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【第55話】再び、光の、その先へ――!

挿絵(By みてみん)


「託されたんだ……」


大和(やまと)の声は、か細く、けれど部屋の隅々まで染み渡るような重みを持って。


「あっちの世界で、オレのこと、すごく良くしてくれた人たちがいたんだ……。最後、自分の身を犠牲にして、オレを炎から逃がしてくれた」


蓮弥(れんや)真澄(ますみ)咲良(さくら)の胸に、痛みが走る。

そうだ。自分たちだけじゃない。

大和もまた、タイムスリップした戦時下で、地獄を味わったはず。

壮絶な想いを抱えたまま、現代へ戻ってきたのだ。


「託されたのは、オレの命だけじゃなかった。この国の、“未来と平和”。

それはきっと……《祈り》なんだと思う」


託されたのは恐らく――大和だけじゃない。

今を、令和を生きる、すべての人々に託された《願い》。


でも――

それがもう一度、過去へタイムスリップし、陽仁(はるひと)を連れ戻すことと、どう関係があるのか。


3人の胸に走っていた痛みが、全身へと広がる。

そうだ。大和だけじゃない。

陽仁もまた、辛い――もしかしたら誰よりも辛い思いをしたのでは……。


天皇の名の下に、皇室という権威の下に。

陽仁の曽祖父である昭和天皇の名の下に。


『天皇陛下万歳』・『国のために、陛下のために』


平和な令和に育ちながら、突然、己のルーツが最も残酷な形で国民を苦しめている時代に放り込まれた陽仁。

自分と同じ血筋、家族の名の下に、戦争を強いられる日本へタイムスリップした。

自分がいつか《象徴》として背負うはずの日本という国が、目の前で瀕死に晒されて。

先祖の名において、数えきれないほどの命が失われて。

その光景を目の当たりにした陽仁にとっては、耐え難い恐怖と苦痛ではなかっただろうか?


戦時下という地獄を国民に強いる中心、役割にいるのが、《自分と同じ血筋の存在》であるという、残酷な事実。

未来の皇室の人間である陽仁にとって、逃げ場のない胸を抉るような悲痛ではなかっただろうか?


彼を――

陽仁を連れ戻すことは――

制度としての天皇を守ることではなく――


日本が滅亡しかけたあの戦争を、“終わった歴史”として完結させる意味ではなく。


陽仁は――


あの悲劇を真に終わらせ、“穏やかな未来と平和”のために必要不可欠な

《日本のカケラ》として。

犠牲になった何百万人もの人々の《祈り》を、今の時代に実体化させるための

《象徴》として。




「……分かった。お前らがもうタイムスリップしたくないって思うの、当たり前だと思う。めっちゃ怖かったもんな。だからもう、一緒に行ってほしいとは言わない」


大和は、天皇という言葉も、皇太子という言葉も、国家という言葉も、もう口にしない。


「……でも、オレは行くよ」


迷いのない光をその瞳に宿して。

天皇制を巡る疑問も、国家責任の曖昧さも、大人が背負わせた戦争も、全て棚上げして。


「あいつは――”大切な友だち”だからっ!」



その真っ直ぐな言葉に、蓮弥と真澄と咲良は息を飲んだ。

高尚な正義感でも、義務感でもない。

最もシンプルな、“友情”。


大和はさざれ石のカケラを、指の節が白くなるほど強く握りしめた。


(連れて行け! 陽仁のところへ……オレを連れて行ってくれっ!)


だが、石は淡い光を灯すだけで、“あの時”のような輝きは見せない。

何かが、足りないのだ。


大和が懸命に石を握って念じる中、沈黙を破ったのは蓮弥だった。


「……ひとりで行かせるのも、無理だろ」


ぽつんとした呟き。

大和の顔に、戸惑いと驚きが花が開くように広がっていく。


「そんなこと言ったらさ……大和、お前だって“大切な友だち”だよ」


蓮弥は吹っ切れるように、テーブルの上にある麦茶を飲み干したコップの底に残っていた氷を一気に口の中に放り込んだ。

氷を噛み砕く音が静かなリビングに響く。

その冷たさで、自らを強制的に覚悟させるように。


「ボクは、本当は行きたくなかったんだけど……」


これは賛成でも反対でもない。

折れた瞬間。


“仕方なく一緒に行く”ではなく、“怖いまま、選んで行く”


蓮弥が、静かに歩み寄る。

そして、大和がさざれ石を握るその手に、自らの手を重ねた。


「蓮弥~!」


今度こそ、大和の顔は満開の花のように輝いた。


「え、嘘でしょっ!?」


真澄が叫んだ。

信じられないという表情。


「もう一度、あの戦時下へ行くのよ! 地獄へ戻るのよ! 分かってるの!?」


真澄の顔は、激昂に近い。

しかし蓮弥は何も言い返さなかった。

ただ黙って、強張った顔のまま頷いた。

言葉よりも、その静かな肯定が、真澄には一番堪えた。


「そんな……! そんなっ!」


崩れそうなほど動揺して、後ずさる真澄。


「友情への同情でしょ! そうはいかないわ! 友情のドミノ倒しになんてならない。私たちは行かない。ね、咲良?」


必死に同意を求める。

だが、真澄の隣で俯いていた咲良が、いつの間にか顔を上げていた。

その目に宿っていたのは、恐怖の涙だけではない。

もっと別の、静かな、けれど確かな灯火。


「怖いのは嫌…。でも大和たちだけで行かせるのも、怖い…」


「え!?」


「わたし、強くなりたい。テレビを観て『嫌だ』って耳を塞ぐんじゃなくて、ちゃんと受け止められるくらいに…」


それは、自分を縛り付けていたトラウマを、自らの力で解こうとする少女の宣言だった。


「なによ、それ……?」


呆然とする真澄を置き去りにして、咲良は遠い記憶を手繰り寄せる。


「それに、わたし…陽仁くんだけじゃなくて、あの時出会った人たちまで見捨てることになっちゃう気がして…」


最悪のタイムスリップだった。

けれど、そんな地獄のような世界でも、誰かが自分を庇ってくれた。

あるいは、誰かが本気でぶつかってくれた。


咲良は震える手を伸ばした。

大和と蓮弥の手に、そっと重ねる。


「咲良……ありがとう」


大和の感謝に、咲良は小さく頷く。

蓮弥の手は小刻みに震えていたが、その上に重なった咲良の手も同じように震えている。

ふたりは互いの手から伝わる“恐怖の共鳴”を肌で感じた。

情けないような、でも少しだけ救われたような、奇妙な苦笑いを交わし合う。


ひとり、輪の外に取り残された真澄。

狼狽を隠しきれず顔を歪めながら、喉の奥に張り付いていた言葉をなんとか吐き出す。


「……行きたくないまま、行くなんて……最悪よ!!」


怒りなのか、悲しみなのか、それとも取り残された恐怖なのか。

真澄の声は裏返り、震えていた。


「“本当”に卑怯なのは、大和のほうじゃない!」


行きたくないと言い張る自分たちを、孤立していた大和は内心“卑怯者”だと思っていたに違いない。

真澄はそう感じていた。

しかし、今はどうだ?

大和は理屈ではなく、友情や情緒に訴えて、行かない派を取り込んでしまった。

真澄の目には、その“絆”を人質に取るようなやり方が、卑怯に見えたのだ。


大和は――ただニッコリと笑った。


「それでも、選べるなら……オレは、一人じゃ行かねぇな」


「……っ!」


大和の方が、一枚上手だった。


皇太子だから助けに行くのではない。

大切な友だちだから助けに行く。

それ故に、たとえ皇太子であっても、助けに行く。


理屈を超えたその純粋な意志が、バラバラになりかけたみんなの心を一つに繋ぎ止めた。


真澄は唇を噛み切りそうなほど強く結び、震える足で一歩、前へ踏み出した。

そして何とも言えぬ表情で、3人の重なった手に自らの手を添える。


「……最悪。本当に、最低の夏休みね」


吐き捨てた言葉とは裏腹に、その目は泣き笑いの光を宿している。

大和が、静かに噛みしめるように言葉をこぼした。


「みんな……ありがとう」



リビングに、4人の鼓動が重なる。

さざれ石を握りしめる大和の手の上に、蓮弥、咲良、真澄の手が層を成している。


次に飛ばされるタイムスリップ先はどこか。

銃弾が飛び交う戦場か。

あるいは爆弾の降り注ぐ業火の町か。


誰も『頑張ろう』とは言わなかった。

誰も『大丈夫』とも言わなかった。


やがて――


挿絵(By みてみん)


さざれ石が咆哮を上げるように輝きだした!

まばゆい光が、溢れ出す!


“あの時”と同じだ。


もうこの閃光は止まらない!

後戻りは、できない!


「みんな! 重ねた手を離しちゃダメだ!」


視界が真っ白に染まる中、大和が張り裂けんばかりの声で叫んだ。


「バラバラに飛ばされないように!」


たとえ閃光の凄まじさに目を閉じても、その手だけは決して離さない。


陽仁のもとへ――!


再び、光の、その先へ――!


時空を、超える――!


真っ白な閃光が部屋全体を支配する。

音も、空気も、何もかも飲み込まれる。



――そして、子どもたち4人は、光の中へと消えていった。




挿絵(By みてみん)


玄関の扉が開き、スーパーのレジ袋が擦れるカサカサという音が廊下に響いた。


「ただいまーっ! 大和ー! 買い物から帰ってきたわよ。玄関に“靴”がいっぱいあるけど、お友だち来てるの?」


大和の母親の声が、静まり返った家の中に響く。

返事はない。

彼女は不思議そうに首を傾げながら、リビングへ入ってきた。


「夕御飯は美味しいハンバーグを作ってあげるからね! いつもは合い挽きだけど、今日は100%牛ひき肉よ! だから元気出しなさいよね!」


返ってくるのは、しんとした静寂だけ。


「って、あれ?」


リビングは無人だった。


「なによ、みんなでどっか遊びに行ったのかしら? “靴も履かない”で……」


つけっぱなしのテレビの音声だけが、静かな部屋に流れていた。


『皆さんはご存知でしょうか。知られざる一夜。終戦前夜に起きた、ある大きな事件を――』


大和の母親はテレビをチラリとも見ず、キッチンの水道を捻り、夕食の支度に取り掛かる。


『敗戦を受け入れ、終戦の詔書を録音し、国民に発表する準備をしていた昭和天皇と政府。その決断に激しく反発した一部の陸軍青年将校たちが、皇居――当時の呼称で宮城(きゅうじょう)を占拠し、玉音放送を阻止しようとしたのです。彼らは“国体護持”を掲げ、“戦争継続”こそが日本の道だと信じて疑いませんでした。しかし――』



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