【第7話】小さな探求者たち
靖国神社の境内を進む大和たち。
「広いな! 遊就館はどこだ〜?」
「もう少し先だよ。神社の右側に建物があるって、ネットに書いてあったさ」
「わたし、ワクワクしてきたわ! いよいよ自由研究に本腰を入れるのね! ノートいっぱいに記録するんだから!」
「無料のパンフレットとかチラシがあったら、持って帰ろう…」
興奮気味の大和たち。
一方で、陽仁の胸には、少しだけためらいの感情が芽生えていた。
(ここが……靖国神社か)
皇室での教育の中で、耳にしたことがある。
靖国神社は国家神道と深く関わる場所。
それと同時に戦没者を慰霊する場所でもある。
しかし、皇族が戦没者に哀悼の意を示す行事は、
ここからそう離れていない千鳥ヶ淵戦没者墓苑が公式の場とされている。
"皇族は靖国神社へ行って参拝してはいけない"
それは公に定められた禁令ではないが、暗黙の内に事実上はそう制限されている。
――何故なのか?
そのへんの事情を陽仁はまだ理解していなかった。
(大丈夫かな。ぼくが靖国神社に入っちゃって)
(でも目的は参拝じゃなくて、用があるのは境内の中にある博物館だから問題ないのかな……)
陽仁は自身の矛盾に気づかない。
皇太子から"普通の男の子"になりたくて逃げ出したのだ。
だがしかし、今も尚、皇族としての立場を気にして一抹の不安を抱いていたのである。
――やがて遊就館が見えてきた。
「おぉ、色々あったけど、やっと到着したな。思っていたよりも地味な外観だ」
「"遊ぶ"って字入ってんのに、ぜんぜん遊べなさそうなオーラ出てるぜ」
「当たり前でしょ! 遊ぶために来たんじゃないわよ?」
「戦争の記憶が眠る場所だね…」
(大和たちってすごいな……)
(小学六年生で"戦争"なんて調べようとしてるんだから)
5人は、重い自動ドアをくぐって遊就館へ入っていく。
涼しい冷気が、扉を抜けた大和たちの肌を包み込んだ。
ロビーの中はひんやりと静まり返り、外で聞こえた蝉しぐれが遠のいた。
戦時中に使われた機関車、そして零戦が受付ホールに堂々と展示されている。
時代を越えて、鉄の匂いと油の匂いが、わずかに漂っていた。
「うわっ、本物の零戦だ! ひゃっほー!」
「零戦って、機動力は高かったけど、防御力が低かったんだよな」
大和が駆け寄り、蓮弥も後に続いた。
「ほんと大和も蓮弥も、そういう兵器を見ると目がキラキラするんだから」
真澄がやれやれといった具合で呟く。
「すごく大きい機体、でも寂しそう…」
咲良が静かに言った。
(大和たちってすごいな……)
("自由研究"なのに、"自由のなかった戦争の時代"をテーマに選ぶなんて)
受付には、年配の女性職員が一人。
大和が代表して声をかける。
「こんちはー! 小学生5人分の入館チケット下さい!」
「あら、いらっしゃい。あなたたち、子どもだけで来たの? ひょっとして夏休みの自由研究かしら? 小学生は無料よ」
「やったーっっ!!」
職員は穏やかに応対していたが、ふと陽仁に目を止めた。
その姿勢や佇まい、雰囲気……何かが、他の子どもたちとは違う。
――この子、どこかで見たことがある……。
職員の勘ぐるような視線に、陽仁は咄嗟にそっぽを向いた。
手続きを終えた子どもたちは、館内へ意気揚々と進んでいく。
ただひとり、後ろめたそうな様子の陽仁。
職員は訝しげに見送った。
どこかで見たことがある。
でも、誰だったか……。
まさか、皇太子? いや、そんなはずはない。
皇族の方が来館するとなれば、事前に連絡があるはずだし、警護の人だって同伴するはずだ。
そう職員は自身に言い聞かせるも、いいようのない違和感は拭えない。
――通報したほうがいい。
第六感ともいうべき何かが、そう告げていた。
職員が受付にあった固定電話の受話器に手を伸ばしたその時。
入口から数名の男たちが、威勢よく館内に入ってきた。
歩き方が、他の来館者とはまるで違う。
鋭い目つき、屈強な体つき、耳には通信イヤホン。
私服姿でありながら、その佇まいから放たれる威圧感は、明らかに異質だった。
やがてそのうちの一人が、小声で話しかけてきた。
「警視庁です」
突き出された黒革の警察手帳。
開かれたページには、《皇室護衛専従》の文字が光っていた。
それを見た受付の職員の表情が一変する。
先ほどの子どもへの漠然とした懐疑が、確信に変わるのだった。