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【第65話】対決! 子どもたち VS 赤い眼

挿絵(By みてみん)



「この先は一歩も行かせねーぞ!」


大和(やまと)が両手を大きく広げ、一条(いちじょう)の行く手を阻むように立ち塞がる。

その背中を見て、蓮弥(れんや)も触発された。


(ここは男が身体を張らなきゃいけない場面だ!)


咲良(さくら)、これ持ってて!」


「あわわ…!」


蓮弥から玉音盤を渡された咲良は、顔を引きつらせながら必死に両手でそれを抱え込んだ。


大和の横に並び、蓮弥もまた退路を断つ覚悟で両手を広げる。

子どもたち4人で一条と対峙していたが、自然と男ふたりが真澄(ますみ)と咲良を背に庇う形となった。

その姿は、幼いながらも勇ましさを覗かせる。


「貴様らの児戯に、この俺が食い止められるものか!」


一条は冷酷に言い放った。

彼は拳銃を構え直すことすらしない。

銃を握った右腕を鞭のようにしならせ、鋭く振り抜いた。

満身創痍のはずの肉体から放たれたとは信じがたい、鋭く重い一撃。


「邪魔だッ!」


大和と蓮弥の身体が弾き飛ばされた。

ふたりの小さな背中が、漆喰の壁に激しく叩きつけられる。


「うわぁ……いってぇ……」


大和が呻きながら、床に這いつくばる。


「なんだよ今の……全然、歯が立たない……」


蓮弥も激痛に顔を歪め、立ち上がることすらままならない。


当然の結末だった。

この男は、かつて遊就館(ゆうしゅうかん)で屈強なSPたちを、難なく倒したのだ。

それを子どもたちは目の当たりにしていた。

――まさに怪物。

いかに一条がボロボロの状態であろうとも、子どもの勇気だけで太刀打ち出来るほど甘くはない。


しかし、大和と蓮弥を薙ぎ払った一撃。

それは一条にとって、もはや自身の命を削るに等しい挙動だった。

反動で身体が大きくもつれる。

膝が折れそうになるのを、辛うじて支えていた。

荒い呼吸のたびに、肺に焼けるような痛みが走る。

それでも一条は、執念に引きずられるようにして、天皇のいる地下御文庫への歩みを再開した。


「咲良、下がって!」


真澄が、玉音盤を抱える咲良を背後へ下がらせる。

震える両手をいっぱいに広げ、前に出た。


「止まってよ! そんなにボロボロな身体で、どうしてそこまで!?」


一条は、燃え上がるように熱を帯びた左眼を強く押さえた。

鮮血に染まったかのような赤い円。


「この“日輪”こそが、俺に課された天命! 形骸化した未来の日本を救えという、神州の叫びなのだ!」


赤い眼球が不気味に煌めく。


「なによそれ!?」


真澄は吐き捨てた。

一条の狂気に身体がすくんでいたが、懸命に堪えていた。


「お前たちも、現代を生きる者として理解しているはずだ! 誇りや尊さを失い、ただ惰性で生きるだけの国民。なんと嘆かわしい! なんと薄汚い姿か!」


「はあ? 意味がわかんないわよ!」


「それを救うために、俺はこの国の中心に、“神威”を残す! それこそが日本が魂を取り戻す唯一の道なのだ!」


「そんなの、思想の押し付けじゃない! それは誰の正しさよ!?」


「生意気なガキが! 邪魔立てするなあああーッ!」


一条の叫びと共に、真澄の身体が乱暴に突き飛ばされた。

凄まじい力で廊下の床を転がり、壁に激突する。


「いったぁーい……女の子に暴力振るうなんて、最低よ……!」


唇が切れていた。

真澄は涙の滲んだ目で一条を睨みつけた。


残された咲良に、一条の禍々しい視線が突き刺さる。

玉音盤を両手で抱える咲良には、他の子どもたちのように身を挺することはできない。

代わりに呟いた。


「その赤い眼…すごく歪んで見える…」


背後で辛うじて体勢を立て直した大和と蓮弥が、雄叫びを上げて躍り出る。

ふたりは肩を組み、一条の背中へ突っ込んだ。


「おらあああああ!!」


鈍い衝撃音が、廊下に響き渡る。

子どもとはいえ、ふたりがかりの決死の体当たり。

まともに喰らった一条は、くの字に身体が折れ曲がった。


「ぐ、あ……ッ!」


一条は短く喘ぎ、床に膝を突く。

右手から拳銃が滑り落ちた。

金属音を立てて床に転がったそれは、真澄の目の前で止まった。


大和と蓮弥は、反動で床に倒れ込み、視界に火花を散らしている。


一条は、手放してしまった銃を取り戻すべく、視線を床に走らせた。

だが、その銃を先に捉えたのは、真澄。

震える小さな手で恐る恐る、それでいて何かに導かれるようにして、銃を拾い上げた。


「……ッ!」


一条の顔に、初めて明確な危機感が浮かび上がる。

真澄が銃のグリップを握ると、不思議と力が湧いてきた。


(銃――武器――暴力――戦争の道具――)


真澄の奥底に眠っていた記憶が、蘇る!

真澄は、衝動に突き動かされるように、銃を両手でしっかりと掴み直した。

床に膝を突く一条へ、真っ直ぐに銃口を向けて。


その場にいた全員の呼吸が止まった。

一条と、大和、蓮弥、咲良。

真澄自身も、信じられない行動をとった自らに驚いていた。


一条の赤い眼が、揺れる。

銃は既に安全装置が解除され、薬室には8ミリ弾が装填されている。

引き金を絞れば――子どもでも撃てる。


真澄の脳裏には、苦い記憶が上映されていた。

解像度が低く、記憶の輪郭はハッキリとしない。

けれど確かに、とても嫌な思いをした。

かつてタイムスリップした先、開戦直後の日本。

そこで真澄は、あまりに辛い、あまりに孤独な経験をした。


(……私は救いたかっただけなのに……)


“未来人”として、アジア太平洋戦争の悲惨な結末を知っていた。

だから『回避せねば!』と、使命感を抱いた。

数多の命を奪い、そして奪われる。

滅亡しかけた日本。


それを止めるために、真澄は必死だった。

町の人々に停戦を、反戦を呼びかける日々。

叫び続け声を枯らし、時に無視され、時に罵声を浴びせられ。

それでも孤独に負けずに、諦めなかった。


しかし真澄は報われなかった。

未来を知り、救いたいと願うが故に、誰にも理解されず歴史から排除されてしまった。

史実という巨大な壁に押し潰され、深い心の傷を負った。


その時の、行き場のない悲しさが、悔しさが、そして怒りが!

今の真澄の指を、拳銃の引き金へと誘い出す!


「……」


一条は黙っていた。

自分に向けられた銃口を、静かに見つめている。


「真澄、お前……撃つ気か?」


床に伏したままの大和が、掠れた声で呟く。


「本当に……いいの?」


蓮弥も震える声で後に続いた。


(ええ、私、撃つわよ。子どもとか、そんなの関係ない……)


真澄の瞳からは、迷いが消えていた。


(みんなを傷つけておいて、自分だけが正しいと振る舞うこの男、許さない……!)


心臓だけが、悲鳴を上げるほど激しく脈打っている。


一条が、静かに口を開いた。


「撃てるものなら、撃つがいい」


それは命乞いではなかった。


「国を慕う情熱もなく、日本人としての矜持を掲げる覚悟もなく。かといって、この国の行く末に狂うほどの絶望を抱くこともない。貴様らが、未来を生きる国民どもが、均衡を保っていられるのは考えることを放棄し、すべての矛盾を閉ざしたからだ」


一条は銃口を見つめたまま、嘲笑うように言葉を重ねる。


「……そうでないというのなら、確たる意志を示してみせろ。さあ、撃てッ!」


真澄の視界が、怒りと悲しみで染まっていく。


私は、あの時代で――

どんなに必死で訴えても、誰ひとり分かってくれなかった!

みんなみんな、戦争を止めようって、賛成してくれなかった!

戦争は悲惨、絶対に駄目なことなのに――

みんな……戦争を続けたがってた!!



「いいわよ……」


真澄は、銃口を真っ直ぐに定めて――

そして――


「ダメーーっ!!」


咲良が叫んだ。


だが、その声は、真澄に届かない!


まるで取り憑かれたように、引き金にかける指に、じわりと力が入る。



「……だったら私だって! 私だって“戦争”してやるわよーっ!!」



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