表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/72

【第59話】宮城クーデター玉音盤 争奪戦!

挿絵(By みてみん)


どうして――

どうして、こんなことになってしまったんだ!



侍従・江守(えもり)は、宮内省庁舎の長い廊下を必死に走っていた。

夜更けの廊下は異様なほど静まり返っている。

その静寂が、かえって江守の呼吸音を際立たせた。


(はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ……!)


胸元に抱えた風呂敷包み。

その“中身”の重みが、質量以上にずしりと感じられる。


――“玉音盤”――


昭和天皇の肉声を録音したレコード。

『終戦の詔書』を収めた盤。


それも、正盤ではない。

万一に備えて保管されていた、予備の副盤。


「……せめて、これだけは……」


江守のかすれた声が、喉の奥で震えた。


「何が何でも……守り抜かねばっ!!」


訳が分からなかった。

突如として、近衛師団が反旗を翻したのだ。

それだけでも信じがたいというのに――


(何故、彼らは玉音盤の隠し場所を知っていた!?)


正盤は既に見つかり、奪われてしまった。

今、江守の胸に抱かれているこの副盤こそが――


最後の、天皇陛下の『御声』!!


(御声が明日、国民に届かなければ! この戦争は終わらないっ!)


どうして近衛師団は、玉音盤の在り処を知っていたのか?

誰かが、漏らしたのか?


思考が渦を巻く。

だが、江守は首を振る。


(考えるな。とにかく今は逃げるしかないっ!)


その時だった。


「予備の玉音盤があるはずだ! どこだ!? 探し出せーッ!」


反乱軍(このえへい)の荒々しい声が、遠く、廊下の向こうから響いてきた。

江守の背筋が凍る。

見つかれば、“終わり”だ。

逃げ切らねばならない。

どんなことがあっても。


江守は角を曲がり、階段を駆け足で下りる。


――その瞬間


「……っ!!」


足が、空を切った。

焦りか、あるいは疲労か。

張り詰めていた糸が、限界を迎えたのか。

段差を踏み外し、身体が前のめりに崩れ落ちる。

江守は、階段から転がり落ちてしまった。


鈍い衝撃。

江守は歯を食いしばり、声を押し殺すも、内心では失態に絶叫してしまった。


(しまったっ! やってしまった――!!)


江守は震える手で、風呂敷包みの中を確認する。


(よかった……盤は無事だ)


安堵したのも束の間、右足首に激痛が走る。


「――っ!?」


捻ってしまった。捻挫か。

冷や汗が頬を伝う。

江守は壁に手をつきながら、立ち上がろうとした。

しかし、足に力が入らない。

ずるりと身体が滑り、壁に背を預ける形で崩れ落ちる。

右足首は、見る間に赤黒く腫れ上がっていた。


「駄目だ……歩けない……」


心臓の鼓動が、耳の奥で鳴り響くように。

絶体絶命の状況。

玉音盤の入った風呂敷包みを抱きしめたまま、江守は天を仰いだ。


「……ここまで、なのか……」


その時だった。


江守の視界の端に、唐突に複数の“動く影”が飛び込んできた。


「……子ども!?」


思わず息を飲む。

その影は、月明かりの差し込む位置へと躍り出た。


児童と思しき男の子がふたり、女の子がふたり。

それは現代からタイムスリップしてきた

大和(やまと)蓮弥(れんや)真澄(ますみ)咲良(さくら)だった。



「やべっ……見つかった!」


先頭にいた大和が、思わず声を上げる。

その一言で、他の3人は一斉に身を硬くした。


江守は、呆然と子どもたちを見つめる。


(何故、子どもがこんな夜更けに? こんな場所に?)


奇妙な服装。

そして“靴”を、履いていない。

薄暗い廊下で足元も見えづらく、まるで子どもの幽霊のように。

一瞬だけ、江守は大和たちを“座敷わらし”だと本気で思った。

足の痛みも忘れて、思考が停止した。


沈黙を破ったのは蓮弥だった。


「あれ? でも、兵隊じゃないみたいだぞ?」


その言葉に、大和、真澄、咲良も改めて江守を見つめる。

不安と警戒が入り混じった目。


「おっさん、具合悪そうだけど、大丈夫か?」


大和がそう声をかけ、江守の思考と激痛が現実へと引き戻された。


(今は……この怪しい子どもたちを頼る他ない!)


江守の瞳に、鋭い光が宿る。


「君たち……」


大和たちは、びくりと肩を揺らし身構えた。


「説明している時間はない……これを、持って行ってほしい」


江守は、胸に抱えていた風呂敷包みを、震える手で差し出した。

その仕草は、懇願に近い。

先頭にいた大和が、反射的に受け取る。


「って、重っ! なんだよこれ!」


ずしりとした重みが腕に伝わり、思わず声が漏れる。

大和と蓮弥、真澄、咲良は、顔を寄せ合い、風呂敷の隙間から中を覗き込んだ。


――“黒い円形の物体”――


蓮弥と咲良が、目を丸くする。


「でっかいCDだな。ピザのMサイズくらいあるぞ!」

「真っ黒だね…」


真澄が断じた。


「これ、レコードっていうのよ。お祖父ちゃんの家で見たことあるわ!」


江守は子どもたちを見つめた後、目を閉じた。

そして覚悟を決めたように、静かに息を吐き、目を開いた。


「これは、天皇陛下の御声を録音した、大切なものだ。この国の命運を左右するほどの……」


風呂敷包みを見つめる大和たちの目に、困惑と緊張が混じる。

江守は子どもたち一人ひとりの顔を、しっかりと見据えた。


「反乱軍が手に入れようと、すぐそこまで来ている。これを……守り抜いてくれないか?」


大和たちは言葉を失ったまま、互いの顔を見合わせる。


「えーっ! マジかよ!?」

「ちょ、ちょっと待って下さい」


大和と蓮弥が戸惑う中。

真澄と咲良が、ふと思い当たった。


「これ“玉音盤”よ! 戦争終結を告げた、あれよ!」


真澄に続き、咲良も呟く。


「玉音放送のだね…」



「――おいッ!!」


荒々しい声が突如、廊下の奥から聞こえてきた。

姿を見せたのは、威圧的な風貌の近衛兵たち。

軍靴の圧迫感のある足音を響かせて。


「なんだ、お前たちは! こんな所にガキだと? 怪しい奴らめッ!」


子どもたちを睨みつけていた近衛兵の視線が、風呂敷へと移る。


「……ん? なんだ、その包みは?」


江守と、子どもたちの表情が凍りついた。

ただひとり除いて。


「これか? “玉音盤”だって!」


大和が――バカ正直に告げた。


江守の顔から、血の気が引く。

蓮弥と真澄と咲良が、呆れ半分、怒り半分で大和を非難する。


「大和~! なんでこの状況で言っちゃうんだよ!」

「あんたね~! 本当に私たちを巻き込むの好きね! 最悪よ!」

「空気、読んで…」


「なんでだよ! 空気は吸うもんだろ!」


と、言いつつも大和自身、これは失言だったと頭を掻いて悪びれるように視線を落とした。


「……玉音盤、だと?」


近衛兵たちの目が、獲物を見つけた獣のように光る。


次の瞬間。


「行け!!」


江守の魂の叫びが、廊下に響き渡る。


「玉音盤を! 陛下のお声を! 日本の未来を守ってくれ!!」


それは侍従としての言葉でも、命令でもない。

戦時下の日本人が、未来の日本人へ託した、“祈り”だった。


「さあ! 走れ!!」


大和たちは、顔を見合わせ互いに頷いた。

風呂敷包みを手に、恐怖を振り切るようにして、一斉に走り出す。


「待てーッ!!」


近衛兵たちが、凄まじい形相で駆け出した。


「玉音盤を渡せ! 子どもでも容赦はするな!!」


近衛兵たちは、江守の存在を完全に無視し、子どもたちを追っていく。

江守は、その場に座り込んだまま、走り去るそれぞれの背中を見送っていた。



足音が遠ざかっていく。

闇の向こうへ。

歴史の分岐点へ。


風呂敷は、もう腕の中にない。

だが不思議と、胸の中は空っぽではなかった。


「頼んだぞ……」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ