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【第71話】ちょっと待ったーっ!!

挿絵(By みてみん)


「すべての責任は、私にあります」


広々とした天井の高い格式ある部屋に、昭和天皇の声が静かに響く。


部屋の中央で、椅子に腰掛けたまま向き合うふたりの男。

連合国軍最高司令官・ダグラス・マッカーサー元帥と、昭和天皇である。


あの玉音放送で、既に“最後”を宣言したはずの昭和天皇。

しかしその背中には、なお揺るぎない威厳がある。


マッカーサーはパイプをくわえていた。

だが、そのまま火をつけることも、煙を吐くことも忘れている。


目の前にいるのは、命乞いをしに来た敗軍の将ではない。

国民の未来と引き換えに、自らのすべてを投げ捨てた“真の王”なのだと。


昭和天皇は息を整え、言葉を重ねる。


「このたびの戦争により、世界の人々、そして日本国民に対して、甚大なる犠牲と苦痛を与えました。日本の元首としての立場にある身として、心よりお詫び申し上げます」


マッカーサーは、驚いた表情でパイプを口から離した。


「あなたが、そのような言葉を自ら口にされるとは……」


少しの沈黙のあと、ゆっくりと言葉を継ぐ。


「陛下。私は、あなたが“神”として扱われてきた存在だと聞いています。正直に言えば――あの放送が、あなたの本心なのかどうか、私はまだ測りかねている。今、あなたは……本当にその座を、自ら降りるおつもりなのですか?」


「はい。私がすべての責任を負い、この座を退くことで、我が国の責任の所在を明らかにしたいのです。責任を民に負わせるべきではありません」


昭和天皇は一拍置いてから、揺るぎない声で告げた。


「そして天皇制は、もはやこの国の未来に必要なものではないと考えています。これが、私の本心です」


マッカーサーは、今度こそ心底驚かされた。


「連合国の中には、日本の元首たる天皇の処罰、あるいは制度そのものの廃止を求める声があります。しかし実のところ、我々(アメリカ)は、あなたを残すことで日本の統治を円滑に進められると考えていました。いわば“利用する”形で、です。

ですが……あなたの今の言葉は、私の考えを改めさせるに足るものだ」


マッカーサーは、小さく溜息を吐いた。


「民主主義を与えられるのではなく、天皇自らがそれを勧め、そして自らはその座を退くと宣言する。更に、その後に起こり得る混乱すらも抑えるため、最後の願いとして国民に所望する……実に、驚くべき決断です」


昭和天皇は静かに応じた。


「マッカーサー元帥閣下。日本は焼け野原となりました。ですが、国そのものが滅びたわけではありません。何故なら国民がまだ生きているからです。私は、民こそが新しい日本を支える柱であると信じております」


しばしマッカーサーは沈黙した後。


「……まったく驚くべきことです」


ゆっくりと腰を深く押し込み、座り直した。


「陛下は、敗者の王ではなく、“改革者”としてこの場に臨んでいる。民の力を信じるというその姿勢は、我々が掲げてきた理念と通じるものがあります」


GHQは戦後の統治政策として想定していた“象徴天皇制の利用”という方針を、変更せざるを得ない。

しかしながら代わりに、天皇の退位を“自発的な戦争責任の表明”として、高く評価する。

これは、日本の民主化をむしろ一層促進させるかもしれない。


GHQが『強制的に天皇制を廃止した』と、受け取られることもない。

対日政策に対する国際的な批判も、抑えられるだろう。

日本国内においても『押しつけられた民主化ではない』ため、国民にも受け入れられやすくなるかもしれない。


すなわち――


『昭和天皇が自ら戦争責任を認め、国民の内乱を防ぐために自主的に退位し、天皇制の廃止を宣言した』


それは、やがて美談として語られ、

史実と比べても理にかなった“穏やかな革命”として受け止められるだろう。




……本当に?




昭和天皇が、静かに口を開いた。


「私は長きにわたり、この国の統治者として在りました。ある意味で日本国の《象徴》そのものであったとも言えるでしょう。

ですが――これからは違います」


昭和天皇は、そっと微笑んだ。


「これからの日本は、国民一人ひとりが、この国の象徴となるべきです。私がその象徴の座を降りることで、それが現実となるのなら本望です」


マッカーサーは深々と首を縦に振る。


「今日のこの会談を、私は歴史の転換点として記憶するでしょう。あなたは帝国の終わりをもたらした。だがそれは破壊ではなく、再生の始まりなのかもしれない」


「はい。再生とは、いつも喪失の上に成り立つもの。私はそれを受け入れます」


もう言葉はいらなかった。


マッカーサーと昭和天皇は、互いに納得の色を宿した眼差しを交わした。


ふたりの手が、ゆっくりと近づく。


握手を交わそうとした


――その瞬間。



『バンッ!』



入口の扉が勢いよく押し開かれた。

高らかな声が、室内に響き渡る。


「ちょっと待ったーっ!!」


その幼い声は、歴史の歯車を強引に止める(くさび)のように響いた。




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