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【第47話】そして誰もいなくなった

挿絵(By みてみん)



8月の後半、夏休みも終盤に差しかかった。

容赦なく降り注ぐ太陽がアスファルトを焼き、街全体が陽炎の向こうでゆらゆらと揺れている。

閑静な住宅街は、相変わらず蝉の声に支配されていた。

通り過ぎる車もまばらで、時折どこかの家の、エアコンの室外機の気だるそうな稼働音が聞こえてくる。


「あー、あちぃ……。マジで溶けるぜ……」


額に滲む汗を拭いながら、大和は仲間と会うために家を出た。

みんなで共同の、自由研究を進めなければならない。


それに、昨日のこともだ。


「ったく、あいつら。昨日はオレを一人置き去りにして先に帰るなんて、一体どういうつもりだよ」


顔を合わせたら、嫌味のひとつでもぶつけてやらないと、気が済まない。

憤慨しながらも、大和はまず蓮弥(れんや)の家へと向かった。




塀に囲まれた一軒家。

門柱に掲げられた蓮弥の苗字“朝香(あさか)”の表札は、長い年月に晒されたせいなのか、文字が薄くかすれて見える。


――『ピンポーン』


大和はインターホンを鳴らしたが、返ってくるのは沈黙だけだった。


「いねーのかな? それともチャイムが壊れてんのか?」


返事がないことに()れた大和は、門を抜け敷地内へと足を踏み入れた。

玄関まで歩み寄り、今度は扉を直接叩く。


「おーい、蓮弥~!」


声を張り上げて呼んでみるが、家の中からは何の反応も返ってこない。

ひっそりと静まり返った家屋は、不気味なほどの静寂に包まれている。


「……おかしいな」


首を傾げたその時。


――『チリン』


涼やかな風鈴の音が耳をかすめた。

まるで音に誘われるかのように、大和は中庭の方へと、ゆっくり歩みを進めていった。


生い茂った雑草を踏みしめる、自分の足音だけがやけに大きく響く。

中庭までやってくると、縁側に面した掃き出し窓は、分厚い雨戸で固く閉ざされていた。

まるで外界との関わりを一切拒絶しているかのように。


「……留守なのか?」


そう呟いてはみたものの、漂っているのは単なる不在の気配ではない。

重厚な静寂が、大和を戸惑わせる。


――『チリン』


軒先に吊るされた風鈴が、風に煽られて不気味な音を奏でた。


見上げれば、夏の空はどこまでも高く、あまりにも明るい。

これほど眩しい世界にいるのに、自分だけが置き去りにされている。

そんな孤独感に耐えかねて、大和は逃げるようにその場を後にした。




次に大和が向かったのは、真澄(ますみ)が住んでいるマンションだった。

たどり着いた一階エントランスの、ガラス張りオートロックドアの前で、大和は立ち尽くす。


「えっと、真澄は4階の…部屋番号は確か……」


呼び出し端末の操作に手こずっていると、不意に背後から視線を感じた。

エントランスの脇にある管理人室の小窓から、管理人が顔をのぞかせていた。


「どうしたんだい?」


「あ、えっと、401号室の友だちの家に用があるんだ」


管理人が眉間にしわを寄せる。


「はて、その部屋は今は誰も住んでいないはずだけどね」


「え? そんなはずねーよ! 梨本(なしもと) 真澄! オレの友達だち!」


必死に名前を叫ぶ大和だったが、管理人は困ったように首を横に振る。


「居住者の名前なんて、いちいち把握してないよ。でも、その部屋はずっと空き室でね、入居募集中だよ」


大和の思考が、一瞬にして真っ白に染まった。

そんなこと、あるわけがない。


「……どうなってるんだよ……」


視界がぐにゃりと歪み、ひどい目まいに襲われる。

心臓にねっとりとこびりつくような不安。

大和は管理人の不審そうな視線をよそに、ふらふらとした足取りでその場を後にした。




炎天下の中、誰もが容赦のない日射に照らされ暑がっているというのに。

大和だけは、全身を貫くような寒気に襲われていた。


「残るは……咲良(さくら)だ」


そう呟いたものの、すぐに大和の足が止まる。

咲良の家には一度も遊びに行ったことがない。

だからどこにあるのか、分からない。


「あ、そうだ!」


大和はふと閃いて、来た道を猛烈な勢いで引き返し、自分の家へと駆け出した。




家に飛び込むなり、大和はリビングにいた母親に詰め寄った。


「母ちゃん! スマホ貸して! 今すぐ!」

「な、なに? 急にどうしたのよ、そんなに慌てて」


「咲良に連絡したいんだ!」

「咲良……北白川(きたしらかわ)さんに? どうして?」


「いいから! とにかく、どうしても今すぐ連絡を取りたいんだよ!」


尋常ではない大和の剣幕に、母親は言葉を失う。


「母ちゃん、PTAの役員やってるだろ? 咲良の親も役員で、連絡先交換したって前言ってたじゃん! だからお願いだ、電話をかけてくれ!」


なりふり構わず懇願する大和の姿に、母親はただならぬ気配を感じ取る。

その直感に押されるように、スマホを取り出した。


「わ、わかったわよ……。ええと、北白川さんは……あった、これね」

「貸して!」


大和はひったくるようにスマホを奪い取ると、祈るような思いで耳に押し当てた。


――『プルルル……プルルル……』


不安げな表情で呼び出し音に耳を傾ける大和。

その姿をみて、母親はふと昔を思い出していた。


(私の頃は、学校から紙の連絡網が配られて、それを見て気軽に友だちに電話して遊ぶ約束してたけど。

今じゃ個人情報とか厳しいし、固定電話を置く家も減ったからねぇ。

ああ――これが令和という時代なのね……)


そんな時代への感慨に母親が浸っていた、その時。

突如、大和が耳に押し当てていたスマホから、氷のように冷たいアナウンスが流れる。


『おかけになった電話番号は、現在使われておりません――』


大和の全身に、猛烈な悪寒が走った。

呆然と、スマホを握る手が耳元から離れ、力なくだらりと垂れ下がる。


(なんで……なんで誰にも会えないんだ……)


(みんな、いなくなっちまったのか。 そんなの、嘘だろ……)



「あら、繋がらなかったの?」


大和の母は、息子の絶望に気づく様子もなく、椅子に腰掛けてコンビニの新作スイーツを頬張っていた。


「ねえ、これ美味しいわよ。あんたも食べる?」


幸せそうに顔をほころばせる母親が、スプーンで掬ったクリームたっぷりのスイーツを大和に向ける。


いつもなら真っ先に飛びつくはずの大和が、怯えるように後ずさった。



「そんなはずない……。オレたち、昨日、一緒に遊就館(ゆうしゅうかん)に行ったんだ……」



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