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【第46話】この国の、自分探し

挿絵(By みてみん)


夜も更けた頃――


宮内庁の一室では、ブリーフィングが行われていた。


会議室の中央に鎮座するのは、天皇直属の侍従長・天海(あまみ)

その両脇を、侍従次長の七原(ななはら)、総務課長、報道室長が固めている。

対面には、皇宮警察の警備課長、そして警視庁の高官らが、重苦しい表情で席を並べていた。


「――失踪から既に8時間が経過して、未だに皇太子殿下(はるひと)の消息がつかめぬとは、何事かッ!」


国家を揺るがす事態に、天海の怒号が室内に響き渡る。

居並ぶ警視庁の幹部たちは、肩を震わせ、一斉に下を向いた。

室内の空気は、感電しそうなほどぴりついている。


一拍の沈黙の後、侍従次長の七原が、沈痛な面持ちで口を開いた。


「現在の捜索状況は、どうなっていますか?」


その促しに、報告担当者が震えた声色で答える。


「……防犯カメラの記録を精査しましたが、最後に確認された遊就館(ゆうしゅうかん)に、殿下のお姿は間違いなくありません。

捜索範囲を靖国神社一帯から都内全域、さらには関東近郊まで拡大。警察庁を通じて全国に網を張っておりますが、依然として足取りは不明です。

なお、同行していた4名の児童ですが、殿下が通われる小学校の児童ではないことが判明しました。現在、至急身元の特定を急いでおります」


「通信記録はどうなっていますか? 監視カメラの死角も潰しましたか?」


「……はい。ですが、発見に至りません。事態を鑑み、超法規的措置として偵察衛星およびドローンによる探査も実施しましたが、手がかりは得られませんでした」


「公共交通機関の利用記録、検問の結果はどうでしたか?」


「……すべて“該当なし”です。あの、恐れながら、申し上げます。遊就館の建物から一歩も外に出ることなく、忽然と――。まるで、この世界から消失したとしか、説明がつかないのです」


“この世界から消失した”


これは単なる失踪事件ではない。

人知を超えた、何らかの“異常な力”が介入している――。


侍従長の天海は、手元のタブレットに映し出された資料を叩いた。


「なら、この映像――遊就館で殿下の身辺を警護していた複数のSPをまとめて病院送りにした“眼帯の男”は何だ?」


報告担当者が、苦渋に満ちた表情で補足する。


「……この男も、その後の足取りは完全に途絶えています。我々の保有する個人識別データにも、当該人物は存在しません」


「その男が殿下を連れ去ったのか? それとも“消失”に何らかの形で関与しているのか、どちらなんだッ!?」


「……それが、SPのひとりが意識を失う直前に目撃した光景によれば、殿下はその男に連れ去られたわけではないと……」



沈黙が会議室を支配する。


侍従次長の七原は、一区切りつけるように溜息をついた。


「ますますわけが分かりませんね」


天海はゆっくりと視線を落とし、煮え繰り返るような怒気を胸の奥に押し込むと、重い腰を上げた。


「もういい……陛下への御報告は、私から申し上げる」





地方慰問から皇居に戻ってきた和仁(かずひと)天皇は、御所内の御座所にいた。

彩子(あやこ)皇后は、依然ショックで寝込んだままだ。

すでに概略は耳に入っていたが、和仁天皇は詳細な報告を受けるべく、侍従長の天海とふたりきりで向き合っていた。


天海は深々と頭を下げると、声を絞り出すように事実を述べた。


陽仁(はるひと)親王殿下が、本日午後零時過ぎ、靖国神社の遊就館内にて行方不明となりました。現在も尚、消息は掴めておりません」


和仁天皇の指先が、微かに、そして静かに震えた。


「……いま、捜索はどのような段階にあるのでしょう?」


「はっ。捜索は都内全域、さらには関東一円へと広がっております。警察庁を介し、全国的な情報網を展開しておりますが、いまだ所在は判明しておりません。関係機関が行方の確認を急いでおります」


和仁天皇はゆっくりと天を仰ぎ、深く、重い吐息をついた。


「皆、尽力してくれているのでしょうね……しかし陽仁は一体どこへ……」


その声は、日本の主としての威厳と、ひとりの父親としての深い喪失感の、両方をはらんでいた。


天海はさらに頭を低くし、言葉を重ねる。


「不敬を承知で申し上げれば、人間業とは思えぬ消え方でございます」


和仁天皇は、力なく呟いた。


「まるで――“神隠し”のようではありませんか……」


侍従長は動かずに頭を下げたまま、その言葉を重く受け止めていた。





深夜零時過ぎの首相官邸地下、危機管理センター。

総理は公邸で就寝中。

この場に招集された面々は、この事態の異常さに顔をこわばらせていた。

出席しているのは、内閣官房長官の小池(こいけ)、宮内庁侍従長の天海、そして内閣危機管理監、外務事務官僚、警察庁警備局長ら数名。


「まさか、陛下の口から『神隠し』なんて言葉が出るとはなぁ…」


小池官房長官のどこか投げやりな、独り言のような呟きだった。


内閣危機管理監が、厳しい表情で警察庁警備局長に問いかける。


「“失踪”という言葉は、あくまで比喩ではないのですか?」


外務省の官僚も、すかさず身を乗り出した。


「まさか……亡命を画策する第三国、あるいは過激派組織による緻密な拉致計画の可能性は?」


その疑念に対し、報告に立った警備局長は、力なく首を振った。


「率直に申し上げて、“蒸発”です。拉致や逃走の範疇を完全に超えています」


小池官房長官は頭を抱える。


「本当に何も分からないの? 何かあるでしょ? 今の日本で人間が消えて、何も残らないなんてさぁ…」


「それが、一切の痕跡が見られないのです」


警備局長はかすれた声で続ける。


「物理的な接触の形跡も、通信傍受による誘導の兆候もありません。現時点では不本意ながら、繰り返し申し上げます。殿下は、あの場所で忽然と“消えて”しまったのです。

まるで、科学では説明のつかない不可視の力によって、異界へ飛ばされてしまったとでも考えなければ……」


「――そんな馬鹿な話があるかッ!!」


天海の怒号が地下室に炸裂する。

怒りのあまり顔を真っ赤に染め、机を叩きつける天海の姿に、またしても警察庁の重鎮らは一斉に視線を床に落とした。


小池が、どこか他人事のような、あっけらかんとした調子で口を開く。


「それにしても信じられないねぇ。あの陽仁殿下がなぁ…」


とにかく、事態は一刻を争う。

内閣危機管理監が、話を実務へと引き戻した。


「これは実質的な“国家危機”に準ずる事態です。直ちに報道管制を敷くべきではありませんか?」


「そうだねぇ」


小池は指先で顎をなでながら、事も無げに答える。


「でも、正面切って『行方不明です』なんて発表したらパニックになるから、表向きは“殿下は御静養に入られた”ということで処理しよう。マスコミ対策は官邸主導で抜かりなく。その間に、是が非でも殿下を見つけ出してよ? いいね?」


釘を刺された警備局長が生唾を飲み込む。


「あと――殿下に危害を加えようとした男も、絶対見つけ出して捕まえてよね?」


額をつたう冷や汗も拭えぬまま、警備局長は小さく頷くしかなかった。


外務省の官僚が、助けを求めるような目で話に割り込んでくる。


「外電への対応はどうしますか? 二日後には英国王室との公式行事が控えています。皇太子殿下の“突然のキャンセル”となれば、海外メディアは黙っていません。特に英BBCあたりは、異常なほど敏感です」


「火消し部隊を回しておいて」


小池の決断は早かった。


「大使館筋には“非公開の静養”と通達を。理由は――そうだねぇ。急性の精神疾患による緊急療養、とでもしておこうか。御用邸に詰める医師団の名簿、診断書の雛形……そのあたりの証明も、完璧に揃えておいてよ」


小池の態度は、この場にいる誰よりも軽い。

しかし、誰もが言葉を失う状況下で、即断即決していくその冷徹な合理性は、救いでもあった。




緊急会議が解散となり、関係者たちは三々五々に帰路につこうとしていた。

静まり返った通路を外務省の上席事務官・川島(かわしま)と、内閣府の危機管理補佐官・河野(かわの)が、肩を並べて歩いていた。


「『蒸発した皇太子を精神疾患ということにしろ』か。もはや危機管理の域を超えているな。国家ぐるみの捏造だ。これでは、我々が普段とやかく言っている某国と大差ない」


川島が自嘲気味に小さく笑うと、河野はたしなめる。


「そう言うなって。背に腹は代えられない状況だ」


「いや、失礼。でもね、あの場で『不可視の力によって異界へ飛ばされた』などと言い出した報告者――警備局長だったか? 正気かと思ったよ。国家象徴の消失に、あろうことかオカルトを重ねるとは」


「だが、お前も一連の状況報告を聞いただろう。『超常現象』でも持ち出さなければ、説明がつかないんだ。物理的にはあり得ない“何か”が、現実に起きたんだ」


川島が喫煙所で足を止める。


「その“何か”を、神秘や奇跡で片付けてどうする? 俺たちは“理屈”で国を動かす立場だろう?」


「それはそうだが……」


煙草に火をつけ、一服するふたり。

天井の無機質な蛍光灯が、彼らの影を引き伸ばしていた。


「それにしても、皇室とは面倒なものだな。“皇太子”がふらっといなくなっただけで、国の心臓が半分止まりかけだ」


川島の発言に、河野が眉をひそめる。


「……軽口のつもりならやめておけ。お前も分かっているはずだ。あの子は、ただの“少年”ではない。この国の象徴であり、次期天皇となる御方だ。日本という国家の根幹なんだよ」


川島は、煙草の煙を見つめながら静かに呟いた。


「国の根幹、か……。案外、俺たちは皇太子殿下を探しているんじゃないのかもしれないな」


「どういう意味だ?」


「この国は今、消えた殿下を探しながら、《自分探し》をしているのさ」


「自分探し?」


「戦後、あらゆる誇りを失ったこの国は、経済大国に舵を切ってきた。アジアの先頭を走る先進国。それが日本のアイデンティティだった」


「それで?」


「豊かさを心の支えにしてきたはずが……今じゃ他国に追い抜かれ、経済大国と豪語することもできなくなった。

だから、その代わりとなる《何か》を探し求めてるのさ」



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