【第4話】子どもたちの靖国神社・遊就館への道のり
――朝の8時頃、某駅にて
大和は得意気に切符を改札に入れ、改札口を通り抜けた。
後に蓮弥、真澄、咲良が続く。
「よっしゃ、予定どおりの電車! これ乗れば9時くらいには靖国神社に着くっしょ!」
しかしホームに滑り込んできた車両の扉が開いた瞬間、4人は目を見開いた。
通勤中の大人たちでごった返した電車内は混雑していたからだ。
「え? これ、マジで入れる?」
「朝の電車って、こんなに混んでるのね。知らなかったわ」
呆気に取られる子どもたち。
乗り込むのを躊躇していると、後ろに並んでいた大人たちに押されるようにして、子どもたちは車内へ吸い込まれていった。
扉が閉まり、電車は何事もなかったかのように出発する。
都内までまだまだ距離がある。
停車駅だってこれから先、何駅もあるのに、既に満員に近い。
電車に乗ってしまうと逃げ場はなく、足場すら確保するのに一苦労だった。
目の前には大人たちの背中、まるで壁のようだ。
大人たちに取り囲まれ、子どもたちはサンドイッチ状態である。
「こっちの方が戦争じゃねーか!」
「大和の言う通りだ、大人たちって毎日これやってんのか」
スマホの画面を無言で見つめる大人たち。
静かで”感情を失っている”ように見えた。
「ぐぇ…苦しいぜ。やべーよ!」
「ふっ、情けないな。これくらいどうってことないさ」
「そういう連弥だって、その顔! 痩せ我慢してんだろ!」
「咲良?さっきから黙ってるけど、だいじょうぶ? 手繋ごう?」
「わたし、もう帰りたい…」
子どもたちは、身動きが取れないまま、予定していた乗り換え駅を通り過ぎてしまう。
満員状態で動けないまま、結局、終点駅まで着いてしまった。
「咲良? だいじょうぶ?」
真澄が顔色の悪い咲良を心配して、背中を擦る。
「気持ち悪くなっちゃった…」
「ねぇ、どっかで少し休憩しましょ?」
「そうだな。調べていた予定コースから外れてしまったし」
蓮弥がそう言ってリーダーの大和に視線を向ける。
「分かった!とりあえずこの人混みじゃ休まらねー! 駅からひとまず出ようぜ!」
大和たちは周囲の大人たちの歩くスピードに合わせ、足早に改札を抜ける。
駅から抜け出すと、東京の大都会の光景が広がっていた。
常に大人たちが忙しなく目の前を行き来している。
さきほどの電車の中の密集状態とまでは言わないが、それでも街全体が満員都市に見えた。
近くに空いているベンチがあったので、子どもたちはしばらく座って休憩した。
「で、これからどうする?」
「とりあえず、そこら辺歩いてる人に靖国神社までの行き方を聞いてみよーぜ!」
……。
…………。
「どうしよう? 誰も止まってくれないわ!」
「なんだよ! みんな冷てえな。マジで働くのって、戦争なのか!?」
「ふっ、大人たちは”社会”という戦場で日本を支えているのさ」
ふと、通りの先に”無料案内所”と書かれた派手な装飾の看板があるのを咲良は見つけ、指をさす。
「ねぇねぇ、あっちに”無料案内所”があるよ…」
「おっ?ホントだ! あそこに行けば靖国神社までの行き方をきっと案内してくれるぜ!」
「“無料”って書いてあるし、ボクたち子どもにとっては助かるな」
「そうね、ありがたいわ! 行ってみましょ!」
子どもたちは、意気揚々とその無料案内所に入店した。
カウンターの奥にいた金髪のチャラい男性店員が驚いて、子どもたちの方を振り向く。
「……え? 子ども?」
「こんにちはー! 靖国神社ってどこですかー!? オレたち迷っちゃって」
「ボクたち夏休みの自由研究で戦争のこと調べてて、それで資料館のある靖国神社に行きたいんです」
「ちょ、待って待って。君たち、何しにここ来たの?」
大和と蓮弥が案内を尋ねても、男性店員はまだ状況を飲み込めていないようだ。
「案内してくれないのかしら? “無料”って書いてあったのに」
ぼそっと呟く真澄。
咲良は店内を見回して訝しげな表情になる。
「ここ、なんか変。大人の女の人たちの写真が並んでるし…」
男性店員は少しだけ考える素振りをした後、苦笑いして大和たちに言った。
「うーん、ここはね、君たちには……ちょっと場違いかなあ」
「え〜! じゃあここって、何の案内所なのー?」
「……まぁ、大人の悩み相談所、みたいな所だよ」
子どもたち一同はポカーンとした。
「悩みって何ですか? 勉強の悩みですか?」
「いや〜……もっと深くて、もっと浅いやつかな……」
「何かしら? ひょっとして、謎解き?」
「あ~!分かったぜ! 答えは川だ! だって深い所も浅い所もあるもん!」
「つまりここは、川の無料案内所…?」
「あの、ボクたち、多摩川も荒川も隅田川も、別に行こうと思ってないんですが」
子どもたちの反応に男性店員はおかしくなってしまった。
「ハハッ、最高だな君たち……靖国なら、“九段下駅”で降りるといいよ。ここからだと新宿三丁目駅から都営新宿線に乗るのが一番早いかな?」
男性店員がそう案内しても、子どもたちにはよく分からなかった。
「君たちの年頃じゃ、まだスマートフォンは持たせてもらえないのかな? 分かった。お兄さんがここからの行き方をネットで調べて印刷してあげるよ」
そうして子どもたちは現在位置から都営新宿線の乗り場までの地図、靖国神社の最寄り駅、九段下までの線路図を印刷してもらうのだった。
子どもたち4人は「ありがとうございましたーっ!」とそろって叫び、無料案内所を後にした。
「あの人、なんかカッコよかったね」
真澄がそう言うと、咲良は頷いた。
「うん。とても親切だった…」
大和と蓮弥もさきほどの男性店員を絶賛する。
「人は見かけによらねーな! 見た目チャラかったけど、良い兄ちゃんだったぜ!」
「東京にもちゃんと優しい人がいてホッとしたな」
談笑しながら、子どもたちは駅に向かって歩く。
高層ビルが建ち並ぶ都心の街風景。
照りつける夏の太陽の下、子どもたちは都会が好きになれた気がした。
やがて、都営新宿線の新宿三丁目駅の入口が見えてきた。