームを出て行った。自分も出ようとした
一樹の鼓動がドクン、と高鳴った。きちんとたたまれたタオルの山の
一つに、真っ赤なしみがついていた。かなり鮮烈な赤は、血を思い
起こさせてしまうような色だ。何故瑠美奈の部屋のバスタオルに血が……?
ひょっとして全ての事件の犯人は……この無邪気に見える少女瑠美奈、なのか?
「どうしたんですか? 一樹さん?」
もっとよく見ようと手を伸ばしかけた一樹は、瑠美奈に声を掛けられて
飛び上がりそうになった。錯覚なのだろうか、瑠美奈の顔がひどく冷たく
感じられて一樹の背がゾッと粟だった。だが――。
「もう何やってるんですか!!」
次の瞬間には瑠美奈は照れたような微笑みを浮かべていたので一樹は
あの表情は幻だったのだろうと思いこんだ。幻、そう幻なんだ、瑠美奈が
あんな冷たい氷のような表情をする訳がない。
「あ、あのさ、瑠美奈ちゃん? このシミどうしたの?」
「シミ? あっ!! 絵具ですよ絵具!! 血に見えました? 絵を描い
ていたらタオルに散っちゃってなかなか落ちなかったんです」
一樹はホッとしてバスルームから出た。やけにリアルな色合いだから
勘違いしたのだと気づいて安堵のため息をつく。
そうだ、瑠美奈が犯人な訳がない。だってあんなに無邪気な優しい女の子が
人なんか殺せるもんか。それに人一人殺すのに力だって足りないだろう。
だが、一樹はしばらくたってもあの氷のような無表情がどうしても
忘れることができなかったのだった――。
一樹が瑠美奈の姿に違和感を感じます。
彼女は本当に犯人なのか!? それとも
別の真犯人がいるのか!?
次回は一樹が死亡者の共通点に気付きます。
もう少しでクライマックスなので最後まで
見ていただけると嬉しいです。
次回もよろしくお願いします。