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【第52話】「あ゛あ゛ああぁぁ―――っ!!」

挿絵(By みてみん)


リビングのソファに深く身体を沈め、大和(やまと)はまるで心ここにあらずといった目でテレビを眺めていた。

画面の中では、バラエティ番組の笑い声が虚しく響いている。

大和の意識は映像を通り抜け、遠い過去の追憶を彷徨っていた。


母親は夕飯の食材を買いに出かけていった。

大和の好きなハンバーグを作ってくれると言って。

ソファに埋もれるように横になったまま、大和は自分だけが世界から切り離されたような疎外感に打ちひしがれている。




――『ピンポーン!』


不意に、静まり返った家の中にインターホンが鳴り響く。


(母ちゃんか? ……いや、早すぎる。忘れ物なら鍵を開けて入ればいいのに。まさか、落としたのか?)


気だるい身体に鞭を打ち、大和は玄関へと向かった。

扉のロックを解錠し、ゆっくりとドアを開ける。


そこには――



挿絵(By みてみん)


「やぁ、遊びに来たよ」

「今日も相変わらず暑いわね! おじゃまします! 」

「あれ…大和。なんか、顔色悪いよ…?」


蓮弥(れんや)真澄(ますみ)咲良(さくら)の姿。


「あ……」


大和の身体が、声が、魂が、震える――!


「ああ……!」


幽霊でも見るかのように青ざめた顔をしている大和を、3人は不思議そうに見つめた。

彼らにとっては、単なる再会。

けれど大和にとっては、永遠に失われたと思っていた奇跡の邂逅だった!


「あ゛あ゛ああぁぁ―――っ!!」


胸の奥から一気に噴き上がる高らかな喜び。

心が飛び跳ねてしまうような嬉しさ。

大和の口から、言葉にならない激情がとめどなく溢れる。


「お前ら……っ、生きてて……っ、生きてて良かったぁ……!!」


大和はたまらず、真ん中にいた蓮弥に抱きついた。

滝のように流れ出る涙と鼻水で、顔はぐちゃぐちゃだ。

激しい嗚咽が、玄関に留まらず家中に響き渡る。


大和の尋常ではない号泣に、蓮弥と真澄、咲良は顔を見合わせた。

何が起きているのか、大和が何を泣き喚いているのか、さっぱり分からない。


「おいおい、どうしたんだよ大和? 鼻水が服につくって!」


蓮弥は困惑しながらも、震える大和の背中を優しくなだめる。


「ひょっとして“悪夢”でも、見てたのかしら?」


真澄は、大和の涙が深い安堵からくるものだと察し、穏やかな眼差しを向ける。


「わぁ…」


咲良は、大和が蓮弥に必死に抱きつく姿を見て、顔を赤く染めながら見守っていた。





リビングに集まった4人。

冷たい麦茶を囲みながら、ようやく落ち着いて言葉を交わし始める。

大和は、夏休みの自由研究で、みんなで都内の戦争資料館(ゆうしゅうかん)に行った時のことを、恐る恐る切り出した。

夕暮れの靖国神社の境内でひとりきり。

みんなに置いてかれた――あの日。


すると、3人から意外な言葉が返ってきた。


「ボクたちもさ、気がついたら境内で目が覚めたんだ」

「そうよ。何だか、“長い夢”を見てたような、頭がぼんやりする感じだったけれど」

「大和と陽仁(はるひと)くんの姿が周囲になかったから、先に帰ったと思って、わたしたちも帰ったの…」


蓮弥も、真澄も、咲良も――

大和と同じような状況だった。

道中に陽仁と出会い、一緒に靖国神社の戦争資料館(ゆうしゅうかん)を訪れた。

そこでどういうわけか意識が飛び、気づけば夕暮れの境内でぽつんと立ち尽くしていたという。

モヤのかかった、おぼろげな“記憶の影”を抱えたまま。



「……じゃ、じゃあさ! 昨日のことは、どう説明するんだよ!」


大和は身を乗り出し、昨日 自分が味わった“孤立”をぶちまけた。


まずは蓮弥に問いただす。


「昨日、蓮弥の家に行ったんだぞ! なのに、死んだみたいに静まり返ってて……!」


「ああ、それか。家族で軽井沢に旅行に行ってたんだよ。言わなかったっけ?」


「えぇ~!? そうだったのかよ!」


気を取り直して、続いて真澄に問いかける。


「じゃ、じゃあ真澄は!? マンションの管理人が、真澄の家の401号室は『空き室だ』って言ってたぞ!」


「あー、それね。あの管理人さん、耳が遠いのよ。たぶん私の『401(よんまるいち)号室』と、空室の『407(よんまるしち)号室』を聞き間違えたんじゃない?」


「マジかよ! そんなのありかよ……」


唖然としながらも、最後に咲良に尋ねる。


「咲良だって! 母ちゃんに電話してもらったのに、『使われてない番号』ってアナウンスが流れて……!」


「あ、ごめんね…。お母さんが一週間前に番号を変えたんだけど、今度のPTA役員の定例会の時にみんなに言えばいいやって後回しにしてるからだと思う…」


大和は、ガクンと膝の力が抜けて、ずっこけそうになった。


「なんだよ……マジで……」


あまりにも呆気ない、あまりにも日常的な理由の数々。

仲間が世界から消されてしまったと、絶望していたのに。

まさか、旅行、聞き間違い、連絡の遅れという――

なんてことのない“すれ違い”の積み重ねに過ぎなかったのだ。


「は……ははは……っ」


大和は顔を覆い、今度は可笑しくて、笑い声を漏らす。

心にぽっかり空いていた穴が、気づけば仲間たちの他愛ない声で塞がれていた。




一息つき、各々が麦茶を飲み干したところで、蓮弥が意を決したように切り出した。


「……なあ、大和。お前の家に来る途中で、3人で話し合ったんだけどさ。夏休みの合同自由研究、“アジア太平洋戦争”のテーマなんだけど、やめないか?」


安堵したのも束の間、思いもよらぬ提案に大和は面食らってしまう。


「え、なんでだよ?」


大和の疑問に、蓮弥は気不味そうに頭を掻き、視線を落とす。


「なんていうかさ……ボクたちみたいな、何も知らない子どもが、軽々しく扱っていいテーマじゃない気がしてきたんだよ。あっち……いや、当時の人たちだってさ、平和な時代にぬくぬく生きてるボクたちに、知ったような顔で語られたくないんじゃないかなって」


蓮弥の言葉に続くように、真澄も静かに口を開く。


「アジア太平洋戦争は、日本が滅亡しかけて、想像もできないほどの命が失われた歴史よ。でも、それと同じくらい、日本も多くの他国の人の命を奪ってきた。調べれば調べるほど、重いし、暗くなるわ。あのね……自分の国の歴史を否定したくないし、嫌いになりたくないんだけれど。正直、今の私たちにはこの重荷は背負いきれるものじゃないと思う」


最後に、咲良が付け加えた。


「うん…。わたしも、これ以上、悲しい気持ちになりたくない。戦争のことは…学校の授業の時だけ習えばいいと思う。自分から進んで調べるのは、もう…」


「なっ!? どうしたんだよ、お前ら!」


大和の驚きの声が、リビングに虚しく響く。

蓮弥、真澄、咲良の瞳には、“拒絶”の色がはっきりと浮かんでいた。

何故そういう心境に至ったのか、大和は見当がつかない。


3人は、それぞれタイムスリップした戦時下で、どんなに酷い目にあったのか。

忘れてしまっている。

しかし、魂の深いところで、あの過酷な時代の“重圧”を感じ取ってしまったのだろう。



「そんなの……今更やめて、いいのかよ?」


大和の言葉を最後に、会話は途切れた。

黙り込む4人。

さっきまでの再会の歓喜は、どこかへ消え去ってしまった。

麦茶を飲み干したコップの中で、残った氷が音を立てた。


気まずい沈黙の中、リビングのつけっぱなしだったテレビが淡々と午後のニュースを告げている。


『――続いてのニュースです。先日、皇太子・陽仁さまが予定されていた英国王室との外交行事へのご出席を、体調不良により欠席されました』


蓮弥が空気を変えようと、わざとらしく軽い調子で言う。


「へぇ、皇太子が体調不良だって。夏バテかな? ボクたちも熱中症には気をつけないとな」


だが、その名前を聞いた瞬間、大和の全身に電流が走った。


「皇太子……陽仁……。 "陽仁"だッ!!」


大和は弾かれたようにソファから飛び起きると、テレビ画面に食い入るようにがっついた。


「オレたちが靖国神社に向かう途中で偶然会って、一緒に遊就館(ゆうしゅうかん)を見学した、あの"陽仁"だよ!!」


その異常な迫力に、3人は思わず後ずさる。


「おいおい、大和。何言ってんだよ~」

「あんな所にひとりでいた男の子が、この国の皇太子なわけないでしょ!」

「でも、すごい偶然だね。同じ『はるひと』って名前…」


「嘘じゃねーよ! 本人なんだよ! あいつ、天皇の息子だったんだよ!」


大和が必死に叫ぶが、3人は冗談として受け流す。


しかし、ニュースは淡々と続きを映し出し――


『宮内庁関係者によりますと、皇太子・陽仁さまは現在、御用邸にて静養されており、当面の間は公務や交流行事をご辞退されるとのことです。こちらは、体調を崩される前の、公務の際の陽仁さまの映像です――』


画面が切り替わると、そこにはスーツに身を包み、大勢の大人たちに囲まれて歩くひとりの少年が。


「あ……」


その涼やかな目元。

真っ直ぐな立ち振る舞い。

カメラを向けられて、ぎこちなく笑うその姿。


「ああ……!」


蓮弥、真澄、咲良は、画面に釘付けになり、目を丸くして固まった。

画面に映る"陽仁"は、間違いなくあの日、一緒に行動を共にした人物そのものだった。

やがてリビングに3人の絶叫が重なって響き渡る。


「あ゛あ゛ああぁぁ―――っ!!」




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