表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/71

【第54話】少年 少女 問答!

挿絵(By みてみん)



「な、何言ってんだよ……」


大和(やまと)真澄(ますみ)の突然の問いかけに、言葉を失った。


“天皇は、今の日本に必要なのか?”


何を今更。

大和にとって、考えるまでもない、当たり前。

何故、そんなことを聞くのか。


しかし、恐らく――


多くの国民が、真正面からその存在を考えたことはない。

学校でも詳細までは触れられず、誰も正解を教えてもらっていない。

議論すること自体がどこか不謹慎で、禁句(タブー)を漂わせるような。

『とりあえず必要なもの』として。

《日本の象徴》であるにも関わらず――


“天皇は、今の日本に必要なのか?”


これは、戦時下の日本へタイムスリップした《子ども》の問いかけ。

思想ではなく、“体験”から出た疑問。

あの戦時下――天皇の存在感が最も強かった時代。

現代の《人間・国の象徴》ではなく、《現人神(あらひとがみ)・国の統治者》だった頃の。



「おいおい……真澄、お前本気で言ってんのかよ。考えるまでもないだろ! だって、天皇はこの国の『象徴』だろ? 絶対に必要なんだよ! 天皇がいなかったら、それはもう日本じゃないだろ!」


大和は吐き捨てるように言った。

だが真澄の瞳に宿る、冷たい炎は消えない。


「本当に? 天皇がいなきゃ、日本は絶対にダメなの?」


真澄の声色は、あまりにも透明だった。

大和は反論しようと口を開くが、言葉が喉にひっかかる。

目に見えない威圧。

いや、真澄から隠れた必死さが垣間見える。


「なぁ、蓮弥(れんや)咲良(さくら)も、真澄に何か言ってやれよ! こいつ、おかしくなっちゃったんだよ!」


大和は助けを求めるようにふたりに振った。

けれど、返ってきたのは――沈黙。

蓮弥も咲良も、揃って視線を床に落とし、まるで重苦しい空気を咀嚼するように。


「おいおい……どうしちゃったんだよ、お前らまで」


やがて、蓮弥が重い口を開く。

大和の期待を裏切り、真澄の言葉を補強するように。


「……その、国として維持するだけなら、天皇がいなくても何とかなるんじゃないかな。国の形は変わるかもしれないけど、それで明日から電気が止まったり、ご飯が食べれなくなったりするわけじゃないから……」


「はぁ!? 何言ってんだよ、蓮弥!」


続いて、咲良も消え入りそうな声で呟く。

大和をさらに突き放す、残酷な肯定として。


「そうだね…。天皇がいても、今までわたしたちの生活に直接関わることってなかったし…」


「はぁぁあああああ!?」


大和の叫びが、リビングに虚しく轟く。

信じていた仲間たちの、信じられない言葉。

“当たり前”を疑う3人と、それを“信じたい”大和。

この温度差は明確だった。


悪質な冗談を聞かされている気分。

大和は、その歪んだ空気を振り払おうと躍起になる。


「国の形が変わったら、取り返しがつかないことになるだろ! これまで培ってきたものはどうするんだよ! それに、生活に直接関わらなくたって、もっと深いところでオレたちに関わってるだろ!」


それでも返ってくるのは、冷ややかな無反応。

真澄も、蓮弥も、咲良も。

天皇の必要性を疑問視することで、そのまま“皇太子・陽仁(はるひと)を救うためにあの戦時下(じごく)へ戻る”という選択肢を拒絶する理由に直結させている。


きっと――


3人はそれぞれがタイムスリップした時代において、天皇という存在に、救いなんて一つも感じなかったのだ。


大和は、そんなニュアンスを感じ取っていた。




それでも――

大和は引き下がれない!


「天皇はこの国に絶対に必要だ! それに陽仁は、次期天皇なんだぞ! 過去に置き去りにしたままでいいはずがないんだ! 今すぐ連れ戻さねえとダメなんだよ!」


大和が叫ぶ。

真澄がこれまでになく複雑で、けれど決然とした表情で口を開いた。


「ねえ、大和。もう私たちは、天皇という存在にすがらなくても生きていけるんじゃないかしら?」


「あ?」


「戦前やもっと昔なら、そういう制度が、国民を一つにまとめるために必要だったのは分かるわ。でも今の時代、その役目はもう終わっているんじゃないの? “成熟”した今の日本なら、そんな《象徴》がなくても、私たちは自分の足で立っていけるはずでしょ?」


「待て待て! その“成熟”だって、天皇や皇室の歴史があってこそだろ! お前、そんなこと外で言ったら怒られるぞ!」


「……ここに、大人なんていないわ」


そうだ。

その通りだ。

きっと大人がいるか、いないかなんて、関係ない。

これが真澄の、地獄を体験し、現代へ戻ってきた者の、忖度のない“本音”なのだ。


蓮弥が、言葉を探り当てるようにして言う。

振り切った真澄の発言と違い、今の日本の在り方に配慮する、蓮弥なりの言い分。


「ボクは、天皇が必要ないとまでは言わないよ。現に存在している以上、いても良いと思うし、それは構わない。だけど――」


「だけど、なんだよ?」


「またあの戦時下にタイムスリップするのは、もう嫌なんだ。あんなに怖い思いをして、命を危険に晒してまで……天皇や皇室、その、陽仁を助けに行きたいとは思えない」


「……っ!?」


絶句する大和。

さらに追い詰めるように、真澄が言葉を重ね、大和の心を折りにいく。


「私だって助けられるものなら助けたいわ! でも、あんな地獄みたいな世界にもう一度タイムスリップするなんて、御免よ!」


咲良が肩を震わせながら、消え入りそうな声で続いた。


「陽仁くんには悪いけど…あの時代に行くのは、とても怖い…もう、嫌…」


大和は、言葉を失う。


(薄情だ――!)


そう喉元まで声がきてるのに、言の葉を吐き出せない!


蓮弥も、真澄も、咲良も。

臆病なんかじゃない。

あまりにも真っ当で、あまりにも理解できてしまう反応なのだ。

ただ、刻み込まれた恐怖に体が拒絶反応を起こしているだけなのだから。

みんなが、あの戦時下でそれぞれ凄惨な目に遭った。

地獄を見た。

大和だって、降り注ぐ焼夷弾の下を逃げ惑い、極限の恐怖を味わった。

だから、3人の拒絶する気持ちは、分かる。


あの――戦争。


当時の日本において、天皇とは何だった?

それは現代のような《象徴》などという、穏やかなものではなかった。

絶対的な君主であり、神聖をたたえた国家元首。

不可侵の現人神。

日本の統治権と軍の統帥権を一身に背負う、最高権威。

実際には、軍部や内閣との複雑な権力構造の中で、制約も多かったかもしれない。

それでも国民の目には、日本の全てを司る、尊敬と畏怖を抱かせる存在として映っていたはずだ。




真澄が、さらに話を飛躍させる。


「ねえ……あの時代、天皇がいたから、あんなことになったんじゃないの?」


その言葉はもはや単なる疑問を超えて、“告発”に近かった。

大和の全身に、激しい動揺が走る。

大和だけではない。

真澄を擁護していたはずの蓮弥も咲良も、真澄のあまりにも直接的な一言に、硬直した。


「天皇が、日本を正しく導ききれなかったから……。だから、あんな戦争になったんじゃないの?」


「なんだよそれっ! 天皇のせいだって言うのか? そんなの正確じゃねーだろ!」


大和はすがるような思いで蓮弥と咲良を見た。

『それは言い過ぎだ』と、否定してくれると信じて。

だが、現実は残酷だった。

ふたりは真澄の言葉に異を唱えることはせず、ただ唇を噛み締めるだけ。


きっと――


これは、正確な歴史認識に基づいているかどうかなんて、関係ないのだ。

真澄が、蓮弥が、咲良が。

あの戦時下へ飛ばされ、死の影に怯えながら地獄を見た結果、そう感じ取ってしまったのだ。


大和は何となく察した。

自分も含め、4人全員が過去で凄惨な目に遭った。

あの凄まじい“戦争”を、ただの知識ではなく“体験”として刻んだ。

そこでは誰もが、天皇の名の下に戦い、天皇陛下万歳という空気しか吸うことを許されなかった。


その圧倒的な時代の頂点(やくわり)にいた存在に対して、子どもたちが負のイメージを抱くのは、ある意味で――“自然”。


けれど、大和の心には違和感が募る。


「なぁ? 恐怖と天皇が、強引に脳内で直結してんじゃねーか?」


構わず、真澄は容赦なく畳み掛ける。


「天皇に、日本が滅びかけた、あのアジア太平洋戦争の《戦争責任》は、あったよね?」


大和は、底知れない浮遊感に襲われた。


(オレは今……“何”と戦ってるんだ?)


目の前にいるのは、真澄。

それなのに、その背後にいる、別の“何”かと対峙している気がした。


「当時は色々な問題や背景があって、複雑だったんだよ!」


「ごまかさないで!」


真澄が身を乗り出す。

真澄もまた、大和を見据えながら、その背後にいる、別の“何か”と戦っていた。


「政治家みたいに曖昧にしないでよ! 『はい』か『いいえ』で、はっきり答えて!」


「ふざけんなっ! そんなの、二つに一つで考えられるほど単純なものじゃねーだろ!!」


大和も身を乗り出した。

ふたりの視線が激突し、リビングの空気が火花を散らす。

子ども同士の言い合いの域で片付けられない。

これは、地獄を見てきた者たちによる、真剣な討論!

剥き出しの問答!


蓮弥は顔を歪め、咲良は震える両肩を手で抑える。

ただ怯えたように、ふたりを見つめることしかできない。


やがて、真澄が絞り出すように言った。

その声は、悲しみに満ちていた。


「私は、あの時代の人たちみたいに天皇に、そして申し訳ないけど、陽仁くんに……自分の命をかけられない。だからもう、あの戦時下の日本へタイムスリップできない」


沈黙。

誰もが大和から視線を外し、俯いている。

結局、大和の想いは、誰にも届かなかった。



大和は――

真澄も、蓮弥も、咲良も。

本当は責めたくない。

3人を卑怯者扱いしたいわけじゃない。


けれど、我慢できずに――


やりきれない感情、陽仁を救いたいという想いから――


一線を越える発言をしてしまう――!



「助けに行かないってことは、陽仁を見殺しにするってことだっ!」


「……っ!?」


「じゃあ、お前らは! あいつが死んでも良いんだなっ!?」


蓮弥、真澄、咲良は同時に息を飲む。

絶望的な顔がそこにあった。


「オレたちだけ助かって、これから一生、平気な顔して生きていくんだなっ!!」


氷りついたリビング。

引きつった顔で固まる3人。

やがて、耐えきれなくなって、咲良が泣き出した。

咲良の悲痛な嗚咽が響き渡る。


やってしまった。

大和は、自身の発言を後悔する。


これは…

これは『言葉の暴力』だった。




気まずい重力に満ちた部屋で、つけっぱなしのテレビから、淡々としたナレーションが流れ始める。

それは日本が経験した、あの“戦争”の特集番組だった。


『かつて、日本は戦争へと踏み出しました。それは国を守るためだと信じられ、正義だと教えられた戦争でした。しかし、その結果―― 各地は焦土と化し、数百万人の命が失われる、大惨事となったのです。日本が滅亡しかけたアジア太平洋戦争は、戦場で銃や爆弾だけで戦われたものではありません。世界が、日常そのものが、徹底的に破壊された悲劇です。今回の特集では、数字や年表の裏側に隠された、あの戦争を見つめ直します』


なんというタイミングか。

夏のこの時期、日本では終戦のタイミングが重なり、至る所で戦争特番が組まれる。

悲劇を忘れないために。

未来へと語り継ぐために。

二度と戦争を起こさないために。

その戒めとして。



「もう嫌ッ!!」


咲良の悲鳴が、空気を引き裂いた。

大和も、蓮弥も、真澄も、目を丸くして咲良の方へ振り返る。

これほどまでに感情を剥き出しにした咲良を、誰も見たことがなかった。


「嫌! 知りたくない! もう、これ以上何も…! 忘れたい、あんな地獄…思い出したくない…!」


いたわるように手を伸ばした大和の手を、まるで拒絶するかのように。

咲良は溢れる涙を拭うことなく、悲鳴のように言葉を重ねる。


「テレビだって…『悲惨な戦争を二度と繰り返さないために、語り継がなきゃいけない』とか、『覚えておかなきゃいけない』とか、そんなことばかり言うけど…! わたしは、“忘れたい! 知りたくない!” 辛くて、悲しいだけなの…!」


咲良の声が、さらに一段高く響き渡る。


「悲劇を繰り返さないために知らなきゃいけないって…それを押し付けられるだけで、わたしはもう充分すぎるくらい悲しくなってる…! 戦争はダメ、二度とやっちゃいけない…そんなの、分かってる…! 痛いほど分かってるから…! お願いだから、もう過去の辛い記憶をいつまでも押しつけるのはやめて…!!」


「咲良……」


嗚咽し、崩れ落ちる咲良。

その姿を前に、大和も蓮弥も真澄も、金縛りにあったかのように動けなかった。

テレビ特集の音声だけが、淡々とリビングに流れ続ける。


人は、過去のすべてを背負いきれるわけではない。

たとえそれが“戦争”という、教訓として未来に手渡すべき大事な記憶であったとしても。

受け止めきれないほどの重荷を強いることは、時として救いとは真逆に働いてしまうかもしれない。


『日本人は、かつて国が滅びかけたあの凄惨な記憶を、忘れてしまっても良いのか?』


未来を築くためには、痛みを手放す瞬間も、きっと必要なのだろう。


――だけど。


――記憶を“呪い”ではなく、“祈り”に変えるには?




「そうだよな……」


大和は静かに語りだす。


「戦争の予防のため、平和のために過去を知ろうって言ったって、それが今の咲良を苦しめるんなら、本末転倒だよな?」


ゆっくりと、言い聞かせるような口調で。


「咲良が辛いなら、忘れてもいい。……あの戦争のこと、忘れていいよ」


その言葉に、蓮弥も真澄も動かずにいたが。

その沈黙は、肯定とは少し違う。

ふたりの瞳には『それで本当にいいのか?』という、葛藤が揺れている。


一度口を閉じ、大和はふっと視線を外した。


「けどよ――」


そして、どこか遠い場所を見つめるような目をして、独り言のように呟いた。


「あの戦争……なかったことには、できねーだろ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ