【第53話】忌憶のカケラ
テレビに映る皇太子・陽仁は、都内で偶然出会って友だちになり、一緒に靖国神社の戦争資料館を見学した、あの少年だった。
その信じがたい事実に、蓮弥、真澄、咲良の3人は驚愕し、ただ震えてテレビ画面を見つめることしかできない。
しかし、大和だけは違った。
陽仁と同じ戦時下の時代にタイムスリップし、そこで本人から令和の時代の皇太子であると告げられていたからだ。
そして――
テレビニュースの嘘を直感的に見抜く。
根拠も裏付けもない。
それでも、陽仁の“不在”を感じ取る!
「あいつ……“体調不良”なんかじゃねえよ」
凍りついていた蓮弥と真澄、咲良は、同時に大和の方へ振り向く。
大和が絞り出すような声で断じた。
「陽仁は、まだ戻ってきてねえんだ。過去にタイムスリップしたままなんだよ!」
3人は、大和の突拍子もない発言に、思わず失笑してしまった。
「タイムスリップ? おいおい、大和。いい加減にしろよ~」
「そうよ! 陽仁くんが皇太子だったのは驚いたけど、過去にタイムスリップしたなんて……」
「大和…、SF映画の観すぎ…?」
だが蓮弥も真澄も咲良も、声が震えていた。
まるで内心の動揺を、必死に抑えながら論理的な逃げ道を探るように。
大和は何も言わず、右手をポケットに突っ込み、握りしめた“それ”を静かにテーブルの上に置いた。
「みんな……これを見てくれ」
さざれ石のカケラ。
「あ……っ」
蓮弥が、真澄が、咲良が、凝視したまま固まった。
さざれ石の欠片から溢れ出す濃密な“気配”。
部屋の空気が、一変する!
まるで石から記憶が逆流してくるかのように。
五感を直接揺さぶり、無理やり脳の奥底に眠っていた“あの時代での体験”を抉り出していく。
――そうだ。
あの日の戦争資料館。
眼帯をつけた正体不明の男に追い回され、必死で逃げた。
通路で追い詰められそうになった時、ひょっこりと現れた黒縁眼鏡の男。
『こっちだよ』と、男に手招きされるまま逃げ込んだのは、薄暗いバックヤードの展示品保管庫。
そこにあったさざれ石。
淡い光を放ち、触れると温かかった。
そしたらいきなり閃光を発して――
みんな光の中に溶けていって――
それぞれが、戦時下の昭和へ飛ばされた――!
ボクは、日中戦争最中の中国大陸にタイムスリップした。
そこで日本軍に拾われて、雑用係として辛い日々を送った。
過酷な環境であったけれど、徐々に順応して――
上海、南京と、破竹の勢いで進軍する強い日本軍に誇りを感じ、憧れを抱いたんだ。
でも……なんだろう……。
その影で、見てはいけないものを見てしまった気がする。
称賛していた日本軍の、その英雄像を崩壊させる何かを――。
私は、日米開戦直後の日本にタイムスリップした。
真珠湾攻撃の成功で、みんな浮かれていて。
未来の無惨な結末を知ってるからこそ、その悲劇を避けたくて、歴史改変を試みた。
だけど、いくら町の人に反戦や停戦を訴えても、誰にも相手にされなかった。
終いには、恐ろしい人たちに目をつけられて……。
詳しく思い出せないけど、ものすごく酷い目にあった気がする。
わたし、日本が委任統治する南の島にタイムスリップしたんだ…。
貧しい環境だったけれど優しい人たちが、わたしを受け入れてくれて、一緒に暮らしてた。
子どもたちの笑い声や、誰かが手を握ってくれた時の温もり。
でも、アメリカ軍が上陸して事態が一変して…。
未来の知識を総動員して、大切な人たちを避難させようとしたのに、うまくいかなかった。
史実通り、島の北側へ追い詰められて…。
その過程で、戦争の酷い局面に、何度も直面した気がする…。
「……そうか。お前らも、やっぱ行ってたんだな」
3人の沈黙と、悲痛な面持ちから察した大和は、そう言葉をかけた。
蓮弥、真澄、咲良は、力なく頷いた。
自由研究を『やめたい』と言い出した理由が、今ならはっきりとわかる。
あまりにも重く、あまりにも生々しい“自分たちの戦争”を体験してしまった。
その重圧に、心が折れてしまったのだ。
唯一生還し、重圧に屈しなかった大和とは、決定的に違う点。
3人は、自分が体験した戦時下での“結末”が思い出せない。
それぞれ《極限状態に追い詰められた時》と、《自分の今際》の記憶だけが、抜け落ちている。
ただ、確かなことがひとつある。
それは、『二度と味わいたくない地獄だった』ということ。
漠然と、だが猛烈に。
まるで内臓を掴まれるような嫌悪感と、逃げ出したくなるほどの恐怖。
その忌憶こそが、あの時代を生き、そして打ちのめされたことの何よりの証拠だった。
「でもさ……」
大和が、静かに語る。
「陽仁だけは、まだ“あっち”にいるんだ」
リビングを包む空気は、もはや夏休みのそれではない。
「オレは、陽仁と同じ時代に飛ばされて、空襲に巻き込まれたんだ。マジで地獄だった。そして、あいつは……陽仁だけは、まだあの場所に残されたままなんだよ!」
蓮弥、真澄、咲良の顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。
大和の言葉を、『妄想』だと思う者はいなかった。
タイムスリップとは、科学的にはあり得ない話。
けれど、さざれ石が呼び起こした“身に覚えのある絶望”は――
どんな科学的根拠よりも重く、残酷な説得力を持って子どもたちを支配していた。
「だからさ! オレたちがもう一度タイムスリップして、陽仁を助けに行かなきゃならないんだ!」
大和はそう叫び、テーブルの上のさざれ石の欠片を握りしめた。
なんということだ……
さざれ石の欠片が……
“あの時”のように、淡く光りだした――!
ありえない。
どういう原理なのか分からない。
実証的な説明もつかない。
しかし、このさざれ石の欠片に皆で触れれば、再びあの戦時下へ。
そして、陽仁のいる時代へとタイムスリップできる。
4人はあらゆる理屈を超え、本能的に理解していた。
見えない力に導かれるように、それが唯一の解決策なのだと、心のどこかで感じ取っていた。
「陽仁はまだ、あっちに取り残されたままなんだ。オレたちにしかできないんだよ! 皇太子のあいつが帰ってこなきゃ、日本は大変なことになっちまうぞっ!」
大和は何度も決起を促す。
だが、返ってくるのは重苦しい沈黙だけだった。
蓮弥も、真澄も、咲良も。
みんな顔を伏せたまま、決して大和と目を合わせようとはしない。
「なぁ、聞いてるのかよ! 陽仁を助けに行こうぜ! 将来の天皇なんだぞ! 絶対に連れ戻さなきゃいけない存在なんだ!」
叫べば叫ぶほど、大和の熱量だけが空回りし、リビングの温度を下げていく。
3人の脳裏にあるのは、あの時代で受けた、言葉にできないほどの“災厄”。
思い出すだけで、恐怖で足がすくむ。
あんな地獄へ、自ら進んで戻ることは――
できない!
真澄が、ぽつりと呟いた。
「あのさ、大和。天皇って、今の日本に本当に必要なのかな?」
「……はぁ?」




